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第十七章 村の悲劇

帰る道にて

「お、雪の大地が見えてきたな。ちょっと離れてただけだってのに、なんだか懐かしいぜ!」

「ちょっと! まだケガが治りきってないのに、走り出すんじゃないわよ!」

 深く雪が積もった場所に向けてウォル君が駆け出し、勢いよく飛び込む。


 冷たい白い粉が、煙のようになって僕たちに襲い掛かってきた。


「冷たくて気持ちいいぞー! ケガにも効きそうだ!」

「バカなことやってんじゃないわよ! ほら、傷が開いたらまずいんだから、さっさと出てきなさい!」

 アニサさんによって、ウォル君はずるずると雪から引きずり出されていく。


 ブラックドラゴンのホムラさんと行った力比べにより、二人は大きなケガを負っていた。

 両者とも迅速な治療により命に関わることはなかったが、しばらくうめき声をあげていたほどだ。


「みんなで頑張って治療したおかげだってのに……。目覚めたとたんに動き出そうとするんだから、全くもう……」

「せっかくいい経験ができたんだから、体になじませるべきだろ? 引き分けになったとはいえ、実力的にはオイラの方が下だったんだからよ……」

 ウォル君とホムラさんの力比べは、相打ちと言っていい結末だった。


 だが、戦いの流れから見ても、ホムラさんがわずかに優勢だったのは明白。

 まだまだ実力が足りていないと感じたようだ。


「僕も勝ちにしてもらったからなぁ……。こっちはほぼボロボロだったのに対し、向こうはかなりの余裕があったんだから……」

 地面に腰を付けさせることに成功したものの、そのまま戦いを継続されていれば、僕が負けるのは確実だっただろう。


 僕たちとブラックドラゴンとでは、あまりにも大きな実力差があったのだ。


「ソラさん。今度はいつ調査に出かけますか? 今回は大陸の南寄りだったので、やっぱり北側を中心に?」

「そうだなぁ……。南側にも今回行けなかった場所がたくさんあるけど、次回は北を周るのがいいのかな」

 次回の調査はより広い範囲を、より時間をかけて行うのも良いかもしれない。


 そのあたりも、調査隊員たちと要相談だ。


「次の冒険かー! まだ帰還途中とはいえ、ワクワクしてきたな! こんなところでぐずぐずしてらんねぇ! 早くプルイナ村に戻って、準備をしようぜ!」

「さっきまで遊んでたやつが何を言ってんのよ……。まあ、帰るのは反対しないけどね。温泉に入ってゆっくりしたいし」

 次第に雪は深さを増していき、寒さも強まっていくものの、調査員たちの士気が下がっていくことはなかった。


 次の調査を皆も楽しみにしてくれていることに嬉しさを抱きつつ、雪道を進む。

 そんな中、突如としてウォル君がしゃがみ込む。


 調子が悪くなったのかと、アニサさんが心配した様子で彼に近寄って行くのだが。


「シッ……。モンスターの雄叫びらしき声が聞こえたんだ。お前らも、かがんだ方がいいぞ……」

 周囲を警戒してみるものの、近くにモンスターの姿もなければ気配も感じない。


 僕の耳に雄叫びらしき声が届くことはなかったものの、かがみながらウォル君の元へと近寄ることにした。


「雄叫びを聞いたのは間違いないんだね? 方角はどっちかな」

「十時の方角だな。あの雪の丘がある方だ。行ってみるか?」

 雪で小高くなっている丘が指さされる。


 あの向こう側にいるのは、一体何だろうか。


「うん、調べておこう。皆さんは散開して各方向を見張ってください。何かあったら、すぐに声をかけていただければ」

 ウォル君と共に、声が聞こえてきたという方角に向かって歩き出す。


 足音を可能な限り立てないように努めつつ、丘を登り切って周囲の警戒を始める。


「一面真っ白で判断がつかねぇな……。とりあえず、近くにはいないみたいだ」

