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叙任式

「……ふぅ」

 指定の席に座りながら、大きく一息つく。


 様々な飾りで彩られた訓練場。今回は若い子たちが魔法剣士になるためか、明るめの装飾が多い。

 鎧や剣を装飾として置かれ、厳かな雰囲気となることもある。


「どうした? ため息なんて吐いたりして。心配事でもあるのかい?」

「心配事も何も、レイカの叙任式なんですよ? 緊張しますって……」

 僕の落ち着かない表情を見て、ハッハッハと笑うはルペス先輩だ。


 今日はレイカが正式に魔法剣士となる日であり、とてもめでたく嬉しい日でもあるのだが、どうにも落ち着かない。

 家族の晴れ舞台なので、緊張するのは当然のことではあるのだが。


「それだけ、感情移入しているということだね。言っておくが、俺も似たようなものさ。子狐ちゃんがこれから現れると思うと足が震えてしまいそうだ」

 確かに、ルペス先輩も普段と比べて落ち着きが無いように思える。


 しかも目元にはクマができており、あまり眠れてもいないようだ。


「後輩たちが魔法剣士になる姿は何度も見てきているが、いまだに叙任式には慣れないな。どうしても不安になるんだ」

 後輩を引っ張っていくという覚悟も必要な上、ケガをさせないか心配になってくる。


 自分たちよりも早く命を落としてしまうかもしれない。

 心が傷つき、再起不能にさせてしまうかもしれない。


 守ると決心をしていても、悲劇が襲ってくる可能性を考えると怖くなってしまうのだ。


「だが、それ以上に嬉しいという感情が上回ってくるんだ。新しい魔法剣士が誕生するということは、俺たちの活動が実を結んでいるということでもある。不安になどなっていられないさ」

 各地での僕たちの活動を見て聞いて、魔法剣士になりたいと思ってくれる人たちがいる。


 その人たちのためにも、不安な顔をしているわけにはいかない。


「まあ、君の場合は大切な妹が魔法剣士になるわけだからな。俺以上の不安や緊張となっているんだろう。だが、君は兄であるのと同時に先輩でもあるんだ。そのような顔を続けていれば、白角ちゃんも不安になってしまうぞ?」

