「村から火の手が上がってるのか……? かなりまずい事態みたいだな……!」
横を走るウォル君が焦りの声を出す。
スノウタイガーを討伐した僕たちは、待機組からの緊急連絡を聞き、プルイナ村への道を走っていた。
「通話石はどう? 繋がらない?」
「ダメです! ずっと鳴らしっぱなしにしているんですが……!」
走りながら通話石に魔力を込め続けているのだが、誰も出る様子がない。
出る暇もないくらいに危険な状態なのだろう。
長距離を走ってきたせいなのか、これから先に起こることへの不安なのかは分からないが、胸が激しく痛みだした。
「おい、アニサ。村に着いたらオイラは戦うからな。止めんじゃ――」
「この状況で止める気なんてさらさらないわよ。存分に戦いなさい。ただ、無茶だけはしないでよ?」
アニサさんの言葉に驚くような表情を見せた後、ウォル君は大きくうなずく。
その後、彼らは僕に視線を向けてこう言ってくれた。
「ソラとレンは家族のもとに行ってやれ。心配だろ?」
「そ、それは……。でも、みんなで確実に退治したほうが――」
「避難誘導に人員を割くのも大切なこと。プルイナ村のことはソラ君たちの方が分かってるんだから、行ってあげて。早く帰ってこないと、私たちが退治しちゃうわよ?」
二人の言葉に、背後を走る仲間たちも大きくうなずいた。
彼らが本気で戦えるようにするためにも、避難をする人は確かに必要。
何より、義母さんとナナの無事を心配しながら戦うのは、いまの僕には少しばかり無理がある。
「分かった。みんなを避難させたら戻ってくる。そっちは頼むね!」
「おう、任せとけ! 行くぞ、お前ら!」
ウォル君は皆を先導しつつ、村の入り口へと走っていった。
「僕たちも行こう。レン、僕の体につかまって!」
「うん!」
レンが僕の体にしがみつくのを確認しつつ、強化魔法を使用して近くの崖の上へと飛び上がる。
何か有事があった際に使う避難場所は、村の入り口を通って行くよりこちらの方が早道だ。。
それに加えて自宅が通り道にあるので、義母さんとナナが既に退避しているのか確認も行える。
「ソラ兄、僕も戦う。自分の故郷だから、僕も頑張らなきゃ」
「うん、一緒に戦おう。でも、無理をする必要はないし、傷ついた人がいたら優先して治療してあげて」
コクリとうなずいたレンと共に、雪道をひた走る。
やがていくつかの木造の建物たちが視線に映りこむ。
その一つである自宅に飛び込み、中に誰かいないか様子をうかがう。
「誰もいない……。ナナも義母さんも外にいるんだ」
家から飛び出し、今度は避難場所に向かって走り出す。
どこからともなく、巨大な爆発音が聞こえてくる。
襲ってきたモンスターに対し、誰かが魔法を使ったのだろうか。
「いた! 義母さん!」
避難場所の端の方で、爆音が聞こえてきた方向に視線を向ける義母さんの姿を発見した。
そこには子どもや老人の姿だけでなく、戦闘が不得手な調査隊の人たちも集まっている。
レンも家族の姿を見つけ、話を聞きに行ったようだ。
「ソラちゃん! よかった、無事に戻ってきてくれたのね!」
「うん、なんとかね。それより、義父さんとナナはどこに?」
義母さんは再度爆音が聞こえてきた方向に視線を向け、口を開いた。
「モンスターと戦っているわ。この村で戦えるのは私たちだけだからって」
「そんな……。すぐに行かないと!」
いまの村の状況を見て、五年前の恐怖を思い出して心が怯えだしている。
僕がそうなのだから、ナナはもっと苦しいはず。
義父さんがそばにいるとはいえ、彼女を守りながら戦うのは大変だろう。
「こっちのことは任せて。あなたは、あの人とナナちゃんを助けてあげて」
「分かった! レン、行けるかい!?」
レンを呼び寄せ、今度は村の中心に向けて走り出す。
彼から話を聞いたところ、レイカもモンスターと戦っているそうだ。
待機組同士で協力しながら戦っているそうだが、人数が少ないため苦戦しているらしい。
戦闘が行われている場所から、再度大きな爆炎が広がった。
恐らくナナが魔法を使ったのだろう。
「巨大なホワイトベアーに襲撃されたって言ってたよね。どれくらい大きいんだろう」
「分からない。でも、標準の大きさが2メール位だから、その二倍、もしくはそれ以上の巨体を誇るのかもしれない」
ホワイトベアーは、熊型のモンスターだ。
美しく、かつ耐寒性に優れる白い毛並みを持つのと同時に、一撃で木々をなぎ倒すほどの凶悪な爪を持つことが何よりの特徴だ。
狙った獲物を執拗に追いかけ、縄張りを侵すことをも気にしない獰猛な性格をしている。
「でも、この辺りはホワイトベアーの生息域には入っていないはず。一体、どうしてこの村にまで……?」
スノウタイガーと同様に、ホワイトベアーも縄張りを変えようとしていたのだろうか。
それとも、何かおびき寄せる要素が?
