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縄張り争い

「被害者が襲われたのは、プルイナ村とステリア村の間とのこと。被害者を襲ったモンスターはスノウタイガー。突如襲撃を受け、爪によって背を引き裂かれたものの、なんとか逃げることができたようです」

 調査隊員たちが寝泊まりをしている建物内の会議室にて。僕たち魔法剣士と冒険者たちは、目覚めた被害者から得た情報を共有していた。


 戦いの場に赴く者として、情報の収集と共有は何よりも大切なこと。

 しかし得られた情報には、いくつか納得できない部分が存在していた。


 一つ目、僕たちがスノウタイガーを見かけた場所と被害者が襲われた場所とは、距離が離れすぎている。

 同一ではなく、別個体に襲われたと考えるべきだが、立て続けに人の通り道に現れる理由が分からない。


 二つ目、被害者にとっては幸運なことだが、なぜ、雪上の狩人と呼ばれるほどのモンスターが、手負いの獲物を逃してしまったのだろうか。

 被害者は強力な武装をしておらず、単独での行動をしていたのだから、仕留め損なうことはあり得ないのだが。


「疑問点、不明点共にいくつか存在しますが、まずは標的を討伐することを先決とした方がいいでしょう。人が往来する道に居座られたのでは危険です」

 会議に参加している皆が、その言葉にうなずく。


 スノウタイガーは、人を狩りの対象として見てしまっている。

 このまま放っておき、人の狩り方を完全に覚えてしまえば、より大きな被害となるだろう。


 次の犠牲者が出る前に、なんとしてでも退治をするべきだ。


「作戦は村の狩人たちと話し合いを行っていますが、遠距離攻撃が可能な魔導士と、標的の生態に詳しい狩人たちが攻撃の要となると考えています。それ以外の者は、標的を近づけさせないように行動することが大切かと」

 戦闘の基本であるとはいえ、改めて口に出されると緊張する。


 皆を守れるように、僕も頑張らなければ。


「質問が無ければこれで連絡会議は終了とします。作戦内容と、決行日は次の会議の際に決定させていただきます。では、以上解散!」

 会議に参加していた人々が会議室から去っていく。


 彼らの姿を見つめながら、僕は席に座り続けていた。


「よう、ソラ。帰らねぇのかよ?」

「いや、帰るけど……。ちょっとね」

 そんな僕の隣の席に、ウォル君が腰を下ろす。


 あごに手を付けている僕の姿を見て、彼は不思議そうな顔をしていた。


「あのスノウタイガーを見つけた時に討伐をしていれば、被害者はケガをしないですんだのかなって思っちゃって。別個体である可能性の方がずっと高いんだけどさ」

 被害者を襲ったスノウタイガーが見逃した個体だとしたら、僕のせいでケガをしたことになる。


 義父さんにも見逃しで問題ないと言われたが、心が重く沈んでいく。

 どの道を選んでも後悔は必ず襲い掛かってくるものだが、選んだ道を拒絶したくなるのは僕の心が弱いからなのだろうか。


「まあ、気持ちは分かるよ。オイラも後伸ばしにしてたら問題が大きくなって、アニサに叱られるなんてことをいくらもやって来たからな。でもな、考えるだけ無駄だぞ。なるようにしかならないんだからよ」

