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二人だけの夜

「眠れないなぁ……」

 現在は何時だろうか。布団に入ったまま、ごろりと何度も寝返りをうつ。


 仰向けへと戻ると、見知った天井が視界に映りこんだ。

 僕の実家。村の中央から離れた場所にあったおかげで、傷一つなく無事だった。


 瞼を下ろせば、昼間の光景が脳裏に浮かび上がる。

 なんとかホワイトベアーを退治することはできたが、それでも五年前の記憶と重なり、眠るのが怖くなってしまう。


 体は痛み、疲れ切っているのに、眠ることができない。

 否が応でも朝は来る。少しは休まなければならないというのに。


「ナナは寝てるのかな……」

 ホワイトベアーとの交戦を始める前、ナナはかなり呼吸を乱していた。


 僕ですらこのような状態になっているというのに、彼女ではもっと眠れないはずだ。


「また、繰り返しちゃったな……」

 五年前とほぼ同じことを繰り返させてしまったことが、何よりも心に引っかかる。


 ナナとずっと一緒にいたい。一緒に知らないことを知りに行きたい。

 けれど僕がそばにいれば、同じ苦しみを与えてしまうかもしれない。


 僕の心は、強く揺れてしまっていた。


「一緒にいたいなら、いればいいだけなのに……。弱いなぁ……」

 目頭が熱くなり、こめかみが濡れていく。


 別れたらきっと後悔するのに。

 ナナの心を壊したくないという想いが、心を塗り潰そうとしていた。


「……失礼します。まだ、起きてますか?」

 戸が開かれる音と同時に、ナナの声が聞こえた。


 体を起こして音と声が聞こえてきた方向へと顔を向けると、そこには寝間着姿の彼女の姿があった。


「ナナ……。どうしたんだい? こんな夜中に」

 この部屋には時計がないが、既に日は変わっているはず。


 こんな時間にやってくるということは――


「不安で眠れなくて……。あなたのそばにいれば、少しは落ち着くかなって」

 やはり、ナナも僕と同じ状態になっていたようだ。


 眠る前に話してしまえば、余計に眠れなくなってしまうだけ。

 けれども彼女と話し、少しでも心が落ち着けば、眠れずとも休まるかもしれない。


「そっか……。じゃあ、少しお喋りしよっか」

「お布団から出なくていいですよ。そばに行きますから」

 居間へと移動するために布団から這い出ようとするも、ナナはそれよりも早く僕の布団そばに腰を下ろした。


 薄暗いがためによく見えないが、若干彼女の体は震えているようだ。


「そこだと寒いでしょ。君も布団に足を入れなよ」

 言いながら、布団の足がわを持ち上げる。


 ここに足を入れれば、少しは暖かくなるはずだ。


「ありがとうございます。でも、それでしたら……」

 ナナは持ち上げている側の布団に入ろうとはせず、僕の真横にやって来た。


 なるほど、確かにこっちの方がより温まれそうだ。

 彼女が布団に入れるよう、体を動かす。


「よいしょっと……。狭くないかい?」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 ナナも布団の中に足を入れ、そろって座る形となった。


 会話を一旦区切り、無言でお互いの温もりを感じ合う。

 彼女がそばにいてくれるだけで、荒れていた心が落ち着いていく。


「ソラさんは、良く笑うようになりましたよね」

「え? 笑う? いままでも笑うことはあったと思うけど?」

 面白いことがあれば笑うし、楽しいことがあれば笑ってきた。


 良く笑うようになったと言われても、いまいち実感が湧いてこない。


「一緒に暮らし始めた時より笑顔が増えたように思います」

「そっか……。もしそうなら、君やレイカたちのおかげだろうね」

 いまの家族と暮らし始めて思ったことは、共に生きることは楽しいということだった。


 いままで見てきたはずの景色も、家族と一緒だと違って見える。

 大したことではなくとも、家族と一緒にすると楽しかった。


「みんなと一緒にいたいから、僕は笑顔になれたんじゃないかな」

「私も……。みんなと一緒にいたいから、笑えるようになったんです」

 やはり、僕たちは一緒じゃないとダメなようだ。


 ナナと離れた方が良いかもしれないという想いは、心の奥底に残ってしまっている。

 けれど、彼女と共に一緒にいたいという想いが大部分を占めている限りは、先ほどのように思い悩むことはもうないだろう。


「寒いね……。ほら、ナナももっと布団に入って。横になっちゃえばいいよ」

「……分かりました」

 寄れてしまった毛布を、横になったナナの体にかけ直してから僕も横になる。


 僕たちは、お互いの顔をじっと見つめ合った。


「あったかいです……」

「そうだね……。あったかい……」

 僕たちの体温が混ざり合い、布団を温めていく。


 冷え切った心も温まっていくようだ。


「ずっと、一緒に居てください……。じゃないと、私は……」

「うん、ずっと、一緒に居る……。僕も、君と……」

 意識がゆっくりと消えていく。


 ナナの呼吸も小さくなって――


「あれ……? 寝てた……?」

 気がつくと、瞼が瞳を覆っていた。


 これといって夢を見ることもなく、心のざわめきも収まっているようだ。


「ナナ……」

 目の前には、小さな寝息を立てて眠っているナナの姿があった。


 とても安らかな寝顔だ。


「ずっと、そばにいてくれてありがとう……」

 ナナの体を優しく、静かに抱き寄せながら、再び眠りへと落ちていく。


 彼女の愛らしい寝顔に、笑顔を浮かべながら。

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