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襲撃者

「スノウタイガーが街道のそばに居座っていた、ねぇ……。随分珍しい個体に遭遇したもんだなぁ」

 調査任務を終えて帰宅した僕は、帰還途中に見つけたモンスターの相談を義父さんにしていた。


 狩人である彼であれば、対応法を考えてくれるはずだ。


「スノウタイガーは、森の中に縄張りをつくるんだよね? 森がある方に追い返したけど、問題はないかな?」

「ああ、それで問題ない。が、再び戻ってきて、縄張りを作ろうとする可能性は十分にある。何かしら対処は考えておくべきだな」

 義父さんは狩猟道具の手入れをしつつ、ぶつぶつとつぶやきながら考え事を始める。


 やがて彼は、この村に住む他の狩人たちに情報の共有をしに行った。

 話を聞いてくれるだけでなく、いざという時は共に戦えるため、非常に頼もしい。


「スノウタイガーねぇ……。あの人だけだったら戦ってほしくはないけど、いまはソラちゃんだけじゃなく、たくさんの調査員の人たちが居るから安心ね」

「義母さんは、いつも狩りに出かける義父さんの心配をしてたもんね。もちろん、僕も気持ちは分かるけど」

 大きな獲物を担いで帰ってくる義父さんを尊敬するのと同時に、出かけている間の義母さんの不安そうな表情もよく覚えている。


 幼い頃はその感情がいまいち理解できなかったが、いまの僕には痛いほどよくわかる。

 友人、知人、尊敬する人、愛する人。そんな人たちが危地に赴くことに不安を感じないわけがないのだ。


「言っておくけど、ソラちゃんも自分を大事にしなくちゃいけないのよ? あなたにはナナちゃんがいるんだから、悲しませるようなことをするのは絶対にダメ」

「分かってる。ナナにも怒られてるから」

 隣に座るナナが、照れ臭そうに笑みを浮かべてくれる。


 僕は彼女の願いを守れているだろうか。

 こうして生きている以上、ある程度は守れているとは思うが、大なり小なり心配をさせているはずだ。


「それにしても、どうしてスノウタイガーは、人の往来がある場所に縄張りを作ろうとしたんでしょうね? 群れは成さないモンスターなんでしょう?」

「食料が少なくなっただとか、新たに大人となった個体が、新天地を求めて行動している可能性もあるにはあるんだけど……。いまの時期、そのどちらも縄張りを変える理由としては低そうなんだよね……」

 この厳寒の季節に、縄張りを変えるなどという危険を冒す必要はない。


 住み慣れた場所で、温かくなるのを待った方が安全だ。


「より強力なモンスターに、住処を追われたという可能性はあるだろうね。アマロ村に現れたスライムの大群みたいに」

「そうですね……。今回は何事もなく、問題が過ぎ去ればいいですけど……」

 義父さんが帰ってくるのを待つ間、家族と会話を続ける。


 すると突然、玄関の扉が勢いよく開け放たれ、義父さんが焦った様子で部屋の中へと飛び込んできた。


「ナナちゃん、緊急事態だ! ケガを治療するための薬を用意できるか!?」

「く、薬ですか!? ちょっと待ってください、お部屋から持ってきます!」

 指示を聞き、ナナは急いで自室へと駆けこんでいった。


 義父さんはかなり慌てている。

 ただケガ人が出たという訳ではなさそうだ。


「ソラ! お前も来てくれ!」

「わ、分かったけど……。何があったのさ!」

 玄関へと移動して靴を履いている間に、ナナも薬を持ってやって来た。


 事情は道すがら説明すると言われ、僕たちは自宅を飛び出す。


「分かるとは思うがケガ人発生だ。場所は村の入り口。背中に裂傷らしき跡があり、意識を失っている。脈は問題ないところから判断するに、村までたどり着いたところで安心したんだろうな」

「命に別状はないと。じゃあ、魔法での急速回復は必要なさそうだね」

 ケガ人につけられた傷から見て、義父さんはモンスターに襲われたと見ているらしい。


 意識を取り戻したら事情を聴く必要はあるが、こちらも傷の様子などから調べてみるとしよう。


「あそこだ。おーい、腕のいい薬師を連れてきたぞー!」

 村の入り口付近にたどり着くと、雪に倒れる人物と応急処置をする村人に、その光景を心配そうに見つめる数名の姿を発見した。


 調査隊員の姿もあるようだ。


「運ぶ準備はできたみたいだな。ナナちゃん、傷の治療だけ先に頼む」

「分かりました。ソラさんも、薬を塗るのを手伝ってくださいね」

「もちろん。指示を頼むね」

 ナナと共に薬を手に取り、ケガ人の傷に塗り込んでいく。


 その上から包帯を巻き、簡易的な治療は終えることにした。


「よし、じゃあ俺たちはケガ人を暖かい場所へ連れて行く。悪いが、しばらくナナちゃんを借りるぞ」

「分かった。僕も調査隊員のみんなに事情を説明してくるよ。ナナ、この人のことよろしくね」

「ええ、分かりました」

 僕たちは別々の方向に向かって歩き出す。


 足を進めた先には、話を聞いて集まって来た調査隊員たちの姿がある。


「ケガは大丈夫なんですか?」

「命に別状は無いようですね。ここまでたどり着いたことによる安堵感によって、気絶してしまったとのことです」

 事情の説明をしていると、人々をかき分けて船長さんがやって来た。


 彼にも事情を説明している間に、調査隊員たち全員が集まってきたようだ。


「目下のところは目覚めを待つしかないだろう。とはいえ、モンスターとの戦いになる可能性は十分ある。いまのうちに準備を整えておけ!」

 船長さんは皆にそう告げてから、村長さんの元へと向かって行った。


 これからのことで話し合いをするつもりのようだ。


「んじゃ、オイラたちは戦いの準備をしつつ、村の外の警備でもするか! モンスターがまだ近くをうろついている可能性があるからな!」

 ウォル君の言葉で、調査隊員たちが拳を天に突き上げる。


 この村のために頑張ってくれるのは嬉しいが、僕は少しだけ申し訳なさを抱いてしまった。


「気にすんなよ。オイラたちはこの村に厄介になってるわけだからな。恩返しをしなきゃ罰が当たるってもんだ」

 うんうんと、皆は大きくうなずいてくれる。


 僕は彼らに感謝を伝え、共にこの問題を解決する覚悟を固めた。


「んじゃ、頭を使う組はこの村の奴らと一緒に作戦を立ててもらうか。オイラたちパワー組は、早速警備を始めるぞ!」

「「「オオッーー!!」」」

 調査隊員たちの心は、プルイナ村を守ることに向けて一つになっていくのだった。

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