「くそ……。まだ動かせねぇか……」
「無理しないでください。傷が癒えるのを待つのが優先ですよ」
ホワイトベアーとの戦いから二日後。布団の上に寝ている人たちのうめき声と、その人たちの治療をする人々の声が聞こえてくる。
ここは村に作られた仮設の治療所。
ケガだけでなく、心に痛みを負った人たちが治療を受ける場所だ。
「皆さんのお食事、持ってきましたよー!」
僕は治療の知識はそれほど持ち合わせていないので、食事の準備を中心に行うことにしていた。
村の復興の合間を利用してなので、手伝い程度しかできていないが。
「すみません。こちらのお手伝いまでして頂いて……。ソラさんもおケガをされていましたよね?」
「動きにくさなどはありますけど、問題ないですよ。家族に優秀な人たちがいるので」
僕の家族たちも、ここで皆の治療を行っている。
レンが重傷者に回復魔法をかけ、ナナが薬を調合していく。
レイカはどちらも不得手なので、僕と同じように食事の配膳を手伝っているようだ。
「すみません、足を止めさせてしまって……。食事の配膳もそうですが、無理をなさらないでくださいね」
「ええ、お気遣いありがとうございます!」
暖かい言葉をかけてもらったことに嬉しさを抱きつつ、皆に食事を配っていく。
まだ食事を受け付けられない人もいれば、早くも食欲が戻りだしている人もいる。
間違えて配膳しないよう、気をつけなければ。
「はいどうぞ。ゆっくり食べてくださいね」
「すみません……。ありがとうございます……」
食べやすいよう向きにも配慮しつつ、食事を配っていく。
そんな中、僕が配膳していることに気がついて声をかけてくる人物がいた。
「ソラ~! 早く、飯~!」
声の主はウォル君だ。ホワイトベアーから僕をかばったことで、彼もケガをしている。
いつも通りの声に加え、足をバタバタと動かしている様子から、既に元気いっぱいになっているように思えるのだが。
「重傷者が暴れないの! ホムラさんとの戦いの傷まで開いたらどうするのよ!?」
治療をしているアニサさんが彼のことを叱る。
以前受けていた傷もそうだが、彼が今回受けた傷もまたひどいものだった。
運ばれた直後はかなり危険な状態だったのだが、そんな彼があっという間に元気になったのは、つきっきりで看病を続けていたアニサさんのおかげだ。
「はい、お待たせ。腹ペコだからってがっつくのはダメだよ?」
「サンキュー! よっしゃ、いっただっきまーす!」
お皿を受け取ると、ウォル君はものすごい勢いで食事を始めた。
アニサさんも呆れたような様子で叱っているが、どこか嬉しそうにも見える。
この様子なら、すぐにでも走り回ってくれるだろう。
「他の人にも食事を渡してこないとだから離れるよ。アニサさん、よろしくお願いします」
「もちろん。このバカのことは任せておいて!」
不満げにアニサさんの肩を小突くウォル君に笑みを見せながら、次の患者の元に向かう。
一つ、また一つと料理は減っていき、残りは一つだけとなった。
「お待たせ、義父さん。ご飯、食べられる?」
最後に料理の配膳をするべき人は、僕の義父さんだ。
だが、肝心の彼は布団の上で静かに眠りについていた。
「義母さん。義父さんは大丈夫……?」
「ちょっと前まで起きてたんだけどね……。また眠っちゃった……」
付き添いでそばにいた義母さんが、義父さんのほおを撫でている。
二人とも、顔色が良いようには思えない。
「さっき教えてもらったんだけどね。もしかしたら、狩人としては活躍できなくなっちゃうかもって……」
「そんな……義父さん……」
義父さんも僕をかばい、ホワイトベアーから攻撃を受けてしまった。
吹き飛ばされた際に付けられた傷だけでなく、地面に叩きつけられた衝撃で骨を痛めたと聞いていたが、まさかそこまで酷いとは。
ずっと狩人として活躍してきた義父さんの姿が、もう見られないと思うと寂しい気持ちが心に襲ってくる。
「悲しく思う必要はないわ。狩りに出かけて、知らない間に命を落とすことが無くなったんだから、私としてはむしろ嬉しいくらいよ」
明るくそう言っているが、本心ではないことくらい僕にもわかる。