 裸眼で見渡せる範囲に、モンスターらしき姿は見つからなかった。


 ならば、遠くを見渡せる遠眼鏡を使うとしよう。


「せめて足跡を見つけられれば……。モンスターが動いていないなんてことはないはずだし……」

 周囲は一面綺麗な雪だらけなため、何者かが足を踏み入れたというのであれば、痕跡はすぐに見つけられるはず。


 睨みつけるように雪原の観察を続けていると、雪が小さくへこんでいる部分を見つけた。

 よくよく観察してみると、それの周囲にいくつも同じ痕跡があるようだ。


「見つけた……。足跡の先には……?」

 雪に付けられた痕跡は、コボルトなどの獣系モンスターと同程度の大きさの足跡だった。


 丸っこい形をしているそれを見るに、オオカミ型のモンスターではないようだが。


「いた! まさか、あのモンスターがこんなところにいるなんて……」

 足跡を追いかけた先に、ウォル君が聞いたという雄叫びの主を発見した。


 白い毛皮に鋭い爪と凶悪な牙を有すことが特徴の、凶暴そうにも見えるが、どこか可愛らしくも見える顔を持つモンスター、スノウタイガーだ。


「危険なモンスターなのか?」

「人に襲い掛かることもあるにはあるってくらいかな。基本的には森の奥深くに住み、縄張りから大きく外れるような生態ではないらしいから、僕たち側から近寄らない限りは問題ないんだけど……」

 ウォル君の質問に答えつつ、くるりと背後へと振り返る。


 僕の指示通り、調査員たちは散開しながら周囲の観察を行っていた。

 彼らの足元の道に降り積もった雪は、踏み固められている。


「ここは人がよく通る道なんだ。ホワイトドラゴンの大きな都にも繋がってるし、二つのドラゴン族が行き交う道でもある。ここを縄張りにされてしまうのは問題ありだね」

 近くに危険なモンスターが居るとなれば、人々の交流や交易が滞ってしまう。


 温暖な地域に住むブラックドラゴンはともかく、寒冷な地域に住むホワイトドラゴンにとっては致命的な問題だ。


「んじゃ、撃退するなり討伐するなりってわけだな。肝心の強さはどうなんだ?」

「鋭い爪や牙で攻撃してくるんだけど、何よりの強みは雪上でも問題なく行動できるところかな。雪上の狩人って呼ばれるほどの運動能力だよ」

 ウォル君のケガが治りきっていない上に場が整っていない現状では、とてもスノウタイガーと戦うことはできない。


 退治をするとなれば、プルイナ村に帰還し、情報収集と作戦会議を行ってからだ。


「さて、どう対処したもんかな。向こうの方が後から入って来た存在だし、人に危害を加えかねないモンスターではあるけど」

「おん? もしかしてお前、モンスターの命を取ることにためらいがあんのか?」

 ウォル君の質問に首を横に振りつつ、炎の魔法を詠唱する。


 燃え滾る炎の球をホワイトタイガーがいる方向へと投げつけ、宙を移動するそれに向けて素早く魔法を撃ちこむ。

 炎の球は魔法弾を飲み込み、空中で大きな音を立てて爆散した。


「少し前だったら確実に倒す方法を考えていたさ。でも、モンスターも生きている、生きるために行動しているってことが理解できたからさ」

 爆音に驚いてくれたらしく、ホワイトタイガーは大慌てで逃げ出していく。


 あの方向には深い森があり、人が近寄ることはまずない。

 そこに入り、新たに縄張りを作ってくれることを祈ろう。


「どちらにしろ、いまの僕たちではスノウタイガーと戦えない。プルイナ村に戻って、いつでも行動できるように準備をしておこう」

「ああ、了解だ!」

 周囲の偵察を止め、調査隊員の元へ戻ることにした。


 事情の説明も終わり、雪道の行軍を再開する。

 僕たちがプルイナ村に帰りついたのは、翌日の夕方のことだった。

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