ホワイトベアーとの戦いから一週間。白い雪が降る中、亡くなった人たちの葬儀が執り行われた。
遺体を棺の中に入れ、儀式を行い、急ごしらえの火炉の中へと送っていく。
「生まれ故郷に、元の姿のまま帰らせてあげたかったですね……」
亡くなった人たちの遺物を納めた小さな箱を、大切に抱いている人々の姿を見つめながら、ナナが小さくつぶやく。
「そうだね……。体のほんの一部になっちゃったけど、その分、ちゃんと故郷に帰してあげないと」
遺体を元の状態に保ったまま、『アヴァル大陸』に帰還することは、残念ながら不可能だ。
『アイラル大陸』の大地に埋葬するか、火葬をして遺骨として持ち帰るくらいしか方法はない。
親しかった者や繋がりがある者が故郷へとそれを持ち帰り、遺族が大地へと還してくれるだろう。
「彼らは覚悟を持って海を渡った。だからといって、こうなっていいわけがないんだ。共に帰りたかったな……」
目を閉じれば、亡くなった人たちがレジナ・ウェントゥス号に乗って海を渡る姿を想像できる。
お酒を酌み交わしながら、何があったとか、何を見つけたとか、何かを倒しただとか。
肩を組んで、陽気に話をしている姿が。
僕は、彼らにそれをさせてあげることができなかった。
「ソラさんのせいではないですからね……? 自然の流れだったんです」
「だとしても、僕がこの旅のことを提案しなければって思うとね……」
いずれはこの大陸に来る必要はあった。
だが、いまではなくても良かったのでは?
他のことを優先してから来るのでも良かったのでは?
どうしても、そんなことを考えてしまう。
「私たちが来ていなければ、あなたは故郷を……。ご両親を知らぬうちに失っていた可能性があるんです。いま、あなたがここにいるのは間違いなんかじゃありません」
「そう……かな……。そうだといいな……」
もしもの話をしすぎるのも失礼だろう。そろそろ前を見なければ。
そうこうしているうちに葬儀は終了へと至り、人々は亡くなった人たちに祈りを込めてからその場を去っていく。
僕とナナも、手を合わせてから離れることにした。
「私はケガをした人たちの様子を見てきます。ソラさんは、家の修復作業をするんですよね?」
「片づけは大体終わったからね。一つずつでも、みんなが安心できる場所を増やしていかないと」
モンスターに襲われて心身が不安定な状態に加え、集団生活を強いられるのでは非常にストレスが溜まる。
傷ついた心と体を癒すためにも、自分の家は絶対に必要。
帰る場所ができたというだけで、安心感は強くなるのだ。
「だいぶ治ったとはいえ、あなたもまだケガ人です。変わらず、無理だけはしないでくださいね」
「うん、気を付けるよ。それじゃ、また後でね」
手を振ってナナと別れ、建築作業をしている人たちの手伝いを始める。
傷つこうとも、人々は動き出そうとしている。
僕も、負けてなどいられない。
●
「ほう、三魔紋を利用した魔法が使用できたのか」
「はい……。ですが、たった一度しか使えないという問題ができてしまって……」
復興作業前の片付けが一段落したこともあり、ゴウセツさんの元に相談をしに訪れていた。
相談内容は三魔紋について。
魔法陣を刻んだ用紙に僕の血を含ませることで、ホワイトベアーとの戦い時を再現できるようになったのだが、そこから先にはどうにも進めずにいた。
「どうやら常識が邪魔をしているようだな。あと少し、考え方を変える必要がある」
「考え方を変える、ですか……」
ゴウセツさんの話しぶりから察するに、用意した魔法陣につき一度きりの魔法というわけではないはず。
何か常識外に飛び出すようなことをしなければならないのだろうか。
「既に資料は渡している。あまり助言を与えすぎるのは良くないが、これだけは言っておくとしよう。常に魔力を生み出し続ける存在を本体にしろ」
「常に魔力を……? そんな素材が存在するのですか……?」
そんな素材など見たことも聞いたこともない。
どこに向かえば見つかるのだろうか。
「素材であり、素材ではない。どこにでもあるが、どこかにしかないものでもある。まあ、繰り返して答えを見つけるのだな」
「う~ん……。分かるようで分からないって感じですね……。助言していただき、ありがとうございます」
三魔紋を描いた用紙を返して貰いつつ、ゴウセツさんにお礼を言う。
帰宅をしようと、立ち上がろうとしたのだが。
「忘れるところだった。コイツを持っていけ」
ゴウセツさんは僕を呼び止めつつ、部屋の片隅に移動していった。
そこには杖らしき物が置かれている。
彼が作った物なのだろうか。
「お前の連れの娘に渡してやれ。並の杖より遥かに強力なはずだ」
「ナナに……。よろしいのですか?」
渡された杖には、三日月の意匠が施されていた。
防御魔法同様に、所有者を守る意味が込められているのだろう。
