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第二十章 海辺の村

マスターの依頼

「お、白雲君に白角ちゃん。少し話をしたいんだがいいかな?」

 魔法剣士ギルド内の廊下をレイカと共に歩いていると、何枚かの資料を手に持ったルペス先輩に声をかけられた。


 受付に送られてきた依頼の確認も終わり、部屋に戻ろうとしていたところなので問題は何もない。


「マスターが二人のことを呼んでいてね。お願いしたいことがあると言っていたよ」

「マスターが? 分かりました、すぐに向かいます」

 その場でルペス先輩とは別れ、マスターインベルからどんな話をされるのか、レイカとあれこれ交わしながら廊下を歩く。


 執務室前にたどり着き、ノックをしてから声をかけると、入室を許可する声が返ってきた。

 部屋に入ると、机に頬杖を突きながら、不満げに資料を見つめるマスターの様子が。


 いつもであれば姿を隠しているというのに、それをする暇もないほどの問題が発生したのだろうか。


「ソラ、レイカ。よく来てくれた。お前たちに厄介な仕事を頼みたいのだが、聞いてくれるか?」

「マスター直々に厄介とおっしゃる依頼とは……。お聞かせ願えますか?」

 マスターはいくつかの資料の中から一つを手に取り、座っていた椅子から立ち上がって僕たちの目の前に移動してきた。


 彼女から資料をもらい受け、文章に目を落とすと。


「モンスター討伐の要望書――ピスカ村一同より。ピスカ村って、もしかして……」

「ああ。四年――いや、もうすぐ五年だな。村の主産業である漁業ができなくなり、支援を要請してきた集落だ。お前も、話くらいは聞いたことがあるだろう?」

 ピスカ村というのは、海都ポルトから南に移動した先にある海沿いの村だ。


 腕のいい漁師が数多く存在し、獲れる魚の味も良いために、各地から買い手が訪れる海の村だったのだが。


「海の環境が変わったせいで、魚を獲ることができなくなってしまったんですよね……」

 原因は不明だが、モンスター事件が落ち着いてきた頃に突如として潮の動きが大きく変わり、近海を泳ぐ魚がいなくなってしまったそうだ。


 当然、漁業ができなくなったことで生活の基盤が大きく崩れ、日々の生活がまともに送れないほどに衰退してしまったのだ。


「いまだに漁業は復活しておらず、村は衰弱したままだ。だからこそ厄介であり、依頼書が送られてきた時は思わずため息を吐いてしまったよ」

「……? 聞いたお話だけでは、可哀想な村だと思ったんですけど……。なぜ、厄介になるんですか?」

 そばで僕たちの話を聞いていたレイカが、疑問符を浮かべた様子で質問をしてきた。


 事情を知らない者から見れば、悲劇に見舞われた村という感想は出てくるだろう。

 彼女の言う通り、ピスカ村の住人に落ち度は全くないのだが、それが問題なのだ。


「以前した話を覚えているかな。おいそれと支援をするわけにはいかないって話」

「グラノ村で、ミタマちゃんとお兄ちゃんがしていたお話のこと?」

 困窮している集落に、支援をするかしないかという話のことだ。


 あの時は詳細を話さなかったが、今回の件に関わることなので詳しく説明をしなければならなさそうだ。


「結果から言うと、僕たち魔法剣士はピスカ村に支援をしすぎてしまったんだ。そのせいで漁業を続けなくても生きていけると判断され、次第に積極的な行動をとらなくなっちゃってね……」

