「なあ、あんたはホワイトドラゴンの集落からやって来ただけでなく、海を越えてここまで来たんだったよな? つまり、強いってことだ。俺と――」
「すみませんが、お断りします」
僕に言葉を遮る形で断られ、黒髪と黒い角を持つ男性は残念そうに去っていくのだが、彼が諦める様子は全くなく、他の調査隊員たちに声をかけて周っていた。
僕たちがいまいる場所は、ブラックドラゴンの集落の一つであるタルボ村。
村の規模はそれほど大きくはなく、二十名程度の村人が暮らす小さな集落とのことだ。
「話には聞いていましたけど、皆さんほんとに好戦的なんですね……。ちょっと怖いかも……」
「純粋に強くなることを望んでいるだけなんだろうけど、ちょっとね……」
レイカと共に大きくため息を吐く。
ブラックドラゴンの文化なので、どうしようもないことは分かっているのだが、こうもひっきりなしに力比べを挑まれるのでは気が滅入ってしまう。
そのうち、ふとしたことで受け入れてしまいそうだ。
「まさか、ウォルより好戦的な人が種族単位でいるとは思わなかったわ……。さすがに普段の生活水準までアイツみたいなことはしてないみたいだし、むしろ高い方みたいだけど」
ため息を吐きながら、アニサさんが疲れた様子でやってくる。
どうやら彼女も、相当数の誘いを受けたようだ。
「更なる力を求めるせいか、日々の生活水準は優秀と言っていいほどに高いんですよ。集落単位で決まった時間に食事をし、果てには眠る時間まで同じ。食事内容も、お肉が中心とはいえ野菜等もしっかり食べるそうです」
狩りや農業、食事や睡眠等の時間を除けば、自身を高める鍛錬を欠かすことはないらしい。
体力づくりや力比べを繰り広げる音が鳴り響くのが普通であり、現在も村の広場で一対一での戦いが行われているようだ。
「強くなることに特化した種族ってとこね……。私はこっちの大陸で暮らすなら、ホワイトドラゴンの集落がいいわ……」
「その代わり、寒冷地帯での暮らしが余儀なくされますけどね。温泉がある集落ならマシかな?」
プルイナ村の温泉は、調査隊員たちにかなりの人気があるらしい。
最初は物珍しさが勝っていたとは思うが、日に数度入りに行く者もいると聞いている。
「『アヴァル大陸』にも温泉があったらなぁ……。わざわざ入りに行くためだけに、あの海を航海するのはさすがに気が引けるわ……」
どうやらアニサさんも温泉を気に入ってくれたようだ。
穏やかに会話を続けていると、力比べを行っている広場から大きな歓声が沸き上がる。
試合を決定づける何かが起きたようだ。
「ちょっとした大会みたいな雰囲気ですね。ああいうのに参加したほうが、経験にはなるとは思うんですけど……」
「君の力はまだ発展途上さ。一気に経験を積むより少しずつ力をつけていこう。ブラックドラゴンたちの体力づくりの方が君に――合わないかもしれないなぁ……」
言いながら視線を向けた先には、頑丈な棒を利用して体を宙に固定し、上体起こしを行うブラックドラゴンの姿があった。
あれを日々の日課にするには、かなり鍛えこんでいなければ難しそうだ。
「あそこまで行くと、私ではとても理解できないわね……。ウォルだったら理解できるのかしら?」
「あははは。そういう文化もあるって、知っておくくらいで十分だと思いますよ」
ホワイトドラゴンの文化がヒューマンにはなじみが無いのと同様に、ブラックドラゴンの文化も理解しにくいのだろう。
同時に、二つのドラゴン族から見て、理解し難いヒューマンの文化もあるはず。
交流どころか、大陸を渡ることすらできなかったので仕方がないことではあるが、少しずつお互いの文化に敬意を抱けるようになってくれると嬉しいが。
「そこまで! 次に戦いたい者は前に出ろ!」
どうやら力比べが終了したらしく、審判が次に戦う者たちへ催促をする声が聞こえてくる。
きっと、次もブラックドラゴンたちが戦うのだろう。
今度はもっと近くに寄って観戦してみようか、などと考えていると。
「よっしゃ! 次はこのウォル様の番だぜー!!」
なぜか、良く知る人物の声が聞こえてきた。
しばらく姿を見ていないと思ったら、まさかブラックドラゴンの戦いに混ざろうとしていたとは。
「あのバカ、なんで力比べをしようとしてんのよ……!? ソラ君が戦わないように注意してくれてたのに……!」
