「改めて復興のお手伝いをしていただき、誠にありがとうございました。色々と援助をしていただいたというのに、お返しも何もできず……」
「いや、気にしないでください。滞在をさせていただいた上に、多くの知識を譲っていただいたのですから」
レジナ・ウェントゥス号が停泊している岸辺にて、プルイナ村の村長さんと船長さんが会話をする声が聞こえてくる。
今日この日、僕たち調査隊は『アヴァル大陸』へと帰還することになった。
予定していた日数より大幅な短縮となってしてしまったが、『戻りの大渦』を越え、『アイラル大陸』に到達できたことや、ホワイトドラゴン及びブラックドラゴンと交流ができたのだから、十分な成果だ。
「お兄ちゃん。この荷物も運びこんじゃうけど大丈夫?」
「お、ありがとうね。僕たちの船室に置いておいてくれるかい?」
レイカは大きくうなずきながら、荷物を持って小舟に乗り込んでいった。
人前で彼女にお兄ちゃんと呼ばれるとむずかゆくなるが、僕のことをソラさんと呼ぶ気はもうないらしい。
僕も彼女たちとの関係を兄妹と認めたわけなので、早く慣れていかなければ。
「っと、ボーッとしてないで荷物を運ばないと。えーっと、他に僕たちの物は……」
「ソラ」
積み上げられた荷物を探っていると、背後から僕を呼びかける声が。
振り返ると、そこにはお父さんとお母さんの姿があった。
「どうしたの? 見送りはいらないって言ったのに」
「そう言うな。息子の旅立ちを見送りしない親がどこにいるんだ?」
見送りが欲しい歳ではないが、いざ来てくれると嬉しく感じてしまう。
と言っても、お父さんはまだ万全ではないので、心配な気持ちの方が強いのだが。
「動かさなきゃ余計に体は動かなくなる。ちっと無理するくらいがちょうどいいのさ」
そう言って、お父さんは右手をこちらに向ける。
開いたり閉じたりして動くことを教えてくれたのだが、その動作はなめらかとは言い難かった。
「私も治療のお手伝いをするから心配しないで。あなたは自分のやりたいことを、思いっきりやりなさい。離れていても、ちゃんと応援しているからね」
「うん、ありがとう。お母さんも元気でいてね」
泣きそうな顔を浮かばせながら、お母さんが抱きしめてくれる。
彼女を抱きしめ返し、その温もりを心に刻んでいく。
「ナナちゃんのこと、守ってあげるのよ」
「うん、頑張る」
お母さんを抱きしめつつ、小舟のそばで待機しているナナを見つめる。
彼女は優しげな表情で僕たちのことを見ていた。
「また、ナナを連れて帰ってくるよ。そしたら、歓迎してね」
「当たり前だろ? お前の大切な人なんだからな。今度来るときは、孫の顔を見せてくれても――イテ! イテテテ!?」
「そういう話はしないの! 全くもう……。あなたもナナちゃんも、元気な姿で帰って来てくれるのが一番なんだからね?」
お父さんのほおをつねりながら、お母さんは穏やかにそう言った。
二人から離れ、荷物を持ちながらナナの元へと向かう。
彼女と共に小舟へ乗り込むと同時に、レジナ・ウェントゥス号に向けてそれが静かに動き出した。
「ご両親と何を話されていたんですか?」
「もちろん色々。元気な姿で帰ってきてね、だってさ」
両親と話したことをナナに伝えると、彼女はどこか寂しそうに『アイラル大陸』の大地を見つめた。
そんな彼女の隣に腰を下ろし、小さな声で二人の願いを伝える。
「君にも、元気な姿で帰ってきてほしいってさ」
「え……」
ナナは驚いたような表情を僕に向けた。
彼女の手を取り、共にお父さんとお母さんがいる『アイラル大陸』の岸辺に視線を向ける。
二人は、僕たちに大きく手を振ってくれていた。
「また、一緒に会いに行こう。お父さんとお母さんに」
「……はい!」
ナナは瞳を潤ませつつも、笑顔を見せていた。
小舟はあっという間にレジナ・ウェントゥス号のそばに到着し、甲板に引き上げるための準備が開始される。