 もちろん、最初のうちは新たな産業に手を付けようと努力をしてくれていた。


 だが、長年漁業に生活の基盤を支えられていた集落が、突如別の産業に手を出してもうまくいくわけがない。

 次から次へと資金を投入するも、失敗続きで次に生かせない。


 漁業を再開しようとしても、『戻りの大渦』のせいで被害ばかりが出てしまう。

 魔法剣士から支援される資金や食料しかあてにできなくなり、次第に成長を止めてしまったのだ。


「支援を望む回数が増えてきているところに、依頼書が送られてきた。ため息を吐いたと私が言った理由が分かったか?」

「はい……。でも、その依頼はモンスターの討伐なんですよね? 外的要因で困っているというのであれば、お手伝いに行くべきなのでは?」

 レイカの質問に、マスターと僕は安堵の笑みを浮かべながらうなずく。


 落ちぶれているということは、謝礼にも期待できないということ。

 むしろ不利益を被るかもしれないから依頼を断る、という考えに至っていないことに安心したのだ。


「ああ、お前の言う通りだ。厄介な相手であろうと、道を歩けるように支援をするのが魔法剣士。我らが動かないようでは、多くの者が絶望に落ちてしまうのでな」

 マスターは自身の机へと視線を向け、残っていた資料を手に取った。


 それらを僕に手渡し、依頼の内容を口に出す。


「ソラ、レイカ。お前たちには討伐任務を受けてもらいたい。討伐対象はオクトロス。生息地は、ピスカ村近くにある洞窟だ」

 マスターから受け取った依頼書には、彼女から聞いた内容と同じものが書かれている。


 討伐任務として僕たちに依頼を受けるように言ってくるということは、既に調査任務は終了し、情報の精査も終わっているのだろう。


「オクトロスって、討伐する必要があるほど危険なモンスターではないですよね? 人を見かけても率先して逃げていくと聞いたことがありますが……。もしかして、産卵期?」

 オクトロスは、海水に住むタコ型のモンスター。近海を訪れたものが捕獲されることはあれど、比較的珍しいモンスターであり、海の底深くや、遠洋に住むと言われている。


 危険や罠を発見すると即座に退散するほど警戒心が高いが、産卵期は気性が荒くなるとのことなので、件のオクトロスは卵を守るために活動をしているのかもしれない。

 ちなみに、身は非常に締まっており、獲れたてを捌いたものは絶品とのことだ。


「モンスター退治は問題じゃない。厄介な依頼と言った理由は、依頼文の終わり際にあるんだ。声に出して読んでみろ」

「分かりました。最近、海から怪異が立て続けに現れ、村民が怯えています。可能であれば、そちらの問題も解決して頂けないでしょうか? ……なんですか、これ?」

 オクトロスの問題が出る以前から、ピスカ村には何かしらの異変が出ていたようだ。


しかし、怪異というのは一体何だろうか?

 モンスターが現れたのであれば、そのように書くだけで良いはずなのだが。


「現地付近で守護任務の任を負う者に、この件について調査をしてもらったのだが、はっきり言って情報が足りんな。シロキカミが現れたという話しか聞けなかったそうだ」

「シロキカミ……?」

「以前出現した際は、村の人々だけでその怪異を追い払うことには成功したらしい。だが、その後にオクトロスが出現したことで、怪異から恨みを買ったのではないかという噂が出てしまったそうだ」

 立て続けに問題が発生したことで不安が増大し、あらぬ話が生まれてしまったのだろう。


 心理的にも切羽詰まっている証左と見たほうが良さそうだ。


「どんな姿だったのかなどの情報はないんですか?」

「残念だが、ピスカ村周辺にそれらしき存在の姿は発見できなかった。村人もパニックを起こしていたらしく、細かい部分を気にしている暇はなかったそうだ」

 シロキカミとやらの情報が全くないのでは、調査が進展するわけもない。


 僕たちが向かったところで、その件を解決するのは不可能だろう。


「とりあえず行ってみようよ。動かないと分からないんだし」

「そうだね、ここでじっとし続けていてもしょうがない。その依頼、受けさせていただきます」

 レイカの言葉にうなずき、マスターに依頼を受領することを伝える。


 すると彼女は、嬉しそうにも見えると同時に、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「案内役として、ミタマを連れて行くといい。あいつはピスカ村の出身だから、ある程度土地勘が利くだろう。話は既につけてあるから後程合流してくれ。面倒ごとに巻き込まれないことを祈っているよ」

