「フッ! ハッ!」
「どうした、ホムラ? 急に斧を振りだして。なんか違和感でもあんのか?」
退治したドラゴンをタルボ村へと運ぶ準備を進めていると、突然ホムラさんが斧を持って体を動かしだした。
もしや、強化魔法による影響が出ているのだろうか。
「ドラゴンを仕留めたあの一撃、我の中で最高の攻撃となったのは言わずもがなだが、なぜあれほどの攻撃になったのかが分からなくてな。同じことができれば、我はもっと強くなれるのだが……」
単に、力を追い求めるが故の行動だったようだ。
強化魔法のおかげと言えばすぐさま理解してもらえるだろうが、伝えるべきだろうか。
経緯はどうあれ喜んでいるというのに、水を差すのもはばかられる。
きちんと伝えることも大事では――
「ああ、あれか? ソラの魔法のおかげだろ?」
「ちょ、ちょっとウォル君!? それを言ったら……!」
何を気にした様子もなく、ウォル君はホムラさんに暴露をしてしまう。
当然、ホムラさんの鋭い視線は僕へと向けられることになる。
「何を動揺することがあるんだよ? お前がやったことを、自信を持って説明するだけだろ? お前の力が無ければ、ドラゴンとの戦いに勝てたか怪しいんだからな!」
「そ、そうかい? 分かった、君がそう言うのなら」
深呼吸をし、じっとホムラさんの瞳を見つめる。
がっかりさせてしまうだろうか。それとも、怒らせてしまうだろうか。
「先ほどドラゴンを倒した際の一撃、あれには僕の補助が入っていて――」
僕の説明を、ホムラさんは静かに聞いてくれる。
その間、表情を動かす様子は微塵もなかった。
「なるほど、筋力強化魔法か。どおりでいつも以上に力を込められたわけだ」
がっかりしている様子はない。されど嬉しそうな表情にも思えない。
どのような思いが胸中でうごめいているのだろうか。
「一つ聞きたい。その魔法は、極限まで鍛えた状態であっても強化はされるのか?」
「強化はされますが、急激な上昇は見込めません。どうしても限界というものは存在するので……」
そこで初めて、ホムラさんは表情を変えてくれた。
美しくも可愛らしい、そんな印象を与える笑顔へと。
「つまり、威力が大きく上昇したということは、それだけ鍛える余地があるということだな!? ならば急いで帰り、更なる力を得るための鍛錬を行うとするか!」
搬送準備が終わったドラゴンを、ホムラさんは両手で持ち上げて走り出す。
恐るべき筋力と向上心にあっけにとられ、あんぐりと口を開けて呆然としていると。
「お疲れ! 二人とも、ケガとかしてないみたいね。安心、安心!」
そばにやって来たアニサさんの声を聞いて正気に戻る。
戦闘の余波に彼女が巻き込まれた様子はなく、ケガ等はしていないようだ。
「なんだよ、アニサ。ちょうどいいタイミングで来るじゃねぇか」
「そりゃ離れた場所で見てたんだから、タイミングは選べるでしょうよ。で? ドラゴンとの戦いはどうだったの?」
アニサさんの質問に、ウォル君は腕を組んで考え込む。
少しの後、彼は口を開いてこう言った。
「滅茶苦茶楽しかった! ドラゴンという強敵を相手にしたことで、ソラの強化をフルに経験できたのもよかったが、特にブラックドラゴンと共闘できたのがでかいな!」
屈託のないウォル君の笑顔を見て、僕の頬も自然と緩むのだが、同時に心がチクリと痛んだ気がした。
彼の言動がなければ、ブラックドラゴンがどのような種族なのか知ることができず、ホムラさんと共闘することもなかった。
ウォル君のように、純真な心で行動できる人が羨ましくなってしまったのだ。
「さて、ホムラはさっさと行っちまったし、オイラたちも帰ろうぜ! もしかしたら、ドラゴンの肉とかありつけるかもしれないぞ!」
ウォル君はそう言うと、ホムラさんの後を追いかけていった。
僕とアニサさんは、やれやれと首を振ってから歩き出す。