「そうですね。分かりました」

 頬をパンパンと叩き、深呼吸をして心から不安と緊張を取り除く。


 再び先輩に視線を向けると、彼はうんうんとうなずいてくれた。

 しばらく彼と会話をしながら式の時間が来るのを待っていると、にわかに周囲がざわめきだした気がする。


 声に注意を向けてみると、マスターインベルがまだ来ていないという話をしているようだ。

 時計を見てみると、十分と経たずに式が始まる時間を指していた。


 参列者たちにも、そろそろ席に座るように指示が出される頃だ。


「自由奔放な彼女のことだ。どこで何をしているかまでは分からないな」

「つまり、いつも通りってことですね」

 さて、マスターは何のサプライズを用意したのだろうか。


 心に期待と不安を抱きつつ、叙任式の行程を確認することにした。


「そういえば先輩。今日の叙任式を受ける人たちって、三名なんですよね? 内二人は知人ですが、残り一人は……」

「残念ながら、俺も情報が無いんだ。色々と調べて回ったんだが、何一つとして分からなかった。逸材なのか、それとも……」

 資料には、レイカとミタマさん、そしてイデイアという人物の名が記されているのだが、その人物とは会ったことすらない。


 魔法剣士ギルドから距離を置いていた僕はともかくとして、長年ここで作業をしている先輩が知らないとなると、何かしらの秘密を抱いているのだろうか。


「えー……。マスターの姿はありませんが、叙任式を開始いたします。ご参列の皆さまは、ご静粛にお願いいたします」

 どうやら時間となったようだ。


 さて、レイカはどのような姿で入ってくるだろうか。

 彼女の新しい衣装を頭の中で思い浮かべつつ、司会の言葉を聞き流していく。


 やがて入り口の扉が大きく開かれ、そこから複数の人影が入ってくる。

 最初に入ってきたのはミタマさん。クリーム色に近い黄色の制服をまとっており、彼女の穏やかな雰囲気と併せて暖かそうな印象だ。


 次に入ってきたのはレイカ。白を基調とした制服を纏っており、頭部には帽子が乗せられていた。

 全身真っ白だが、不思議とその姿は彼女にとても似合っているように思える。


 そして、最後に現れたのが――


「黒い服をまとった……。灰色の髪を持つ女の子?」

 黒一色に染まった制服を纏う、浅黒い肌をした少女。


 どこかつまらなそうな表情を浮かべたその子は、短く切った灰色の髪をかき上げていた。



「では、最後にレイカよ。そなたは魔法剣士として、他者のために戦い続けることを誓いますか?」

「はい、誓います」

 式も順調に進み、少しずつ終了の時間が近づいてきている。


 残っているのは、マスターインベルから新たな魔法剣士へと送る祝辞となったのだが。


「マスターが姿を見せないぞ……」

「いくら忙しくても、誓いの言葉までには来るのに……。今日はどうしたのかしら?」

 周囲の席から、コソコソとマスターの不在に関する話が聞こえてくる。


 もうすぐ彼女の出番だというのに、いまだに姿を見せていなかった。


「先輩……。僕が探してきた方がいいでしょうか……?」

「い、いや、大丈夫だよ……。きっと、必ずやってくるさ。多分……」

 さすがのルペス先輩も不安になってきている様子。


 新たに魔法剣士となる少女たちも、会場内に満ちる雰囲気に気付き、動揺し始めていた。


「え~……では……。次はマスターからの祝辞を……してもらいたいのですが……」

 司会を担当している人物も、困ったように周囲を見渡している。


 いてもたってもいられなくなり、席を立ちあがったその時。


「おっと、少々やきもきさせすぎてしまったかな? 待たせたな!」

 壊れたのかと思う程の轟音と共に扉が開かれ、奥からすまし顔のマスターインベルが現れる。


 ところどころボタンのかけ間違いなどがされている衣装を纏っていたため、その表情とはとても似合っていなかったが。


「……彼女は、ここしばらく他の組織との会議等で忙しかったんだ。調査隊が帰って来たと聞いて飛んで戻ってきたが、ここにいること自体が久しぶりかつ、書類の確認にも追われていたからね」

「今度、労わないといけませんね……」

 書類の確認というのは、『アイラル大陸』の調査報告書のことだろう。


 モンスター図鑑関連の資料も読んでいたと言っていたので、疲労が蓄積していたようだ。


「やっぱり、部屋に行くべきだったんでしょうか……」

「いや、例え次があったとしても止めておいた方がいい。彼女は寝起きが非常に悪くてな。寝ているところを起こそうとして、何度魔法をぶつけられたり引っ掻き回されたりしたことやら……」

 先輩は遠い目をして窓の外へと視線を向けていた。


 魔法剣士たちが動き出そうとしなかった理由としては、あまりにも情けない気がする。


「さて、登場タイミングとしては丁度よかったようだし、話をせんとな。と言っても、たいしたことは話せないんだが」

 マスターは緩んだ衣装のまま、壇上の方へと進んでいく。


 着替えに戻る気は微塵もないようだ。


「魔法剣士を楽しめ。皆と共に歩み、お前たちの力を他者のために活用してくれ。いいな?」

「は、はい!」

「わかりましたー!」

「……了解」

 マスターの言葉に、三人の少女たちは三者三様の言葉を返す。


 初めて見かけたはずなのに、灰髪の少女の声はどこかで聞いた覚えがある。

 一体どこだっただろうか。


「おい、おい、イデイア。ちょっとばかし顔が硬いんじゃないか~? ほら、頬を引っ張ってこんなふうに……」

「笑顔は……得意じゃありません。でも、努力はします」

 マスターは自らの顔を使って、笑顔の手本を見せていた。


 彼女のそんな姿を見て、魔法剣士たちが大きく笑い出す。

 新たな魔法剣士たちの叙任式は、明るい雰囲気で終了となるのだった。

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