「あの娘が率先して戦ってくれたおかげで、この村は生きている。帰ったら、感謝していたと伝えてくれ」
僕たちがスノウタイガーの討伐から帰ってくるまでの間、ナナは苦しみながらもホワイトベアーを食い止めてくれていた。
彼女がいなければ、村は壊滅していたことだろう。
「分かりました、必ず伝えます。きっと喜んでくれると思います」
受け取った杖を握り、頭を下げてから玄関へと向かう。
この杖を見て、ナナはどのように受け取るだろうか。
村を、人々を守れたことを自覚し、心の傷が癒されるかもしれない。
そんなことを考えながら敷地外へと出て、雪が降る道を歩いていると、僕たちの家がある方向へと足跡が続いていることに気付いた。
大きさから察するに、レイカかレンのものだろうか。
「入れ違いになったのかな。だとしたら、家で待ってるかな?」
あの子たちにも、ゴウセツさんから杖を貰ったことを教えなければ。
羨ましがるだろうか。それとも、彼と交流できていることを喜んでくれるだろうか。
小さな足跡を見つめながら歩いていると、それは自宅へと向かっていないことに気付く。
足跡の持ち主が進んでいった先は――
「そういえば、帰ってきてから一度も行ってなかったっけ。行ってみようか」
もしかしたら、あの子が思い出の場所にいるのかもしれない。
念のために自宅を覗いてみるも、やはり姿はなかった。
ゴウセツさんから預かった杖や荷物等を置いてから、再び雪の中を進むことに。
やがて道が途切れた崖の先端に、一人腰かける人物の姿を見つけた。
白い髪と白い角に白い雪が積もることも気にせず、少女は灰色の空を見上げている。
「やあ。こんなところで何をしているんだい?」
声をかけられたことに驚いたのか、少女は反射的にこちらへと顔を向けた。
寒さのせいか顔は赤く染まっているが、間違いなくレイカだ。
「ソラさん……? どうしてここに……?」
「足跡を見つけてね。もしかしたら君がいるんじゃないかと思って」
レイカの真横に移動し、崖に腰を下ろす。
何度も夢に見た景色と、全く変わっていない。
そして、夢と同じように隣で座っている少女もいる。
「私は、嬉しい気持ちになりたくてここに来ました」
「嬉しい気持ち……。まあ、色々あったからね」
村が壊滅しかける事態に陥ったため、少しでもリフレッシュしたいという気持ちはよくわかる。
本来であれば、再び皆で調査に出かけるなど、楽しいこともできたはずなのだ。
「幼い時の記憶なんですけどね、兄さんがここに座って星を眺めているんです。そこに私がやって来て、明日も一緒に遊ぼうとか、お勉強を教えてとか、いっぱいおねだりをしたんです」
僕の記憶にも、レイカと同じものがある。
座って星を眺めていると、決まってあの子がやってくる。
隣に座り、あの子は明日したいことを話してくれた。
「七年前、兄さんは旅に出た。ここに来れば、兄さんは来てくれるんじゃないかと思って何度もここに来た。でも、姿を見せることはなかった」
そう言うレイカの表情は、物憂げなものだった。
七年間も大好きな兄に会えなかったというのに、寂しくないはずがない。
「辛かったかい……?」
「兄さんから教わったことを実践したり、見に行ったりしてたので、そんなに辛くはありませんでした。だけどね……」
レイカは僕の顔から視線をそらし、灰色の空を見上げた。
「お兄ちゃんと一緒だったなら、もっと楽しかったんだろうなって思っちゃったんだ」
なぜ僕は、あの少女のことを記憶の片隅に追いやってしまったのだろう。
あの子と、『アヴァル大陸』の様々な光景を見たいと思っていたはず。
学んだ多くのことを、教えたいとも思っていたはずなのに。
「今日、私がここに来た本当の理由はね、ソラさんが来てくれるかどうかの確認なんだ。私の記憶とソラさんの記憶が合っているんだったら、きっとここに来てくれるはずって……!」
レイカは再び僕の顔へ視線を向ける。
彼女の表情は、嬉しそうなものへと変わっていた。
「私は、ソラさんの――ううん、お兄ちゃんの妹! お兄ちゃんと一緒に、色んなものを見に行くの!」
そう言って、レイカは僕の胸に飛び込んできた。
彼女のその行動が、僕のはっきりとしない記憶とわだかまりを壊していく。
「僕の記憶の中にも女の子が出てくるんだ。お兄ちゃんって呼んでくれる、血は繋がらないけど大切な妹。やっぱり、君なんだね」
記憶の中の少女と、目の前にいる少女の笑顔が合致する。
僕はもう、レイカのことを妹ではないなどと言い出すことはないだろう。
「ただいま。帰ってくるのが遅くなっちゃってごめんね。これから一緒に、旅に出よう。君と約束した、知識の旅に」
「うん! よろしくね、お兄ちゃん!」
幼なじみとして、家族として、兄として。
大切な僕の妹に、もっとたくさんの世界を教えてあげよう。