「ドラゴンのお肉ねぇ……。興味はあるけど、率先して食べたいとは思わないわ。ウォルの感想を聞いてから食べてみるとしますかね」
「少なくとも、力は付きそうですが……。あ、そうそう。先ほどドラゴンと戦った際に、お手伝いしていただきありがとうございました」
僕の言葉に、アニサさんはきょとんとしたような表情を見せた。
ドラゴンが苦しみだしたのは、彼女の行動じゃなかったのだろうか。
「ああ、違うの。まさか感謝されるとは思っていなかったから。気付いてくれてたんだ」
「そりゃ気付きますよ。どうやって、ドラゴンの行動を阻害したんですか?」
「ドラゴンの体が硬い鱗で覆われているのは、みんなの戦いを見ていれば分かったからね。体内を攻撃してみたの」
「体内……。もしかして、ドラゴンが大きく息を吸っている時を狙って?」
コクリとうなずき、説明を続けてくれる。
魔法で細かい氷を発生させ、ドラゴンが誤って吸い込むように発射したとのこと。
急激に体内を冷やされたことで、何かしらの臓器に影響を与えられたのだろう。
初見の相手に対し、とっさにその判断ができるとは。
アニサさんもまた、経験豊富な魔導士のようだ。
「どんな生物でも体内は脆いからね。チャンスはなかなか来ないけど、いざという時は狙ってみるのも一つの手よ」
「分かりました。参考にさせてもらいます」
ドラゴンだけでなく、強固な身の守りを持つモンスターにも活用できそうだ。
図鑑を作成する際にも、記載しておくのもいいかもしれない。
「それにしても、ウォル君に言わなくていいんですか? 私も援護したって」
「必要ないかな。言ったところで、そうなのか! くらいで終わりそうだし。アイツが元気に動き回ってる姿を見られるだけで十分」
優しい笑みを浮かべながら、先行くウォル君を見つめるアニサさん。
僕が言えることではないが、彼もなかなか羨ましい人物だ。
「おーい! 早く来いよー! 二人で何やってんだー?」
「はいはい! すぐ行くわよー! ソラ君も、わざわざアイツに言う必要はないからね!」
ウォル君の元へと駆け出したアニサさんに続き、僕も走り出す。
集落にたどり着いた僕たちを待っていたのは、ドラゴンを倒したことへの喜びの声と、力比べの誘いだった。
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グリーンドラゴン ドラゴン系 緑竜族
体長 標準 約1.2メール 最大 約2.5メール
体重 標準 約100キロム 最大 約330キロム
弱点 氷
生息地 湿原地帯、高山地帯
緑色の鱗に覆われた、空を飛び、火を吐くモンスター。
食欲が非常に旺盛であり、何かしらの食事を探して歩きまわる姿を見かけることがある。
凶悪な爪と牙を持ち、空を自在に飛び回る筋力から放たれる攻撃は非常に危険。
また、火炎を体内から吐き出す能力をも持ち、遠近共に隙が無い。
鱗は鉄のように固いため、攻撃をされる前に倒すことは困難。
基本的には、見つかることなく距離を離すべき相手だ。
それでも戦わなければならない場合は、堅牢な鱗を剥ぎ取ることから始めよう。
内側の肉は頑強というほどではないので、魔法や武器で十分にダメージを通せるだろう。
タイミングは限られるが、体内に直接攻撃をするという方法もある。
火炎を吐き出す際に大きく吸い込みを行うので、その際に何かしらの異物を口に放り込めば、攻撃を防ぐと同時にダメージを与えられるはずだ。
強力なモンスターには違いないが、これでもドラゴン系の中では弱い方。
もしも高みを目指す者がいるのであれば、まずはこのドラゴンを退治することを、最初の目標として定めてみるのもいいかもしれない。
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