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第十八章 村の復興

一夜明けて

「んあ……。んう……?」

 眠りから目が覚める。瞼を開くと、かすむ瞳が誰かの顔を映し出した。


 まばたきを繰り返し、瞳を潤していると。


「おはようございます。ソラさん」

「んえ……?」

 聞こえてきた声により、意識が一気に覚醒していく。


 目の前には、ナナの優しい笑顔があった。


「ああ、そっか……。話してたらいつの間にか眠っちゃったんだ……。抱きしめちゃってたけど、寝苦しくなかったかい?」

「いいえ。むしろ、とてもよく眠れました」

 ナナも寝起きのはずだが、その表情には気力が満ち溢れていた。


 彼女の体から手を離さなければならないことを残念に思いつつ、共に起き上がる。


「ん……。ふああああ……。おはよう、ナナ」

「ふふ……。おはようございます」

 起床の挨拶をし、布団から立ち上がろうとする。


 しかし、体全体に引きつるような痛みが走り、思うように起き上がれなかった。


「イテテテ……。痛み止めの効果が切れちゃったみたいだ……」

「動かないで待っててください。お薬を持ってきますので」

 そう言って、ナナは戸を開けて出ていってしまった。


 彼女が帰ってくるまでの間に服を脱ぎ、傷の確認を始める。

 裂傷の周囲は痛々しく腫れ、傷自体が熱を持っていた。


 病にかかったりしないよう、治療を優先すると同時に安静を心掛けたいところだが、ホワイトベアーの件があった以上、ある程度は働く必要があるだろう。


「お待たせしました。では、お薬を塗りますね」

 戻ってきたナナが薬のビンを開け、中身を僕の傷に塗っていく。


 こそばゆいような、痛いような。

 傷に触れられるたびについつい動いてしまい、彼女に叱られる。


「はい! これで大丈夫です! なんでモンスターの攻撃は無理にでも耐えようとするのに、薬には耐えられないんですかね!」

「あはは……。でも、痛いってことはちゃんと効果が出ているってことでしょ? 君の薬が強力である証拠さ」

 それっぽいことを言ってごまかしつつ、新しい服に手を伸ばす。


 ナナも僕の手伝いをしてくれたので、苦労することなく着替えは終了した。


「村の片付けに、亡くなった人たちのこともね……」

「そうですね……」

 昨日の戦いの影響により、命を落としてしまった人たちがいる。


 この村の人たちに、僕たちと共にやって来た調査隊員の人たち。

 今日、明日に葬儀を執り行うのは恐らく無理だが、彼らの亡骸を一所に集め、処置をしておかなければ。


「ご飯を食べたら、村の広場の掃除に行ってくるよ。君はケガをした人たちのために、薬を作りに行くんだったね?」

「ええ。しばらくは傷が熱を持ちやすいはずなので、少しでも調子が悪くなったらすぐに休んでください」

 ナナと共に朝食の支度をし、二人だけの食事を行う。


 楽しいはずの食事が、もの悲しく感じるのはいつぶりのことだろうか。



「くそ、俺たちの家が……。命あっての物種とはいえ、ここまでボロボロになっちまうと悔しいぜ……」

「あたしのお人形……。燃えちゃったのかな……」

 村のあちこちから、不幸を嘆く声や悲しげな声が響いてくる。


 避難時に使われる建物は無傷だったため、夜露をしのぐためには問題ないものの、住み慣れた我が家が無くなってしまえばやりきれない部分はあるだろう。


「おお、ソラ。もう動いて大丈夫なのか?」

「船長さん……。ええ、家族のおかげで。あなたのおケガの方は……?」

 片づけをするため、黒く焦げた木材に手を伸ばそうとしていると、背後から船長さんの声が聞こえてきた。


 彼の右手は、白い包帯と添え木で固定されている。


「わしは比較的軽症ですんだからな、この程度であればすぐに治るさ。まあ、しばらくは声掛け程度しかできんがな」

 船長さんに何かがあれば、僕たちは『アヴァル大陸』に帰ることすら難しくなってしまう所だった。


 頼りがいがある人物なので、声をかけて回ってくれるだけでありがたい。


「それはそうと、少しお前に話しておきたいことがあってな。『アイラル大陸』の調査のことなんだが、実は――」

 船長さんの話は、ホワイトベアーとの戦いで負った影響についてだった。


 調査隊員たちの心身に大きなダメージが入ったこと。

 持ち込んだ重要な備品がいくつか損傷してしまったこと。


 それらの影響から、『アイラル大陸』の調査継続は難しいかもしれないとのことだ。

 帰還せざるを得なくなる可能性は高いとは思っていたが、改めて聞かされるとショックが大きかった。


「みんなで頑張ってここまで来たのに、これで終わりですか……。でも、みんなに負担を強いるのも間違いですよね。分かりました。調査はこれで切り上げ、帰還することを目的に据えましょうか」

「すまないな、お前のやるべきこともあっただろうに……。だが、その代わりとしてこの村が復興するまで手伝おうと思っているよ」

 故郷がこのような状態で帰還するのは嫌だったので、船長さんからの提案はとても嬉しかった。


 だが、調査隊員たちを巻き込んでしまってよいのだろうか。


「皆が望んだことだ。守り切れなかった分、手伝いをしたい――とな」

「皆さんが……」

 多くの人が、この村を好きになってくれたということなのだろう。


 種族が異なるというのに、皆が率先して行動しようとしていることに、僕の心は温まっていく。


「復興までの間だけだが、使える時間は全部使っておくことだ。いいな?」

「はい、ありがとうございます」

 船長さんは、僕に手を振ってから他の場所に移動していった。


 村の復興の間に、レイカたちと話をしておきたい。

 義父さんやウォル君とも話をしたいので、治療を手伝いに行くのもいいだろう。


 一度きりとはいえ、三魔紋が使えるようになった理由も、調べておかなければ。


「……まずは片付けよう。すべてが動き出すのは、それからだよね」

 そばにある木材を拾い、集積場所へと運んでいく。


 以前と同じ。いや、それ以上の村にしよう。

 僕は、静かに決意をするのだった。

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