大切な人がケガでまともに動けなくなることを知って、嬉しいわけがない。
「それにね? もしそうなってしまったとしても、この人はきっと諦めない。あなたのお父さんとして、立派であり続けないといけないって言ってたから。必ず元気になって、他の道を見つけるはずよ」
「義父さんがそんなことを……」
血の繋がりもない僕を引き取って、ここまで育ててくれた。
そんな人が、立派でないわけがない。
最初からここまで、義父さんも義母さんも僕の立派な親だ。
「ねえ……。僕は、二人の息子でいいのかな……?」
引き取られてから好きに出歩いて、好きに勉強して、小言に不満を言って。
十二歳になって旅に出て、七年間も異郷の地から帰ってこなかった。
二人のために、僕は何かできたのだろうか。
「確かに、あなたは七年間も顔を見せなかった。その間、私たちはあなたのことを話せず、寂しい思いをしたわ。でもね……」
そこで初めて、義母さんが僕に顔を向けてくれる。
その表情は、いつも通りの優しい笑顔だった。
「あなたはずっと大きくなって帰ってきてくれた。ナナちゃんのことを、大切な人だと言ってくれた。ちょっとだけ頼りないと思っていたあなたが、みんなと協力してホワイトベアーを倒してしまった。あなたは私たちの立派な息子よ」
その言葉がとても嬉しかったと同時に、悔しかった。
立派な息子だと思ってくれていたのに、途中でくじけ、義父さんに守られてしまった。
まだ僕は、あまりにも弱すぎる。
「ソラ、たくさんの事を学びなさい。そうすればきっと、本当に守りたいものを……。ナナちゃんを守り抜く力を得られるはずだから」
「うん、わかった。ありがとう、お母さん」
ここまで育ててくれた、お父さんとお母さんの想いに答えるために。
もっと力をつけていこう。
●
「おーい! 悪いが、この古い木材を持っていってくれないかー!?」
「貯蔵してある藁だけじゃ足りなさそうね……。他の村から貰ってこないと」
「もっと大きなお家に住んでみたいなー!」
あちらこちらから、村の修復作業をしている人たちの声が聞こえてくる。
ホワイトベアーとの戦いで無傷だった者や軽傷で済んだ者たちは、少しずつ復興作業を開始していた。
「んしょ……。んしょ……。重たい……」
手伝いが必要そうな人を探しながら歩いていると、黒く焦げ付いた木材を重そうに担ぐレンの姿が目に入った。
治療が一段落したのか、彼も復興作業を手伝いだしたようだ。
「お疲れ、レン。後は僕が替わるよ」
いくら力が強かったとしても、一人で、かつ未成熟の体では無理があるだろう。
木材を受け取ろうと手を伸ばすのだが、レンは歩みを止めようとせずに、大きく首を振りながらこう言った。
「いい。ソラ兄もケガが治りきってないんだから、休んでて」
そう言って廃材を持ち直して歩き出すのだが、足取りがフラフラと揺れている。
頑張ろうとしている姿は微笑ましいが、あれでは皆も心配になってしまう。
「ほら、僕も担ぐから。もうちょっと前を持ちなよ」
何か反論をされる前に木材を持ち上げてしまう。
持ってしまえばこちらのものだ。
「……ごめん、ありがとう」
「気にしない。さ、早く持っていこう」
レンの進む速度に合わせながら歩みを進める。
廃材には想像以上の重量があり、肩や傷が痛みを訴えた。
彼の体では、あまりにも辛かっただろうに。
「早く大きくなりたい」
「大きく? 身長のことかい?」
「それだけじゃないけど……」
レンが言わんとしていることは、なんとなく理解できる。
頼りがいのある人物になりたいと考えているのだろう。
「僕も早くソラ兄みたいになって、色んなことができるようになりたい」
「あはは……。僕みたいになっても、色々できるわけじゃないんだけどなぁ。レンは何かしたいことがあるのかい?」
「戦えるようになりたい。僕が使えるのは回復魔法とちょっとした攻撃魔法だけ。剣も使えなければ、強い魔法も使えない」
レンは、僕たちと共に戦える力が欲しいのだろう。
ホワイトベアーとの戦いだけでなく、これまでの戦いから、思うことがあるのかもしれない。
「思ったより重いね。ちょっと休憩しようか!」
「分かった」
道の端に廃材を置き、その上に腰を下ろす。
