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叙任式前日

 叙任式前日の午前中のこと。僕はレイカとミタマさんに請われ、訓練場を訪れていた。

 この場所は午後から叙任式の飾りつけを行うため、ほぼ一日、訓練等には使えなくなる。


 普段よりも人の数が多いのは、それが理由だろう。


「はぁー……。叙任式は明日なのに、なんかいまから緊張してきた……」

「わかるよー。正式に魔法剣士になるだけなんだけどねぇ……」

 レイカたちは訓練場の壁に寄りかかり、休憩をしながら会話をしている。


 僕も叙任式を前にして緊張感が芽生えていた。

 妹の晴れ舞台なので、楽しみな気持ちの方が上回ると思っていたのだが。


「レイカちゃんの緊張は、ウチらとは違う種族って言うのもあるんじゃない? 周りに角がない人ばかりだから、仕方ないんだろうけど」

「あ~……。そういうのもあるかも……。慣れてきていると思ったんだけどなぁ……」

 慣れてきていると言っても、それは魔法剣士ギルド内だけでのこと。


 ホワイトドラゴンのことは講義で取り扱っているので、興味を抱く者はいても攻撃性を抱く者がいないので、レイカものびのびとできるのだ。


「さてと、そろそろ休憩も終わりにしよっか! いつまでも休んでいるわけにもいかないし!」

「りょーかい。いまは――打ち込みができそうだね」

 二人は立ち上がると、木で作られた人形の前に移動した。


 鍛錬用の剣を握り、打ち込みの練習をするようだ。


「えい、やあ!」

「せい、はあ!」

 木の人形を叩く二人の剣筋は、かなり正確なものになってきている。


 日々の鍛錬の成果が、出始めているようだ。


「すごいね、ミタマちゃん。そんなにきれいに剣を振るえるなんて」

「ウチも先輩方にいっぱい教わって、練習したからね! 特にルペスさんがよく見てくれるんだ~」

 二人の話を聞き、小さく噴き出してしまう。


 あんなに教えるのは嫌だ、面倒だと言っていたのに、結局は後進の育成を始めている。

 放っておけない性格なのは変わらないようだ。


「私も、お兄ちゃんが教えてくれればいいのになぁ……」

 レイカがこちらに顔を向けながら、不満の言葉をぶつけてくる。


 彼女には彼女の特色があるので、あまり口出しはしたくない。

 お互い異なる戦闘スタイルなので、噛み合いが悪いのだ。


「レイカちゃんなら、自分の戦い方を見つけてくれるって信じてくれてるんでしょ?」

「ん~……。だとしてもなぁ……」

 今度は寂し気な声をぶつけてくる。


 ぐらりと意思が揺れそうになったが、ここは我慢だ。


「もしよかったら、ウチが教えてあげるよ! 先輩方の受け売りではあるけど、レイカちゃんに合った練習法もあるはずだし!」

「本当!?」

 ミタマさんの提案に、レイカは嬉しそうにうなずく。


 せっかく相談ができ、共に鍛錬をする人がそばにいるのだから、頼ってしまえばよいのだ。


「失礼します。ソラさん、訓練中に申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか?」

 突然、魔法剣士の男性が僕に声をかけてきた。


 訓練中に声をかけられたということは、急ぎの用事だろうか。


「マスターがお呼びです。レイカさんと共に来て欲しいと」

「マスターが? 分かりました、すぐに行きます」

 二人の訓練を中断し、レイカを連れて訓練場の外に出る。


 既に報告も終わっているので、特に呼び出しをされるようなことはないはず。

 明日の叙任式関係のことだろうか。


「私、マスターと会うのはこれが初めて……。どんな人なのかな……?」

「元気な人ではあるよ。ビックリもするとは思うけど」

 レイカと共に廊下を歩き、マスターの執務室前に移動する。


 ノックをして声をかけると、入室を許可する声が聞こえてきた。


「失礼します」

「し、失礼します!」

 扉を開けて中に入ると、いつも通り中には誰もいなかった。


 さて、今回はどこから出てくるだろうか。


「……? マスターさん、いないよ?」

「しばらく待っていれば出てくるよ。例えば……。タンスの中からとか」

 視線を変えながら呟くと、ガタリとタンスが揺れた。


 どうやらあの中にいるようだ。


「ふ、ふっふっふ……。さすがだな、ソラ。よもや私の居場所を看破するとは。『アイラル大陸』への旅で更に力をつけ――あれ? 開かない……?」

 ガタガタとタンスが揺れるが、一向に戸が開く気配がない。


 最初の揺れのせいで、しっかり閉じてしまったようだ。


「何をやってるんですか……。僕たちが気付かず出ていってしまったら、しばらく閉じ込められっぱなしになっていたかもしれませんよ?」

「う、うむ……。タンスに隠れるのは止めるとしよう……。もっと開放的な……窓の外とかいいかもしれんな!」

 タンスからいそいそと出てくるやいないや、反省する様子もなく、次の隠れ場所候補を探すマスターインベル。


 彼女も変わらず元気そうだ。


「マスター。前回お会いした時は紹介できませんでしたが、彼女がホワイトドラゴンのレイカです。挨拶、できるよね?」

「う、うん……! は、初めまして! おに――じゃなくて、ソラさんに紹介されて魔法剣士となりました、レイカです! よろしくお願いいたします!」

