「この力……。もしかして……!?」
魔力を込めていた三魔紋の紙から、強い光がほとばしる。
以前爆発してしまった時のようなものではなく、優しく、温かい光だ。
「これなら……! レイカ、レン。離れていて!」
「え……。でも……!」
「姉さん。ソラ兄の顔色が良くなってる。きっと、大丈夫」
心配そうなレイカに対し、レンはどこか安心したような表情を浮かべていた。
実際のところは痛みでいまにも倒れてしまいそうだが、僕の体に宿った力のおかげで戦意を失わずに済んでいる。
大きく動けるのはこれが一度きりだろうが、それで十分だ。
「……わかった。必ず、倒してね!」
「うん、任せておいて」
二人が離れていくのと同時に、魔法を詠唱する。
僕の正面には大きな炎の玉が生み出された。
ある程度大きくなったところで、今度は得た力を使用していく。
生み出した炎の球は、手のひらサイズの大きさに縮んでいった。
「ここまでは想定通り……! もっと、もっと!」
外へと広がろうとする押し返す力と、中心へと圧し縮めようとする力がぶつかり合い、炎の球は激しく輝きだす。
最終的に、それは親指大の大きさ程度にまで縮んでしまった。
「できた! これなら……!」
足元にあった三魔紋の紙が、炎に包まれ消えていく。
僕の体力的にも、この一度しかチャンスはない。
確実にホワイトベアーに直撃させ、退治をしなければ。
「こっち見なさい! ウインドショット!」
僕の背後から、ホワイトベアーに向けて風の刃が飛んでいく。
アニサさんが奴の気を引くために攻撃を仕掛けてくれたらしく、彼女の目論見通り、奴はこちらへと視線を向ける。
そして、僕の手の上で輝く炎の球を見て唸り声を上げた。
奴にとって、命に関わりかねない危険な存在だと感じたのだろう。
「大丈夫、必ず勝つよ」
ホワイトベアーの背後で、悲痛な表情を浮かべていたナナに声をかける。
彼女は、戸惑った様子ながらもうなずいてくれた。
「グガアアア!!」
咆哮を上げながら、ホワイトベアーは僕に向かってくる。
チャンスを生かせるタイミングはたったの一度だけ。
攻撃をかわしきり、あの場所に炎の球を撃ち込めば必ず勝てるはずだ。
奴は両手で挟み込むように爪を振り下ろしてきた。
僕は背後に避けるのではなく、むしろ奴の腹部めがけて足を伸ばし、大きくジャンプする。
「これで、最後だあああ!!」
完全には避けきれず、着ている服が引き裂かれたが、ダメージ自体はない。
保持し続けていた炎の球をホワイトベアーの口に放り込み、圧縮を解除する。
縮み切っていた炎の玉は一瞬で大きく広がり、体内を焼き尽くしていく。
奴はずるずると地面に向けて崩れていき、黒煙が口からあふれ出す。
その巨体が動き出すことは、二度となかった。
「やった……? 倒せたの……?」
「もう、動き出さないよな……?」
無事だった者たちが、恐る恐るホワイトベアーに近寄って行く。
奴がもう動くことはないことを確認すると、大きな喜びを口から吐き出してくれた。
「はあ……はあ……。やった……!」
「ソラさん!」
地面に倒れ行こうとした僕の体を、ナナが優しく抱き止めてくれる。
彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「ゴメン、また君を不安に――」
「そんなことは良いんです……! こうやって一緒に戦えて、勝てたんですから!」
ナナに手伝ってもらいながら、ゆっくりとその場に腰を下ろす。
レイカとレンもそばにやって来て、僕に抱き着いてくれた。
「ゴメンね、二人とも……。怖い思いをさせちゃっただろうし、危ない目にも合わせちゃって……」
「ううん、いいの……! お兄ちゃんも無事だし、村も無事だったから……!」
「ソラ兄、この村を助けてくれてありがとう」
レイカの泣き顔とレンの喜ぶ顔を見て、トクンと胸が打つ。
これが、この子たちの兄であるという証拠なのだろうか。
嬉しさと同時に、じんわりと温かい気持ちが広がっていくようだ。
「魔法、完成したんですね……」
「一度限りの魔法さ……。使いこなせるようになったわけじゃないよ……」
三魔紋の紙が落ちていたはずの場所には、灰一つ残っていない。
僕が望んだ力は、ナナを、故郷を守ってくれた。
ホワイトベアーを倒せたことよりも、ずっと嬉しいことだ。
「でも、守れなかったものはたくさんある……」
視線を変えると、痛みにあえぐ皆の姿があった。
腕を押さえている者、足を引きずって歩く者、もう動き出せなくなってしまった者。
手放しに喜ぶことはできそうにもない。
「それでも、あなたは皆を救った。自分を褒めてあげてください」
「うん……。ありがとう、ナナ」
ナナの体温が、僕の体を優しく包んでくれた。
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ホワイトベアー 獣系 熊族
体長 標準 約2.0メール 最大 約7.0メール
体重 標準 約300キロム 最大 約800キロム
弱点 なし
生息地 『アイラル大陸』森林地帯深部
白い毛皮と強靭な爪を持つ熊のモンスター。
目についた生物全てに襲い掛かるなど、性格は極めて凶暴。
食欲が旺盛かつ執着心が高いことから、獲物をしとめるまで追い回し続けるという生態を持つ。
その際に他所の生物の縄張りに侵入することもあり、集団であろうと壊滅へと追い込むことすらある。
その傍若無人ぶりにたがわず、肉体は非常に強靭。
腕を振るえば家屋や木々はなぎ倒され、分厚い筋肉とそれを覆う剛毛は並の攻撃など寄せ付けない。
退治をする場合は、一点狙いの攻撃を続けて少しずつ削り取っていくこと。
もしくは、弓などの貫通力に優れた武器での攻撃が最適だろう。
分厚い毛皮は防寒性・耐久性共に優れていることから、それを使って作り上げられた防寒具は、寒さだけでなくモンスターの攻撃すら防ぐ優秀な装備となる。
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