服が濡れるのは少し嫌なので、椅子代わりに使わせてもらおう。
「その力を欲する理由は、みんなを助けたいからかい?」
「うん。みんなを、ソラ兄を助けたい」
レンも僕同様に廃材に腰を下ろし、質問に答えてくれた。
戦いで傷を負っただけでなく、過去を思い出して悲痛な叫びを上げてしまったがために、助けたいと思う気持ちが自然と強まったのだろう。
「それもあるけどちょっと違う。ソラ兄はあんなにボロボロになって、心の痛みにも苦しんだのに、それでも立ち向かっていった。なのに、僕は何もできなくて情けないって思った」
目の前で命をかけた戦いをしているのに、何も手助けができず、悔しい、情けないという感情が胸の内に湧き上がることは理解できる。
僕が再び動けるようになったのは、皆がいてくれたから。
周囲に誰もいなかったら、立ち上がることはできなかっただろう。
「僕も、ソラ兄みたいに一人で何でもできる人になりたい」
一人で何でもできる人になりたい。
レンの想いは僕も抱えたことがあり、達成は終ぞできなかった。
「嘘。みんなを強化して、率先して剣を持って戦って、攻撃魔法だって使ってるのに」
「う~ん……。そう言われちゃうと、ちょっと反論しにくくなっちゃうけど……。もし、一人で何でもできる力を得たとしても、君は僕に相談をしてくれるかい?」
「相談? 一人で何でもできるのなら、必要ないと思うけど」
少しばかりまずい方向に向かっている様子。
これは修正しておかなければ。
「君は一人で何でもできる力を持っていて、それを有効活用できています。それでもできないことがあるとしたらなんだと思う?」
「何でもできるのに、できない……?」
珍しくレンが悩む様子を見せている。
実際のところ、これから話そうと思っている言葉の通りになるのかは分からない。
その力を得たことがない以上、想像するしかないのだ。
「誰かと協力をすることだよ。一人で何でもできるのなら、そんなことをする必要すらないからね」
「うん、だから欲しい。一人でも動ける力を」
僕はレンから視線を外し、自宅の修復作業をしているであろう家族を見つめた。
父親が大きな木材を運び、母親と子どもがわらなどの軽い素材を運んでいる。
「……頼れなくなっちゃうんだよ?」
「え……?」
「全部、自分で解決しなくちゃいけなくなる。あれもこれも全部……ね」
何でもできる力が欲しかったからこそ、昼も夜も忘れて剣と魔法の練習をし、無理な鍛錬をした。
休むことなく任務にも出かけ、多くの知識を取り込んだ。
「でもね、そんなの辛いだけなんだ。誰にも頼れない、誰にも話せない。誰とも、共に歩けない……」
魔法剣士になりたての僕は一人だった。
一人だったからこそ、何でもできたのかもしれない。
一人だったからこそ、無茶なこともできたのかもしれない。
だが、そうしていきつく先は――
「一人の辛さに負けて、涙が出るんだ。寂しさに、壊れちゃうんだ。何でもできるってのは、そう言うこと。そんなの悲しくないかい?」
「……わかんない」
レンは、納得できないと言いたげな表情を浮かべ、うつむいていた。
分からなくていい。そのような感情、知る必要などないのだから。
「君が後ろにいてくれるだけで、とても安心して戦えるんだ。ケガをしても君が助けてくれる、必ず、僕を立ち上がらせてくれるって」
立ち上がり、レンの肩に手を置く。
彼も僕の瞳を見つめ返してくれる。
「力が欲しいのなら教えてあげることはできるけど、これだけは忘れないで。僕たちは家族、君のそばには僕が、みんながいる。だから、僕たちが困った時は助けてほしい。君が困った時は、僕たちが君を助けるから」
「協力ってこと……?」
誰もができるはずの力であり、誰もが思うようにできない力。
でも、家族ならそれぐらいできても良いはずだ。
「一緒に歩き続けよう。そうしたら、君が求める本当の強さが見つかると思うから」
「……うん、わかった」
納得はできていないという表情を見せていた。
だが、気持ちは伝わったようだ。
「さあ、木材を運んじゃおう! 一緒にね!」
「……うん!」
二人で木材を肩に担ぎ、再び歩き出す。
レンの家族として、兄として、この子を見守り続けよう。