揺れに備えるための準備をしつつ、『アイラル大陸』の岸辺を見つめると、お父さんとお母さんがまだこちらに手を振ってくれていることに気付く。
「お父さん! お母さん! 行ってきます!」
ぐらりと小舟が揺れ、水面から離れていく。
僕は再び、故郷から旅立つのだった。
●
「見えなくなっちゃいましたね……」
ナナが甲板の手すりに手を乗せながら、『アイラル大陸』があるはずの方向を見つめている。
大陸の影は、水平線の向こうへと消えてしまっていた。
「どうだった? 『アイラル大陸』は」
「皆さんとても優しくて、色々なことを教えてくれて……。とても良い経験になりました」
水平線から目をそらすことなく、質問に答えてくれた。
今回の旅は、思い出の一つになったようだ。
「ソラさんも完全ではないとはいえ、目的を達成でき、ご家族とも会えた。有意義な時間になったんじゃないですか?」
「できたこともできなかったこともあったけど……。何よりも、君を二人に紹介できて本当に良かったよ」
今回達成してきたことをさらに進ませ、成就へと至らなければならない。
『アヴァル大陸』には、僕の帰還を待っている人たちがいるのだから。
「これでやっと、ケイルムさんがやり残したことを完成させることができる。時間をかけてしまい、すみません……」
三魔紋を描いた紙を取り出し、そっとつぶやく。
すると、ナナは僕の右手に手を乗せてこう言ってくれた。
「ソラさんが重荷に思う必要はないんですよ? 元々は私の父から依頼をさせてもらったものなんですから」
「重荷なんてとんでもない。むしろ研究させてもらえて嬉しいくらいさ。彼からも、色々良くしてもらったからね」
ナナの家にあったたくさんの本を読ませてもらい、より効率的な魔法の使い方を教えてくれた。
彼女のお父さんに教わらなければ、現在の強さには到底なれなかっただろう。
「私も、早く力を取り戻さないと……」
ナナは胸の前で右手を強く握りしめていた。
重荷に思っているのはどちらなのだろうか。
「中級魔法を問題なく撃てるくらいには戻ってきているじゃないか。そんなに気を張らなくても良いんじゃない?」
「それじゃダメなんです……。上級魔法も取り戻して、もっと力をつけないと。お父さんとお母さんに、見せる顔がありませんから……」
五年前の事件の際、ナナが失った物の一つに自身の魔法がある。
本来の彼女は、上級魔法すら自由自在に操るほどの魔導士だった。
それこそ魔導士の上、魔女と呼ばれるにふさわしいほどの。
「魔女になりたい?」
「それ以上……。大魔導士にならなければいけないんです」
ナナの手が、より強く握りしめられた。
大魔導士――
偉大な魔導士だけが得られる称号。
ありとあらゆる魔法を操り、全てを破壊してもなお余りあるほどの魔力を持ち得ている者でなければ、到達することを許されない魔導士の頂点。
女性の場合は大魔女、男性の場合は大魔人と呼ばれることもある。
なぜ彼女がそれにこだわるかと言うと、彼女の血筋は大魔導士を先祖に持つ由緒正しい一族なのだ。
「昔の力を振るえていたら、みんなを傷つけずに済んだんですよね……。命を落とさせずに済んだんですよね……」
「いまの君の力で助かった人もいるんだ。僕だってそうだよ。君が魔法を使って注意を引いてくれなかったら、きっと僕はここにはいない。だから、悲しい顔をしないで」
ナナは暗い顔をして、小さくうなずくだけだった。
これは彼女が乗り越えていかなければならない問題。
僕が口出しできることはほとんどないのだが。
「ちょっとごめんね、ナナ」
「……? なんです――きゃ!?」
ナナの体を、正面から抱き上げる。
僕ができることなど、最初からこれしかない。
「君が歩けなくなったら、僕が連れて行ってあげるから。だから君も、前だけ見ててよ」
僕は進めない道ではあるが、一人だけで歩ませるなんてことは絶対にさせない。
共に歩いていれば、転んでも起き上がることができるのだから。
「一緒に……。うん、あなたと一緒にどこまでも……」
ナナは大空に向けて手を伸ばしていた。