 笑いながらそう答えられるウォル君は、きっと心が強いのだろう。


 小さな後悔にも物怖じせず、前を向き続けられる。

 彼みたいな人物に、僕もなりたいものだ。


「ほら、動かないと悪い考えは大きくなるだけだぞ! これからオイラは村の警備をするから、お前も手伝え!」

「わ、分かった、分かった。そんなにはやし立てなくていいから」

 ウォル君に背を押されながら、僕は寒空の下に体を晒す。


 屋根に積もった雪が、太陽の光で少しだけ溶け落ちていた。



「そっちはどうだ?」

「何も異常なーし。標的どころかモンスターの姿すら見当たらないわ」

 ウォル君とアニサさんが、周囲の警戒をしながら情報の交換をしている。


 現在地は曇り空の大雪原。

 物静かなこの空間で、僕たちは標的が現れるのを待ち続けていた。


「通話石からの連絡もない。他の部隊も見つけられていないみたい」

 仮拠点に置かれている複数の通話石を見つめながら、レンが小さくつぶやく。


 この場にいるのは、ウォル君、アニサさん、レンと僕の四名。

 通話石が繋がる先にも、同人数程度ずつのチームが待機をしている。


「あーあ、前線に出たかったぜ……。そうすりゃ、スノウタイガーと戦える可能性があったってのに」

「あんたがケガしたのが悪いんでしょ。待機組にされそうなところを、私が連絡部隊に入れてもらえるように頼み込んだんだから、感謝をすることね」

 遠眼鏡で遠方の様子を確認しながら、ウォル君は文句を言い続けていた。


 僕たちは、スノウタイガー討伐隊の連携を取る、連絡部隊としてこの場にいる。

 東西南北各方向に散らばる部隊に指示を出すのみで、戦う機会が訪れる可能性はほぼ無いので、ウォル君の不満が膨らみ続けているようだ。


「定時連絡の時間だね。レンは北と東の部隊と連絡を取ってくれるかい? 僕は南と西に連絡するから」

「了解。異常はなしって、伝えればいいよね?」

 うなずき返しつつ、通話石で連絡を取り合う。


 レンがこの場にいるのは、彼がこの作戦に参加したいと自ら志願してきたから。

 戦闘をする能力がないなりに、皆の手伝いをしたかったそうだ。


「ええ、こちらも標的の姿を見ていません。はい……。では、そちらもお気をつけて」

 南部隊との通話を終わらせ、元あった場所に通話石を戻す。


 スノウタイガーの姿が発見されず、ある程度の時間が経っているせいか、返ってきた声は若干ながら集中力が無くなっているように思える。


「ふあ~あ。暇だなぁ……。後衛の仕事は二度としたくねぇな……」

「暇って、あんたね……。情報のやり取りってすごい大事な仕事なのよ? 普段のあんたが前衛で思いっきり暴れられるのも、後衛の人たちが頑張って情報のやり取りをしてくれるおかげなんだからね?」