「もしかして、村に運び込まれたケガ人の匂いを追って来たんじゃ? 元々はスノウタイガーを狙っていたけど、標的を変えたとか」
ホワイトベアーとスノウタイガーの生息域は、それほど距離が離れていない。
レンの仮説は、可能性としては十分にあるだろう。
「あ、ソラ兄! あそこに!」
レンが指さした先に、二足歩行で移動するモンスターの姿を発見した。
白い毛皮に強靭な爪。連絡にあった通り、ホワイトベアーだ。
木造の家たちよりも大きく、まさに巨大と言っていい個体のようだ。
「あれは確実に倒さないと……。追い払うことができたとしても、いつまでも狙われ続けることになる……!」
ホワイトベアーの生態の一つとして、獲物として定めた存在を定期的に狩り続けるというものがある。
繰り返し襲われるうちに力を削がれ、壊滅してしまった集落も過去にはあるらしい。
他の集落に住む人々を守るためにも、ここで討伐しなければ。
決意を固めつつ、カバンから魔導書を取り出す。
するとなぜかレンが足を止め、地面にしゃがみ込んだ。
「ソラ兄、魔法陣の紙を落としたよ」
「え? あ、ありがとう。何でこの紙がカバンの中に……?」
レンが拾い上げた物は、三魔紋の魔法陣が刻まれた紙だった。
ゴウセツさんから頂いた資料と共に、机の中にしまい込んでいたはずだが、スノウタイガーの討伐準備をしている際にでも誤って入れてしまったのだろうか。
「いまは気にしてる場合じゃないか。行こう!」
胸のポケットに紙をしまいつつ、戦闘が起こっている場所への移動を再開する。
魔法が使えるようになっていれば、大きな力となってくれただろうに。
だが、いくら望んでもないものはない。いまは自身の力だけで何とかしなければ。
再び炎が轟音と共に大きく広がった。
不安を心に抱きつつ、村の中心部へと足を踏み入れる。
「ひどい……。みんなの家が……」
破壊された家に、火が着いてしまっている家。
家の下敷きになっている人はいないようだが、ケガをしている人たちがいるようだ。
そんな彼らに応急処置を行いつつ、避難場所に向かうよう声をかける。
モンスターとの戦いが繰り広げられている場所は目と鼻の先。
激しい戦いの音も聞こえてきた。
義父さんやナナだけでなく、ウォル君たちも交戦を始めているようだ。
「フレイムバースト!」
魔法を使うナナの声が耳に届く。
彼女が無事であることに安堵しつつ、より早く足を動かす。
彼女の心が砕ける前に、僕が狂い出す前に決着をつけなければ。
「はああああ!!」
強化魔法をかけ、黒煙に向かって飛び掛かる。
腰に下げた剣を抜き取り、突き刺すようにそれを構えると、何かに突き刺さった。
「グガアアア!?」
剣が刺さったのは、ホワイトベアーの肩のようだ。
剣を引き抜き、巨体を蹴って距離を開けると同時に、黒煙も風で霧散していく。
地面に着地し、標的の姿を視認すると――
「こんな姿になっても、暴れ続けられるのか……」
魔法によって黒く焦げ付き、液体によって赤く染まった白い毛皮。
体中に矢が何本も突き刺さっているというのに、何事も無いかのように動き回る、白い悪魔がそこにいた。