「ほう、お前たちと我が集落の者たちとの対抗戦か。我としても異種族との戦いは大賛成だ。拒絶する理由は何もないぞ」
退治したドラゴンを解体しながら、ホムラさんは笑顔を見せてくれる。
彼女の目の前では、大きな火がごうごうと燃えていた。
これから調理が行われるのだが、食事の主役となるのは先ほど倒したドラゴンだ。
「ならば、食事の余興として行うとしよう。必ず皆が集まるだろうし、食事と同時に戦いを楽しめるからな。ドラゴンの肉だけでなく、様々な食料を出して豪勢に行くとするか!」
ホムラさんは村の者にドラゴンの解体を任せ、貯蔵庫と思われる場所へ移動していった。
しばらく待てば、料理の匂いが集落全体に広がっていくだろう。
食事の時間が来るのを楽しみに待ちつつ、調査隊員たちがいる場所に向けて歩き出す。
「あ、ソラさん。長さんとのお話は終わったんですか?」
皆がいる場所に戻ると、レイカを含めた数名がトレーニングを行っていた。
どうやら、ブラックドラゴンたちの文化に触発されたようだ。
「食事の時間に合わせて、対抗戦をすることにしたよ。細かい部分はこれから詰めていくけど、数名ずつの団体戦にしようかなって思ってる」
少なくとも一人は確実に参加してくれると考えているので、誰も戦いの場に出ないということはないだろう。
とはいえ、一人だけが戦うのでは場が盛り上がり切らないと思われるので、最低でも二人、三人は参加して欲しいところだ。
「当然、オイラは出るぜ! お預けをくらったんだからな、止めんじゃねぇぞ!」
「私も、戦ってみたいです。ドラゴンとの戦いは見れませんでしたから、代わりにブラックドラゴンの方々の戦い方を肌で感じようと思います!」
想像通りウォル君は率先して宣言し、レイカも手を挙げてくれた。
他に参加者はいないだろうか。
「当然、ソラも出るんだろ!? 対抗戦の提案者なわけだし、お前も十分強いんだからな!」
「ええ!? ドラゴンとの戦い明けだから、料理を食べながらみんなが戦う所を見学しようと思ってたんだけど……」
皆の前で戦うのは少々気恥ずかしい。
一応リーダーを担う者なので、負けるなどの醜態を見せたくないのだ。
「私も、ウォルが戦っているところより、ソラ君が戦ってるところを見てみたいな。魔法剣士がする対人戦とかほとんど見られないし」
「オイラの戦いも見てくれよなー。だが、ソラの全力にはオイラも興味があるぞ! ここに来るまでもお前は支援が中心で、直接戦うことはほとんどなかっただろ? 見せてくれよ!」
ウォル君もアニサさんも、期待に満ちた瞳で僕のことを見つめてきた。
これほどの視線で見つめられれば、断るのも野暮だろう。
「……分かった、僕も参加させてもらうよ。ご期待にそえるかは分からないけど、全力で当たらせてもらうね」
誰かと武器を交えるのは久しぶりだ。
自身の足りない部分を確認するためにも、胸を貸してもらうとしよう。
「おーい、ソラ。対抗戦のルールを決めようじゃないか!」
「あ、ホムラさん。了解です!」
ホムラさんとの会議の結果、三名ずつの対抗戦を行うことになった。
会議が終わる頃には星空が天上を彩り、村の中心から肉の焼ける香ばしい匂いが広がりだすのだった。
●
「おいおい、お前の力はこんなもんかぁ!?」
「わ、割と限界です……! でも、家族や仲間たちが見ている前で、情けない姿も見せられませんよね……!」
呼吸が荒れ、体の節々が激しく痛む。
気温はそれほど高くないというのに、汗は滝のように流れ、疲れで自身の姿勢を保てない。
僕は鍛錬用の剣に体重をかけながら、体力の回復を行っていた。