 やれやれとため息を吐きつつも、アニサさんは遠眼鏡を覗き込み続けてくれている。


 ウォル君も再びあくびをしつつも遠眼鏡を目に当て、各部隊に異常が出てないか確認を始めてくれた。

 僕とレンの定時連絡も終了し、しばらく穏やかな時間が続く。


 次第にウォル君だけでなく、僕やレン、アニサさんまでも集中が切れ始める。

 今日は見つからないかと思い始めたその時、置かれていた通話石の一つが大きな音を出した。


 それを素早くつかみ取り、魔力を通して通話ができる状態にする。

 石からは、こんな声が聞こえてきた。


「こちら東部隊。スノウタイガーを発見! 繰り返す! スノウタイガー発見!」

 東の方角へ遠眼鏡を向けるようにウォル君に指示を出す。


 同時に、レンに他の部隊との通話準備をするように指示を出しつつ、通話石に向かって声を出す。


「了解。では、作戦通りにスノウタイガーの動きを止めてください。他の部隊が取り囲むように移動します!」

 東部隊との通話を一度切り、レンが準備してくれた他の通話石に向かって声をかける。


 他の部隊に指示を出していると、ウォル君たちが興奮した様子の声をあげた。


「スノウタイガーの姿が見えたぜ! どうやら交戦を始めたみたいだ!」

「いまのところ、作戦通りに行動できているみたいね。スノウタイガーの注意を無事に引けたみたいだし、魔法を放つ準備もできてる。あれなら問題なく討伐できそうね」

 通話を全て終わらせ、標的と戦っている部隊がいる方向に視線を向けると、白い雪煙が舞っている様子が見えた。


 ここまでは順調だが、追い詰められたことで突飛な行動を取るかもしれない。

 命の取り合いは、決着がつくまでだ。


「他の部隊も移動を開始したみたい。僕たちも移動しようよ」

 レンの言う通り、他の部隊が雪をかき分けながら進んでいく様子が目に映る。


 僕たちも拠点の中から必要な物だけを手に取り、スノウタイガーと交戦している東部隊の元へと移動を開始した。


「素早く移動しないとな! 着いた時には討伐済みだったなんて面白くないからな!」

「迅速な行動をしようとしているのは褒めるべきだけど、その考えに至った理由は褒められたもんじゃないわね。このバカはバインドで止めておくから、ソラ君は何も気にせずに援護をしてあげてね」

「あははは……。よろしくお願いします……」

 ウォル君が負った傷はほぼ完治しているとはいえ、あまり無理をさせるわけにはいかない。


 本人としては戦いたくてしょうがないようだが、ここは我慢してもらおう。


「雪煙が収まった。戦い、もしかして終わった?」

「ほんとだ。苦戦しなかったのならいいことだけど……。ちょっと肩透かしだね」

 先ほどまで激しく舞い散っていた雪煙が、いまでは落ち着いてきている。


 スノウタイガーに負けたというのは想像し難いので、無事に勝利を収めたはずだ。


「作戦が上手くいったってことでしょうね。村の狩人さんたちが戦う時より、ずっと多い人数を配置しているわけだし」

「オイラとしてはつまんねぇな……。戦うことはできなくとも、戦っている様子くらいは見たかったぜ……」

 ホッとした様子を浮かべるアニサさんに対し、不満げな表情を浮かべるウォル君。


 すぐさま東部隊から、無事に討伐したという連絡が入る。

 当面の危機は去ったと胸をなでおろしながら、他の部隊にも連絡をすることにした。


「……よし、連絡終了。東部隊の様子も――見えてきたね」

 通話石をしまいつつ東部隊に接近すると、倒れたスノウタイガーを調べている様子が瞳に映った。


 誰一人として呼吸を乱している様子がないので、戦いは楽勝で終わったようだ。


「お疲れ様です。退治をして頂き、ありがとうございました」

 感謝の言葉を紡ぎつつ、東部隊のそばに近づく。


 倒れているスノウタイガーは、調査の帰還途中に見かけた個体に比べて小さい。

 別個体だということが分かり、ほっと胸をなでおろす。


「以前見た奴とは違うみたいだな! ソラ、お前の杞憂で終わったみたいだぞ!」

「うん。これで一安心――」

 その瞬間、僕が持っていた通話石の一つが大きな音を立てた。


 この通話石は、プルイナ村の待機組と繋がっている物だ。


「おっと、船長さんたちにも討伐を完了したことを連絡しないとね。嬉しさのあまり、忘れかけてたよ」

 小さく舌を出しつつ通話石を握り、連絡を始めようとする。


 だが、僕が声を発するよりも早く、それからは異常を知らせる声が聞こえてきた。


「緊急事態発生! 至急、プルイナ村へ戻られたし! 繰り返す! 至急、プルイナ村へ戻られたし!」

 通話石から響く声に、この場に居る全員が驚く。


 なぜそんな声が返ってくるのかが分からず、事情の説明を求めるのだが。


「村にモンスターの襲撃あり! 襲撃者は――巨大なホワイトベアー!」

 それっきり、通話石から声が発せられることはなくなってしまった。


 何度も声をかけてみても、通話を切り、付け直してみても連絡ができない。


「お、おいソラ! いまの連絡は何だよ!?」

「村が危険な状態だというくらいしか、僕にも分からない……! とにかく帰還しないと! 他の部隊に連絡を入れつつ、急ごう!」

 討伐したスノウタイガーを放置したまま、僕たちはプルイナ村へ向けて走り出す。


 脳裏には、五年前の出来事がうっすらと映っていた。

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