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レイカと服と帰り道

「いろんな種類の服があるんだね。普段着もついでに買って行こうかな……」

「レイカちゃんも気に入った? 可愛い服も多いから、ウチもよくこのお店に買いに来るの」

 僕が店員さんと制服についての相談をしている間、レイカとミタマさんは衣服店店内に置かれている服を見て回っていた。


 確かに、この店には可愛らしい服や、かっこよさそうな服が数多く置かれている。

 ただ、魔法の研究など汚れやすい作業に関わることが多いせいか、普段着用には買ってみようとは思えなかった。


「角のこともあるし、レイカちゃんが似合いそうな服は……。帽子を取り入れる? それだと、どんなのがコーディネートに合うかな……」

「み、ミタマちゃん……? 目つきがちょっと怖いよ……?」

 ホワイトドラゴンの種族の特徴である角は、頭頂部にあるために目立ちやすい。


 長所として生かせられる部分ではあるが、多くの人がホワイトドラゴンのことを知らない現状、あまり思い切ったファッションはできないだろう。

 ミタマさんも、その点を考慮しながら選んでくれているようだ。


「――では、よろしくお願いします。レイカ、ミタマさん。こっちに来て」

 服を選んでいる最中に申し訳ないが、採寸をしてもらう準備ができたので二人を呼び寄せる。


 彼女たちは見ていた服を棚に戻し、トコトコと歩み寄って来た。


「良さそうな服はあったかい?」

「あるにはありました。ただ、レイカちゃんの特徴を考えるとなかなか……」

 やはり一般人に、ホワイトドラゴンのことが知られていないことが、大きな障害となっているようだ。


 レイカに似合う服を着させてあげたいが、それが原因で彼女に危害を加えられることは避けなければならない。

 ミタマさんも、かなり悩んでいるようだ。


「ミタマちゃんの選んでくれる服も、着てみたいとは思うんだけど……」

 レイカは複雑な表情を浮かべながら、フードに隠された自身の頭部へと手を伸ばす。


 気になる服があっても、自分の特徴が不安の種となる。

 僕では理解しきれない部分なので、あまりどうこう言うことはできないのだが。


「着てみたいんでしょ? それなら買っちゃいなよ」

「え? で、でも……」

 レイカはお金がないから我慢をしているわけではなく、自分の特徴を気にするがために我慢をしている。


 誰かに見られた時のことを考えると不安になるのも分かるが、できるのにしようとしないのではもったいないだけだろう。


「僕たちが何とかするさ。いまは外で着れなくても、いつかは君が好きな格好で外に飛び出せるようにね。その時には君が選んだ服が合わなくなってる可能性もあるけど」

 かなりの時間がかかる上に、それが本当にできるようになるかは分からない。


 だとしても、夢は抱かなければ叶わないのだ。


「好きな物、気に入った物を我慢する必要はないよ。家の中で着たっていいんだし、人がいない場所に出かける時に着て行くのも良い。見せることだけが、服の役目じゃないんだから」