「俺たち以上のスピードと、匹敵するパワーには驚かされたが、体力面はもう少し鍛えた方が良いぞ! ちゃんと飯食ってるか? 特に狩りたての肉は最高だぞ!」
「アハハ……。僕の住んでいる場所には、食べられる野生生物があまりいないんですよね……。故郷であれば、狩りたてのお肉も食べられるでしょうけど……」
目の前にいる男性は、大剣を肩に担ぎながら豪快に笑っていた。
身長は僕よりも遥かに高い上に、どっしりとした体つきをしており、これまでに出会ってきた人々の中でも最も大きな体躯をしているように思える。
威圧的な姿勢と口周りに無精ひげを生やしている様子から、まるで物語に現れる巨人と戦っているかのような感覚だ。
僕と男性の周囲には、タルボ村の住人と、共にこの場にやって来た調査団の姿が。
料理を口にしながら、どちらが勝つかの賭けをする者に、お酒と興奮に当てられたのか、そばにいる者と肩を組み合い大笑いする者。
彼らは僕たちの戦いを肴に、食事と交流を行っていた。
「ある程度、体力が戻ってきたようだな。さあ、続けるぞ! 戦いが続かなければ、メシの余興にはならんぞ!」
「ええ……。これまでも本気でしたが、今度は限界を超えるつもりで行きます!」
肺にたまった空気をすべて吐き出した後、剣を支えにしながら立ち上がる。
各種強化魔法を付与し直しつつ、男性に向けて突進をすると、彼は得物を僕に向けて振り下ろしてきた。
それを回避しつつ、剣を横なぎに振るのだが。
「その速度はやっぱり厄介だな。だが、武器にだけ意識を割くのはいただけないぞ」
「あぐ!?」
左の脇腹に、固められた拳が突き刺さる。
男性はほとんど構えを取っていないというのに、僕の体は強く弾き飛ばされてしまった。
だが、その痛みには屈せずに再度突進をする。
手に持つ剣を男性に向けて投げつけながら。
「ハッハッハ! 良いぞ! やはり体のぶつけ合いは最高だよなぁ!?」
僕の放った剣を防御しつつ、男性も大剣を投げ捨てる。
体力や筋力で劣る僕では、これまで通り戦っても勝つことはできない。
これからの戦いに生かすためにも、新たな戦術に手を出すとしよう。
「オラオラァ!!」
「あぐ……うあ!?」
徒手空拳で戦ってみるものの、当然打ち合いには勝てずに大量の拳が僕の体に突き刺さっていく。
吹き飛ばされて地面をのたうち回っていると、足に何かが当たる。
男性が使っていた大剣。地面に落ちているそれは、もはや大きな鉄の塊としか思えない。
一瞬でも視界を奪うことができれば。
僕は大剣を素早く握り、遠心力を生かして男性に投げつける。
「うお!? 俺の剣をこういう風に使ってくるとは……!」
虚を突いたことで動揺したらしく、男性は大剣の一撃を防御せずに回避をする。
その隙に彼に急接近し、右腕に力を込め――
「コンフォルト! うらぁ!」
「ごはぁ!?」
筋力強化による大ジャンプを利用し、男性のあごに強烈な掌底を叩きこむ。
かなりのダメージになったらしく、彼はフラフラと地面に座り込んでしまった。
「くあっはっは! まさかこの俺が、戦いの最中に地面にケツをつけちまうとはな! 俺の負けだ! いやぁ、楽しかったぜ!」
男性は座ったまま笑い声をあげ、そう宣言した。
大きなダメージを与えたことは確かだが、彼にはまだまだ余裕がある。
なぜ、ボロボロの状態の僕に勝利を譲ってくれたのだろうか。
「俺はホムラ以外の奴らとの戦いで、地面に触れたことは一度としてねぇ。十分、お前さんの勝利の理由になるだろ?」
「そ、そうなんですか……? で、でも、本当に僕の勝ちで……?」
「納得ができないってんなら、お前さんがもっと強くなってから相手をしてやるよ。そん時は、俺を気絶させるくらいで頼むぜ!」