 大きな声を出し、元気よく挨拶をしてくれる。


 レイカもこの程度であれば、問題なくできるようになったようだ。


「ああ、よろしく。うむ、元気で可愛らしい子だな! ソラ、お前の妹だったか?」

「そうです。見ての通り血の繋がりはありませんが、大切な妹です」

 質問の答えを聞き、レイカが気恥ずかしそうに、されど嬉しそうな笑みを浮かべる。


 そんな彼女の様子を見て、マスターも嬉しそうにうなずいていた。


「しっかり思い出せたうえに、より強い絆で結ばれたようだな。もう二度と、その繋がりを手放すんじゃないぞ?」

「分かっています。ここにはいませんが、もう一人の弟とも一緒に、力を得ていこうと思っています。それで、今回のご用というのは何でしょうか?」

 マスターは手招きをしつつ、部屋に置かれている机の前に移動した。


 彼女に追従しつつ机の上を見ると、そこには一つの封筒が置かれている。

 厚さはそれなりにあるみたいだが、何が入っているのだろうか。


「この封筒の中には、冒険者ギルドから送られてきた資料が入っている。ソラ、お前が作っているモンスター図鑑に関わる物だ」

「モンスター図鑑……! もしかして、要望書が送られてきたんですか……?」

 マスターは首を横に振りつつ、封筒から中身を取り出す。


 出てきた資料は、僕もレイカも良く知っている物だった。


「それって、僕たちがこれまでに作ってきた資料……? そうか、マスターが僕に図鑑作成を依頼してきたから……」

「そう言うことだ。マスターというより、依頼をした者としてこの資料には目を通しておかねばならんのさ」

 その資料たちは、いままで僕たちが作ってきた物を複製したものだったようだ。


 マスターはそれをペラペラとめくりつつ、さらに言葉を紡いでいく。


「この前、エイミーという人物がお前に会いに来ただろう? その際に彼女から受け取っていたんだ。なかなか興味深い図鑑を作っているようだな」

「倒すためだけでなく、知るための物を作ろうと思っているので。なかなか難しいんですけどね……」

 倒し方だけであればそれほど時間をかけずに図鑑を作れるはずだが、生態の情報を含めたことで労力は倍以上に膨れ上がっている。


 即座に情報が集まることの方が稀で、思うように情報が集まらないことの方が多いくらいだ。


「だが、途中で投げ出すこともなく、お前は作業を続けてくれている。五年前のこともあるというのに、すまないな」

「あの事件と同様のことが、二度と起こらないという保証はない。僕の努力がその時に少しでも役に立てたらと思えば、なんてことはありません。レイカたちも手伝ってくれていますしね」

 一人きりで作業をしていれば、投げ出していたかもしれない。


 だが、レイカたちがモンスターの生態に興味を抱き、共に活動してくれるからこそ、自身に芽生えた好奇心を捨て去らずにいられるのだ。


「ところで、図鑑の方はあれで良いでしょうか? もし何か要望があれば、取り入れようと思いますが」

「いや、これできっと大丈夫さ。私からお前に聞きたいことはこれで終わりだが……。せっかくだ。レイカ、少し話をしようか?」

「あ、はい! 大丈夫ですけど……」

 レイカは少しだけ不安そうな瞳で僕の顔を見上げてくる。


 笑みを浮かべてうなずき返すと、彼女は小さく深呼吸をしてから一歩前へ進み出た。


「そう緊張するな、別にお前に何かをしようという訳じゃないんだ。ただ、たった一つだけ答えてくれないか? お前は、どんな魔法剣士になりたい?」

「どんな……。私がなりたいのは……」

 マスターの質問に対し、レイカは窓の外へと視線を向ける。


 少し悩む素振りを見せたものの、やがて彼女はマスターへと向き直ってから口を開いた。


「様々なことを知りに、世界を周る魔法剣士になりたいです」

「ふふ、ホワイトドラゴンらしい、いい願いだな。それを忘れることなく心に抱き、歩み続けるんだ。いつか来るその日を望みながらな」

 マスターはレイカに手を出すように指示をしつつ、机の引き出しを開く。


 彼女はそこから何かを取り出し、レイカの手のひらの上に握りこぶしを浮かばせる。


「明日からお前も、一人前の魔法剣士となるわけだ。叙任式の際は、これをつけて式に参加すること。いいな?」

 マスターが手を開くと、剣と魔導書を象った金色の紋章が落ちていった。


 これも制服と同じく、魔法剣士の象徴だ。


「綺麗……。大切に扱わせていただきます!」

「ああ、そうしてくれると助かる。無くしても再度作ることはできるが、魔法剣士以外の者に渡るのは可能な限り避けたいからな」

 魔法剣士の象徴ということは、それを持っていれば何をするにしても魔法剣士の名がついてくるということ。


 もしもそれが誰かに渡り、身に着けたまま悪事を働けば、魔法剣士の名が傷つくことになる。

 調査をすればすぐに分かることではあるが、あまり気持ちが良いものではない。


「話はこれで終わりだ。さあ、お前たちの居場所へ戻るといい。明日、立派な姿を見せてくれ」

「「はい! ありがとうございました!」」

 僕たちはマスターにお辞儀をし、共に執務室から出ていく。


 貰った紋章をしげしげと見つめながら歩くレイカの姿に、僕は小さく笑みを浮かべるのだった。

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