「かなり気温が低い……。海のそばの洞窟だから、冷たい空気が溜まりやすいんだね」
暦では春となっているというのに、海辺の洞窟内は真冬の外気よりも寒く感じる。
念のために防寒具を持ってきたのは正解だったようだ。
「私はこれくらいなら平気だけど……。ミタマちゃんと……。い、イデイアさんは、へ、平気かな?」
「ウチは平気。ここの空気には慣れてるし、どれだけ服を着こめばいいか分かってるから」
「……心配するな。炎の魔法を使い、体温を維持している。この程度何ともない」
言いつつも、イデイアさんはぶるりと体を震わせる。
いくら体温を維持できると言っても、肌を刺すような寒さでは辛いだろう。
「わ、私の上着で良ければ、着る?」
「い、いや、だから……」
「寒いなら寒いって言えばいいでしょー。ほら、ウチもマフラー貸してあげるから」
遠慮をするイデイアさんに、レイカたちは防寒着を着せていく。
無理やり着せる形になってはいるが、それほど嫌がっているようには見えない。
「……感謝はしないぞ。あんたたちが勝手に着せてきたのだから」
「そんなのいらないよ~。寒そうにしてるのを見てられないだけだし。ね?」
「うん! これで寒く感じなくなればいいけど……。どうかな?」
イデイアさんはふんと鼻を鳴らしつつ、洞窟の奥へと足を進めていってしまった。
だが、防寒着を外す気配がないので、喜んではいるのだろう。
素直になるのが、少し苦手な性格のようだ。
「なんか、助けたくなる子だね」
「うん。ああいう子は声をかけてあげるのが一番。行こう、レイカちゃん!」
レイカたちは急ぎ足でイデイアさんのことを追いかけていく。
僕は微笑みながら、彼女たちの触れ合いを眺めることにした。
「それにしても、キレイな場所だね! 海の水に反射した光が洞窟の壁に映って、不思議な模様が……。この赤い角みたいな石……? は、なんだろう?」
「あまり好奇心に乗せられて触ろうとするな。毒でもあったらどうするんだ」
「ただのサンゴだから、毒なんてないよ。宝石にしたり、そのまま飾りに使ったりすることもある高級品。でも、イデイアちゃんの言う通り、触っちゃダメだよ。見た目は石みたいだけど、生きている生物だから」
洞窟に生えているサンゴを見て、三者三様の反応を示す少女たち。
レイカが発見をし、イデイアさんが警戒をし、ミタマさんが間を取り持つのであれば、意外と良いチームになるかもしれない。
戦闘能力については未知数だが、チームワークができてくれば様々な問題に取り組んでいけそうだ。
「この洞窟にはモンスターの気配がほとんどないな。まあ、波が侵入してくる洞窟を住処にしようとするものは、水棲生物くらいだろうが」
「逆に言うと、海のモンスターであるオクトロスには最適な環境なんだね……。追い払うだけじゃ、また戻ってきちゃうかな」
人に危害を加えるタイプであれば、ここで確実に退治したほうがいいが、大人しいタイプであればあまり退治したくはない。
しかしこの場所は、ピスカ村の人々が元々使用していた土地。
後からやって来た存在を優先させ、中途半端な対処をするのではまずいことになる。
何を選ぶにしても、最後までやり遂げなければ。
「もうすぐ、ウチらが貝を取りに来ていた場所です。何匹かいれば、持って帰ろうと思うんですけど……。あ……」
海水が溜まった岩場に、ミタマさんがしゃがみ込む。
そこにはいくつか貝らしき破片が散らばっていた。
正常な貝は一つとしてなく、食べ散らかされた後のように見える。
「この洞窟に、貝を食べる生物はいないはず……。もしかすると……」
「オクトロスがエサにしちゃったってことだね。村人が貝を取りに来た時に、遭遇でもしたら……」
大人でも危険だが、この場所は子どもが訪れることが多いと聞いたので、オクトロスを退治する形で安全を確保した方が良いだろう。
人の狩り方を覚えてしまい、村を襲うようにでもなれば一大事だ。
「よし、このオクトロスは退治しよう。食用にもなるって聞いたことがあるから、貝の代わりに持っていけば喜んでくれるよ」
「分かりました。村のために、ありがとうございます」
潮だまりを越え、滑る岩場に注意しながら洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
しばらくはこれと言った変化はなかったが、突如として洞窟の壁が黒ずみ始めた。
違和感を抱き、壁に手を付けて軽く撫でまわしてみる。
デコボコとした岩のようだが、黒ずんでいる以外に変わった特徴は――
「む? 撫でまわした部分、色が変わっているぞ。白っぽい岩になっている」
「え? あ、本当だ……」
イデイアさんの指摘で、壁の色が変わっていることに気付く。
更に広い範囲を撫でてみると、同様に岩が黒から白に変化していった。
「まさか……?」
壁から手を離し、ゆっくりと手のひらが自分に向くように腕を回転させる。
僕の手のひらは、黒い何かでべっとりと汚れてしまっていた。
「これ、墨だ……。多分、オクトロスが吐きつけたんだ……」
いつの間にか、オクトロスの縄張りに入っていたようだ。
まだ気配は感じられないが、警戒を強めていかなければ。
「あれ? 海水の中に何かあるみたい。透明なボールみたいなの」
「透明なボール……。それって……!」
レイカは海水そばでしゃがみ込み、何かを見つめていた。
慌てて振り返り、見つけたというものを確認しようとしたその時。
海水の奥で何かが揺らめいた。
「みんな、戦闘準備! オクトロスがそばにいる!」
レイカを海水から離れさせると同時に、そこから二本の触腕が現れた。
海面から出てきている分だけで、2~3メールはあるだろうか。
それはゆらりゆらりと僕たちの頭上を動き回り、侵入者たちをどう排除しようか考えているようだ。
「うう……気持ち悪い……。あの触腕に捕まったらって考えたら……」
レイカは嫌な想像をしてしまったらしく、不快そうな表情を浮かべていた。
「オクトロスは身がしまってて、ゆでて食べると美味しいんだっけ……。みんなが漁から帰って来た時に食べさせてもらったな……」
ミタマさんは何やら思い出に浸っている様子。
「まずは触腕を叩き、本体を引きずり出すべきだろう。こちらは四人、手分けして戦うのが良いと思うが」
イデイアさんは素早く作戦を立ててくれたようだ。
捕らえられ、海水に引きずり込まれれば一巻の終わり。
とにかく、触腕の動きに注意しなければ。
「左は僕とミタマさん。右はレイカとイデイアさんにお願いする。行くよ! アクセラ!」
全員に加速の強化魔法をかけ、戦闘を開始する。
まずは本体の姿を見させてもらうとしよう。