目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

海辺の洞窟

「かなり気温が低い……。海のそばの洞窟だから、冷たい空気が溜まりやすいんだね」

 暦では春となっているというのに、海辺の洞窟内は真冬の外気よりも寒く感じる。


 念のために防寒具を持ってきたのは正解だったようだ。


「私はこれくらいなら平気だけど……。ミタマちゃんと……。い、イデイアさんは、へ、平気かな?」

「ウチは平気。ここの空気には慣れてるし、どれだけ服を着こめばいいか分かってるから」

「……心配するな。炎の魔法を使い、体温を維持している。この程度何ともない」

 言いつつも、イデイアさんはぶるりと体を震わせる。


 いくら体温を維持できると言っても、肌を刺すような寒さでは辛いだろう。


「わ、私の上着で良ければ、着る?」

「い、いや、だから……」

「寒いなら寒いって言えばいいでしょー。ほら、ウチもマフラー貸してあげるから」

 遠慮をするイデイアさんに、レイカたちは防寒着を着せていく。


 無理やり着せる形になってはいるが、それほど嫌がっているようには見えない。


「……感謝はしないぞ。あんたたちが勝手に着せてきたのだから」

「そんなのいらないよ~。寒そうにしてるのを見てられないだけだし。ね?」

「うん! これで寒く感じなくなればいいけど……。どうかな?」

 イデイアさんはふんと鼻を鳴らしつつ、洞窟の奥へと足を進めていってしまった。


 だが、防寒着を外す気配がないので、喜んではいるのだろう。

 素直になるのが、少し苦手な性格のようだ。


「なんか、助けたくなる子だね」

「うん。ああいう子は声をかけてあげるのが一番。行こう、レイカちゃん!」

 レイカたちは急ぎ足でイデイアさんのことを追いかけていく。


 僕は微笑みながら、彼女たちの触れ合いを眺めることにした。


「それにしても、キレイな場所だね! 海の水に反射した光が洞窟の壁に映って、不思議な模様が……。この赤い角みたいな石……? は、なんだろう?」

「あまり好奇心に乗せられて触ろうとするな。毒でもあったらどうするんだ」

「ただのサンゴだから、毒なんてないよ。宝石にしたり、そのまま飾りに使ったりすることもある高級品。でも、イデイアちゃんの言う通り、触っちゃダメだよ。見た目は石みたいだけど、生きている生物だから」

 洞窟に生えているサンゴを見て、三者三様の反応を示す少女たち。


 レイカが発見をし、イデイアさんが警戒をし、ミタマさんが間を取り持つのであれば、意外と良いチームになるかもしれない。

 戦闘能力については未知数だが、チームワークができてくれば様々な問題に取り組んでいけそうだ。


「この洞窟にはモンスターの気配がほとんどないな。まあ、波が侵入してくる洞窟を住処にしようとするものは、水棲生物くらいだろうが」

「逆に言うと、海のモンスターであるオクトロスには最適な環境なんだね……。追い払うだけじゃ、また戻ってきちゃうかな」

 人に危害を加えるタイプであれば、ここで確実に退治したほうがいいが、大人しいタイプであればあまり退治したくはない。


 しかしこの場所は、ピスカ村の人々が元々使用していた土地。

 後からやって来た存在を優先させ、中途半端な対処をするのではまずいことになる。


 何を選ぶにしても、最後までやり遂げなければ。


「もうすぐ、ウチらが貝を取りに来ていた場所です。何匹かいれば、持って帰ろうと思うんですけど……。あ……」

 海水が溜まった岩場に、ミタマさんがしゃがみ込む。


 そこにはいくつか貝らしき破片が散らばっていた。

 正常な貝は一つとしてなく、食べ散らかされた後のように見える。


「この洞窟に、貝を食べる生物はいないはず……。もしかすると……」

「オクトロスがエサにしちゃったってことだね。村人が貝を取りに来た時に、遭遇でもしたら……」

 大人でも危険だが、この場所は子どもが訪れることが多いと聞いたので、オクトロスを退治する形で安全を確保した方が良いだろう。


 人の狩り方を覚えてしまい、村を襲うようにでもなれば一大事だ。


「よし、このオクトロスは退治しよう。食用にもなるって聞いたことがあるから、貝の代わりに持っていけば喜んでくれるよ」

「分かりました。村のために、ありがとうございます」

 潮だまりを越え、滑る岩場に注意しながら洞窟の奥へ奥へと進んでいく。


 しばらくはこれと言った変化はなかったが、突如として洞窟の壁が黒ずみ始めた。

 違和感を抱き、壁に手を付けて軽く撫でまわしてみる。


 デコボコとした岩のようだが、黒ずんでいる以外に変わった特徴は――


「む? 撫でまわした部分、色が変わっているぞ。白っぽい岩になっている」

「え? あ、本当だ……」

 イデイアさんの指摘で、壁の色が変わっていることに気付く。


 更に広い範囲を撫でてみると、同様に岩が黒から白に変化していった。


「まさか……?」

 壁から手を離し、ゆっくりと手のひらが自分に向くように腕を回転させる。


 僕の手のひらは、黒い何かでべっとりと汚れてしまっていた。


「これ、墨だ……。多分、オクトロスが吐きつけたんだ……」

 いつの間にか、オクトロスの縄張りに入っていたようだ。


 まだ気配は感じられないが、警戒を強めていかなければ。


「あれ? 海水の中に何かあるみたい。透明なボールみたいなの」

「透明なボール……。それって……!」

 レイカは海水そばでしゃがみ込み、何かを見つめていた。


 慌てて振り返り、見つけたというものを確認しようとしたその時。

 海水の奥で何かが揺らめいた。


「みんな、戦闘準備! オクトロスがそばにいる!」

 レイカを海水から離れさせると同時に、そこから二本の触腕が現れた。


 海面から出てきている分だけで、2~3メールはあるだろうか。

 それはゆらりゆらりと僕たちの頭上を動き回り、侵入者たちをどう排除しようか考えているようだ。


「うう……気持ち悪い……。あの触腕に捕まったらって考えたら……」

 レイカは嫌な想像をしてしまったらしく、不快そうな表情を浮かべていた。


「オクトロスは身がしまってて、ゆでて食べると美味しいんだっけ……。みんなが漁から帰って来た時に食べさせてもらったな……」

 ミタマさんは何やら思い出に浸っている様子。


「まずは触腕を叩き、本体を引きずり出すべきだろう。こちらは四人、手分けして戦うのが良いと思うが」

 イデイアさんは素早く作戦を立ててくれたようだ。


 捕らえられ、海水に引きずり込まれれば一巻の終わり。

 とにかく、触腕の動きに注意しなければ。


「左は僕とミタマさん。右はレイカとイデイアさんにお願いする。行くよ! アクセラ!」

 全員に加速の強化魔法をかけ、戦闘を開始する。


 まずは本体の姿を見させてもらうとしよう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?