「そっか……。うん、じゃあ買ってみようかな……?」

「それが良いと思う! ウチも、レイカちゃんが選んだ服を着てるところを見たいな!」

 ミタマさんの想いを聞き、レイカは嬉しそうにうなずいた。


 彼女がおしゃれをするところを、僕もぜひ見てみたい。

 こういった感情が湧き出てくることも、兄らしいと言っていいのだろうか。


「買い物は後にするとして、まずは採寸だよ。ミタマさん、悪いんだけどレイカの手伝いをしてあげてくれるかい?」

「はーい! 色々調べてあげるからね、レイカちゃん!」

「い、色々……? 身長だけじゃないの……?」

 ミタマさんに背を押されるようにして、レイカは採寸室に入っていく。


 しばらくして戻って来た二人の表情は、顔を真っ赤にして恥ずかしがるというものと、満足げな笑みを浮かべるという対照的なものだった。



「買っちゃった……。えへへ……」

 夕暮れの帰り道。レイカは買った服が入った袋を抱きかかえ、ニコニコと笑みを浮かべていた。


 制服の採寸も無事に終わり、叙任式の前には完成するとのことだ。


「可愛い制服になるといいね! 三週間後の叙任式が楽しみ!」

 僕もミタマさんも、レイカが最終的にどんな制服を注文したのかは聞いていない。


 叙任式の時まで秘密にしたいとのことだ。


「お兄ちゃん。ギルド内なら買ってきた服を着ても平気だよね?」

「もちろん。奥の方にいるのなら、見つかる問題はないしね」

「帽子も買ってきたんだから、おしゃれして一緒にお出かけしようよ。食べ歩きとかなら、お店の中に入る必要ないし!」

 楽しそうに話をするレイカを見て、自然と口角が上がっていく。


 いままでは人の目が気になり、思うように行動できなかった彼女が、こんなにも『アヴァル大陸』での暮らしを楽しもうとしてくれている。

 心の回復もそうだが、ミタマさんと友達になれたことで、様々な形で影響を受けているのだろう。


「お兄ちゃんもせっかくだから買えばよかったのに。見てるだけなんてもったいないと思うなぁ」

「いや、僕はそういうセンスがあまり……。ルペス先輩にも指摘されたことなんだけどさ」

 興味を抱いた服もなくはないが、結局は買わずに終わってしまった。


 いずれ困ることになりそうなのは分かっているのだが。


「じゃあ、ウチらでソラさんのコーディネートをしようよ! また今度さっきのお店に行って、似合いそうなのを選ぶの!」

「ええ!? 僕の服が二人に決められちゃうの!?」

「面白そう! って言うのはアレだけど……。でも、私もお兄ちゃんをかっこよくさせてあげたいな!」

 よく分からない約束を取り付けられてしまったものの、こういった機会を得ることも悪くはない気がする。


 そうして得た知識を、ナナと出かけた際に活用できればよいのだ。


「あ、そうそう、ミタマさんに聞こうと思っていたことがあったんだ」

「聞きたいこと……。何でしょうか?」

 約三カ月前、ミタマさんとレイカを連れて調査に出かけた時のことを思い返す。


 焼きたてのパンを頬張り、畑で植えられたばかりの小麦を見て。

 子どもたちと共にモンスターの調査をしたあの村の記憶を。


「グラノ村の問題は、どう対処したんだい?」

「ウィートバードの……。あれは、報告書にまとめて提出したはずですけど……」

 確かに報告書は上がってきており、既にそれを読み終えているのだが。


「君の言葉で聞いておきたいんだ。初めての調査任務で、かつ最後までやり遂げた任務でもある。色々思うことはあったはずだからね」

「なるほど……。分かりました、ではお話します。ソラさんたちが『アイラル大陸』に出かけてから――」

 グラノ村のこと、ウィートバードのこと、手紙を送ってくれた子どもたちのこと。


 どのような行動をしたのかを、ミタマさんは話してくれた。


「同じような虫害を受けている集落に、ウィートバードを……」

「周囲の環境に影響が出ないかを調べ、問題ないと判断された集落から少しずつ送っています。もちろん、許可も頂いています」

 子どもたちから送られてきた手紙には、ウィートバードを各地の村に送ってほしいと書かれていた。


 新たな広い空を飛べるように――と。


「うん、いいと思う。子どもたちの望みを叶えることもできるわけだしね」

 グラノ村を救い、子どもたちの望みを叶え、他の村も恩恵を受けられる。


 うまくまとまったように思える結果だ。


「しばらくは魔法剣士とグラノ村が協力して、他の集落の見守りを行うことになっています。グラノ村は長年ウィートバードと暮らしていたので、知識の譲渡ができるはずなので」

 例え益となる生物がいたとしても、接し方を間違えれば害となりうる。


 大半の集落にはウィートバードの知識がないので、ある程度は学んでもらう必要があるというわけだ。


「でも、大変だよね……。あちこちの集落で経過を観察するって」

「もちろん大変さ。でもうまくいけば、多くの集落がいままで以上の実りを手に入れることができるようになるんだ。その実りが魔法剣士を含め、より多くの人に届くようになる。巡り巡って……さ」

 それに至るまでにはかなりの時間がかかるだろう。


 だが、いずれ戻ってきてくれた時には、大きな利益となってくれるはずだ。


「ウチも色んな村に行って調査をしたり、お話を聞いてきたりしたんだよ。ウィートバードを捕獲して、輸送するのも……ね」

「ふふ、すごいじゃないか。早速、形にでき始めているんだからね」

 言葉にしてくれたおかげで、紙面上では汲み取り切れなかったミタマさんの想いが、より強く伝わってきた。


 僕とレイカがいなかった分、本当によく頑張ってくれたようだ。


「さあ、ギルドに帰ろうか。魔法剣士の日々を繰り返しながら、三週間後の叙任式の日が来るのを楽しみにね」

「「はーい!」」

 時に訓練をし、時に依頼を受け、日々が過ぎ去っていく。


 叙任式の日が近づくにつれ、不安と期待が大きく増していくのだった。

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