男性は僕の肩を力強く叩いた後、大剣を拾い上げて料理の配膳を行っている場所に歩いていく。
彼の後ろ姿に一礼をした後、痛む体を抑えつつ、調査団が集まる観客席に向かうことにした。
「お疲れ様です! 私は戦いにすらならなかったのに、すごいです!」
家族がいる場所に戻ると、頬にガーゼを付けたレイカが真っ先に声をかけてくれる。
既に彼女は力比べに挑戦していたのだが、ほとんど相手にならずに敗北していた。
戦った直後は落ち込んでいたのだが、僕の戦いを見て元気が出てきたようだ。
「ありがとう、レイカ。でも、僕でも戦いになったとは言い難いかな……。強化魔法を駆使したっていうのに、すぐに対応してくるんだから。ブラックドラゴンのセンスは本当にすごいよ」
最初は強化魔法に苦戦していたようだが、攻めきれずにいたがために慣れられてしまい、一気にボロボロにされてしまった。
決定打になる一撃、もしくは押されている状態を打開できる技等を、作っておく必要がありそうだ。
「いくつかあざができちゃってますね……。お薬を塗るので、ちょっと動かないでください。痛み以外に不調はありませんか?」
「気分が悪いとかはないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
ナナが僕の体調を心配しつつ、患部に薬を塗りだす。
治療を受けている間に調査員たちが料理を持ってきてくれたので、感謝しつつそれらを受け取る。
献立は、炊いた米の上に様々な種類の野菜と香辛料が利いた肉を乗せた料理に、ドラゴン肉のステーキだ。
「いただきまーす! ……ドラゴンのお肉は少し筋っぽいね。想像以上に美味しいんだけど、食べにくいや」
「シチューとかの煮込み料理であれば、もっと食べやすいかもしれませんね。そうそう食べる機会は来ないと思いますけど」
こうして現地の料理を味わうのも旅の醍醐味。
食べたことがない料理であっても、こういう時こそ挑戦してみようと思えるのだから不思議なものだ。
「よっしゃ! 空気も温まったことだし、そろそろ最終戦と行こうぜ! そっちも準備万端だよな!?」
「威勢がいいな! 最高の戦いとなることを期待するぞ!」
黙々と料理を食べていたウォル君が、食事を完了させると同時に勢いよく皆の前に飛び出す。
そんな彼に対して、ゆっくりと姿を現したのはホムラさんだ。
調査隊とブラックドラゴンの力比べは、彼らの戦いで決着がつく。
「お! やっぱりホムラが出てくるか! 言っとくけど、容赦はしないからな!」
「当然だ。加減などされては面白くもなんともない。全力で戦うからこそ、更なる高みがあることを知れるのだからな」
ストレッチなどをして、体を温めていくウォル君とホムラさん。
様々な手段を講じながら戦うなどということは、二人の性格から考えるにしないだろう。
ただひたすらに全力でぶつかり合う、迫力ある戦いになりそうだ。
「お前たちには感謝するぞ。ドラゴン退治に手を貸してくれただけでなく、これほどまでに胸が躍る戦いの場を用意してくれたのだからな」
「オイラもワクワクしてるぜ! こんなに強い奴らが集落単位でいるなんて、想像したことなかったからな!」
準備運動を終えたウォル君は摸擬剣を握り、ホムラさんも刃が払われた斧を手に取った。
刃のない武器と言えど、二人の力で振るえば非常に危険な凶器となる。
命の取り合いに、限りなく近い戦いが起こるといえるだろう。
睨み合った二人は、静かに呼吸を合わせていく。
僕たち観客も、固唾を飲んで彼らが動き出すのを見守る。
「だりゃあああ!!」
「はあああああ!!」
合図も無いというのに、二人はほぼ同時に動き出し、互いの得物をぶつけ合う。