「と、とりあえず行ってみましょう! いまならまだ止められるかも!」
頭を抱えてうなだれるアニサさんに、声をかけつつ走り出す。
力比べが行われている広場にはたどり着いたものの、肝心のウォル君はストレッチ等の準備運動を行っていた。
聞き間違いであってほしいという願いは届かなかったようだ。
「ちょっと、ウォル! あんた何やってんのよ!? ソラ君の話、聞いてたの!?」
アニサさんが、焦りつつもウォル君に激しく詰めよる。
だが、彼は非常に嬉しそうな笑顔を見せながらこう言うのだった。
「ああ、聞いてたぞ。だけどな、目の前で強い奴らが戦ってるのを見てたら、オイラも戦いたくなっちまったんだ!」
「戦いたくなった――じゃないわよ! ほら、さっさとこの場から離れるの! 邪魔をしちゃダメでしょ!」
ウォル君の手を握り、移動をしようとするアニサさん。
僕はブラックドラゴンの皆さんに謝罪をしつつ、二人の後を追いかけるのだが。
「なあ、なんで戦っちゃダメなんだ?」
「「え?」」
ウォル君の疑問を聞き、僕もアニサさんもあっけにとられる。
なんでも何も、力比べをしてケガ人が出たら大変だからだが。
「ソラ君の言葉もそうだけど、みんなに迷惑が掛かるからに決まってるでしょ? 私たちが好戦的な種族なんて思われたら、色々面倒なことになっちゃうじゃない」
「そう思われたくないんだったら、なおのこと交流をすべきだろ。オイラたちはこの集落にやって来てから、ブラックドラゴンたちとほとんど交流をしてねぇ。教えてくれない奴らに、教える奴なんていないと思うぞ」
ウォル君の言い分を聞き、ハッとする。
彼の言う通り、僕たち調査隊はほとんどブラックドラゴンたちと交流をしていない。
そうなった理由には、僕の発言に原因があるのだろう。
ブラックドラゴンは力を求める種族。
更なる高みに到達するために、力比べをする文化がある。
これらの言葉が、面倒な種族であるという刷り込みになってしまったのかもしれない。
同時に、僕の中には彼らを不安視する心が存在している証左でもある。
聞きかじった知識を調査隊員たちに伝え、不安を与えた。
とても種族の融和を願う人物の行動とは思えない。これではダメだ。
「オイラはブラックドラゴンたちのことを知りたいんだ! 何と言われようとオイラは戦う! アニサは危ないから、離れててくれ!」
「……勝手にしなさいよ! もう知らないから!」
戦いをやめるつもりがないウォル君に対し、アニサさんは怒りの言葉をぶつけて彼から離れていく。
慰めるべきだろうか。広場から少し離れた場所に歩いていった彼女は、落ち込んだ様子で地面に座り込んでしまった。
教えに行くべきだろうか。彼女が悲しんでいることを、戦いに望もうとしている彼に。
いま、僕がするべきことは――
「ウォル君、ちょっと待って」
「なんだよ。ソラまでオイラを止めようってのか? 言っとくが――」
「大丈夫、止めるつもりはもうないよ。それより、もっとお互いのことを知れる方法を思いついたんだ。君もその方が満足できるはずさ」
首をかしげるウォル君に笑みを返しつつ、周囲に視線を配る。
客人の戦いが見られるかもと思ったからなのだろうか、ブラックドラゴンたちが広場に集まってきていた。
先ほどまで自己鍛錬をしていた者、自身の得物の整備をしていた者問わずに。
「この集落の長が、どちらにおられるか知っている方は居ませんか?」
「長ぁ? いまごろ狩猟に出かけているんじゃないか?」
「武器が無くなってたからね。確実に出かけてると思うよ。最近のアイツは湿地帯に行くことが多いんだっけ?」
ブラックドラゴンたちが、口々に長の居場所を説明してくれる。
湿地帯に現れるという言葉が少し不穏に思えたが、恐らく僕たちがこの集落にたどり着く前に通って来たあの場所のことだろう。
見かけたドラゴンは、もういなくなっただろうか。
「よし、じゃあウォル君。一緒に湿地帯まで行ってこようか。力比べをするのはその後ってことで」
「構わねぇけどよー。戦いがお預けなのは寂しいぜ。……ちゃんと説明してくれよ?」
手を頭の後ろに組み、口を尖らせながらウォル君は文句を言う。
そんな彼と共に集落を出て、湿地帯に向けて歩き出すのだった。