「分かりました。それでは準備を行い、ピスカ村に――」

 マスターに頭を下げ、レイカと共に部屋の外に出ようとしたその時。


「マスター。少々よろしいでしょうか?」

「イデイアか。構わんぞ、入ってくれ」

 レイカと共に叙任式を受けた、灰色の髪を持つ少女イデイアさんが入ってくる。


 彼女は僕とレイカを一瞥すると、対して興味を持った様子もなくマスターの元へ歩み寄っていった。


「マスターから受けていた件のご報告をしたいのですが……。大丈夫ですか?」

「問題ない。私が特に信頼している魔法剣士と、その妹だからな。ここで話せ」

 マスターの視線が僕に向けられる。イデイアさんもその視線を追いかけるように僕に顔を向けるが、少しだけその表情が歪んだ気がする。


 何となく、睨まれたような気分だ。


「マスターがそう言うのなら……。では、正体不明の魔法剣士についてお話させていただきます」

「正体不明の……」

「魔法剣士?」

 イデイアさんの口から謎の言葉が飛び出してきた。


 詳細が分からず、レイカと共に疑問符を頭に浮かべていると。


「ここ最近、モンスターを倒して回る身元不明の魔法剣士の噂が広がっていてな。問題のある人物だと困るので、調査を依頼していたんだ」

 マスターの話は、以前、ウォル君から聞いた魔法剣士の話と同じように思える。


 彼が言っていたことは、どうやら本当のことだったようだ。


「その話であれば、僕も耳にしています。実力が伴った冒険者ですら手を焼くモンスターを、何もさせずに倒してしまったと……」

「なんだ、お前も知っていたのか。ならば、なおのこと話を聞いた方がいいだろうな」

 この間、イデイアさんは不満そうな表情で僕のことを見つめていた。


 話を中断されたことが嫌だったのだろうか。


「悪いな、イデイア。話を続けてくれ」

「……はい。謎の魔法剣士の詳細まではやはり分かりませんでしたが、次の目的地が分かりました。ピスカ村の方に向かうと聞いた人がいるそうです」

 謎の魔法剣士がピスカ村に向かうとなると、僕たちと鉢合わせするかもしれない。


 もし出会うことができたら、ぜひ会話をしてみたいものだ。


「ピスカ村に向かう……か。ならば、丁度いいかもしれんな。イデイア、お前もソラたちと共に行動し、ピスカ村の問題を解決しつつ魔法剣士の情報を探してきてくれ」

「え……。え!?」

 マスターから、もう一人メンバーが追加されることを告げられる。


 僕たちも困惑しているが、追加されるイデイアさんは大きく動揺しているようだ。


「これからお前も、魔法剣士として活動していくわけだ。他の者と共に行動できるようにならねば、いずれ辛くなるぞ? ソラは魔法剣士内でもとりわけ温和だ。きっと、お前に寄り添ってくれるさ」

 諭すように語り掛けるマスターに対し、うつむいてしまうイデイアさん。


 彼女も、何かしら問題を抱えているようだ。


「ソラ、レイカ。すまないがこの子も同行させてやってくれ。一人で調査任務を受けられるほどに優秀な子だ」

「もちろん構いません。分からない情報が多い分、やはり人手は多くないと」

 マスターのお墨付きであれば、断る理由もない。


 レイカと同年代の少女なので、交流の強化にもなるだろう。


「行ってこい。共に行動せねば、信頼は得られないぞ。私だけでなく、同年代の友を見つけてこい」

「……分かりました」

 マスターに頭を下げると、イデイアさんは僕たちの元へ歩み寄って来る。


 そしてどことなく不満げな表情を浮かべたまま、自己紹介を始めた。


「私はイデイア。あんたたちの依頼に同行させてもらう。よろしく」

 お互い挨拶を終え、僕たちはミタマさんと合流しつつ客車へと乗り込む。


 魔法剣士四人が乗った客車は、潮風の中を進んでいく。

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