耳をつんざくような金属音が発生すると同時に、最初の攻撃を制したのは――
「うおあ!? いって~!! ぶつけ合うだけでこれかよ!」
大きく弾き飛ばされ、地面を転がりながら不満を口にするウォル君。
やはり、体格・筋力共に上を行くホムラさんの方が戦いは有利なようだ。
「この程度で満足する気はないぞ。先ほどの戦いぶりを見せてくれ!!」
「わっとっと、おわっとっと!」
振り下ろされる斧の一撃を、ウォル君は回避と防御を交えつつしのいでいく。
速度はホムラさんに勝っているようだ。
「へっへっへ。今度はオイラの攻撃を受けてみろ!」
自由自在の足さばきを披露しつつ、多角的に攻撃を仕掛けるウォル君。
ホムラさんはそれらの攻撃を回避するそぶりも見せず、全てを丁寧に受けきっていく。
「良い攻撃だ。だが、やはり重さが物足りんな。これぐらいはしてもらわねば面白くないぞ!」
斧が大きく振り回されたと思いきや、ウォル君めがけて落ちていく。
さすがにその攻撃は受けきれないと判断したらしく、彼はその場から大きく飛びすさるのだが。
「うおあ!? イテテテ! イテェ!」
斧は大地を砕き、砂埃と共に細かい石の破片が周囲に激しく飛び散る。
砂がウォル君の視界を覆い、石や砂利が彼の体に激しく当たっていく。
僕たち観客の方にもその影響が少ないながらも及んだが、間近にいる彼には大きな被害となったようだ。
「おらぁ!」
ウォル君は負けじと、自ら砂埃の中へと飛び込んだ。
二人の戦闘の様子が見えないが、幾度となくお互いの武器をぶつけ合う音が響いている。
激しい戦闘が、茶色い煙の中で行われているようだ。
「怯まずに飛び掛かってくるか! ならば、小細工など意味はないな! はああ!」
ホムラさんが気合を込め直す声が聞こえたと思ったら、場を包んでいた砂埃が一瞬でかき消された。
再び姿を見せた二人は、一回、五回、二十回とお互いの武器をぶつけ合っていく。
金属音が鳴り響き、風を切り裂く音が周囲を包み、破砕音が村を震撼させる。
いつの間にか観戦者たちの声は消え去り、調査隊員もブラックドラゴンも固唾を飲んで戦いの行方を見つめ続けていた。
「だりゃあああ!!」
「はあああああ!!」
二人の渾身の一撃が、互いの体に直撃する。
ウォル君は大きく吹き飛び、ホムラさんは大地に崩れ落ちる。
彼らが目を覚ましたのは、翌日の夕暮れのことだった。
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『ブラックドラゴン族』
体長 1.5メール ~ 1.9メール
体重 60キロム ~ 100キロム
生息地 『アイラル大陸』南部地方
力を追い求める強き種族。
黒い角と黒い髪を持ち、対となる『ホワイトドラゴン族』同様、『ヒューマン族』にかなり近い容姿をしている。
自らを鍛え上げることを種族単位で信念としており、筋力・運動能力共にずば抜けたものを持つ。
それらの力は戦いや狩りに使われるほか、土木作業にも使わることがあるようだ。
逆に魔法や勉学等の知識には疎いため、突飛な言動を取られることもしばしば。
とは言え、吸収力は非常に高いため、あらかじめ伝えておくなどの根回しを行っておけば、問題が起きることはないだろう。
強くなることを最大の理念としているため、何かとつけて力比べを提案する癖があるが、その分、対戦相手には敬意を払う。
勝者であろうと敗者であろうと認める潔さがあるので、自信があれば挑戦を受けてみるのも一考。
より良い関係を築けることもかもしれない。
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