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迫りくる触腕

「僕が注意を引く。ミタマさんはタイミングを見計らって触腕に攻撃を!」

「分かりました!」

 オクトロスの触腕に向かって踏み出すと、早速僕に向かって攻撃が飛んでくる。


 大きく薙ぎ払うような攻撃を仕掛けることにしたようだ。


「おっと! これくらいなら何ともないぞ!」

 防御壁を展開し、真正面から攻撃を防御する。


 壁が傷つく様子は見られないので、捕まらないように行動することが大切になりそうだ。


「ソラさん! その攻撃、抑え続けることはできますか!?」

「問題なし! いいよ、ミタマさん!」

 筋力強化魔法を使用して触腕を両手でつかみ、引き延ばす。


 ヌルヌルとした触感に鳥肌が立ったが、勝利の一助になるのであればこの程度。


「えーい!」

 ミタマさんの斬撃が触腕に吸い込まれていく。


 それが伸びきっていたおかげか、容易く両断されて岩場へと落ちていった。


「よし、こっちは落とした! そっちはどう!?」

 もう一つの触腕を担当している二人に声をかける。


 向こうはイデイアさんが魔法で触腕に攻撃をし続け、動きが弱まったところをレイカが何度も斬りつけていた。

 ボロボロになった触腕はちぎれ飛び、同じように岩場に落ちて動かなくなる。


「こっちも落とせたよ!」

「問題ない」

「了解! さあ、これでオクトロスの本体が出てくるはず。ここからが本番だ!」

 触腕を傷つけられたことに怒り、オクトロスが墨を吐き出しているのだろう。


 美しかったはずの海水は、いまでは黒くよどんでいた。

 黒く染まり切った水からは、ゴポゴポと水泡が浮き上がってきている。


 どうやらお出ましのようだ。


「結構でかいな……」

 海水のしぶきが飛び散ると同時に、オクトロスが水面に顔を出した。


 大人の男性が四・五人重なったくらいの大きさだろうか。

 これはなかなかに恐怖を覚える図体だ。


 早速、奴は触腕を僕たちに向けてくる。

 動いているのは全部で六本。最初に斬り落とした二本と合わせ、八本あったようだ。


「よっと!」

 さっそく、僕目掛けて触腕が落ちてくる。


 防御壁の効果が残っていたので、特に問題なく防御に成功した。

 皆も各々の形で攻撃を防ぎ、回避しつつ、反撃をしようとしているようだ。


「それ!」

「えーい!」

「せい! はあああ!」

 レイカが剣で、イデイアさんが魔法で、ミタマさんが両者を駆使しながら戦ってくれる。


 僕は皆の支援を優先しつつ、誰かに向かった攻撃を防ぐ役目を担う。

 一本、また一本と触腕が落ちていき、オクトロスの触腕は残り二つとなるのだった。


「もうそろそろ良いだろう。本体へ攻撃を――」

 イデイアさんは魔力を集中させ、オクトロスの本体めがけて放とうとするのだが、奴はそれよりも早く墨を吐きだした。


 突然の反撃を対処しきれなかった僕たちの顔は、黒く染まってしまう。


「うわ!? ケホケホ……! これは墨――あぐ!?」

「しまった……! アクアスプラッシュ!」

 水の魔法を用いて顔に着いた墨を払うと、イデイアさんが触腕に捕まっている姿が見えた。


 かなり強く締め付けられているらしく、逃れることができないようだ。


「大変! 早く助けないと――きゃあ!?」

「レイカ!? うらあ!」

 残っていたもう一つの触腕が、レイカを素早く薙ぎ払う。


 彼女は勢いよく弾き飛ばされたものの、なんとか抱き止めることには成功した。

 だが、威力を押えきることはできず、デコボコな壁に背を打ち付けてしまう。


「ぐ……! 効いた……!」

「ご、ごめんね、お兄ちゃん! 大丈夫?」

 ケガはしていないようだが、単純な痛みで体を動かせない。


 とはいえ、レイカやミタマさんが無事ならどうとでもなる。


「アクセラ……! コンフォルト……! 二人の防御は僕がするから、君たちはイデイアさんを……!」

「う、うん!」

「分かりました!」

 強化魔法の付与と指示を行いつつ、オクトロスに視線を向ける。


 奴の体は半分ほど海水に入り込んでいた。


「くそ……! 抜け出せない……! このままじゃ……!」

 イデイアさんも、触腕から抜け出せていない様子。


 急がねば水の中に引きずり込まれてしまうだろう。


「私が自由な触腕を押えるから、ミタマちゃんはイデイアさんを!」

「了解! 行くよ!」

 触腕に飛び掛かろうとするミタマさんの姿を見て、オクトロスは自由な触腕で迎え撃とうとしていた。


 そこをレイカが斬りかかり、注意を彼女自身に向けさせる。

 捕獲攻撃は彼女の持ち前の素早さで回避し、薙ぎ払う攻撃は僕の防御魔法で防いでいく。


 一方の触腕はミタマさんの攻撃を回避し続け、イデイアさんを逃さないように努めているようだ。

 だが、彼女の動きについていけなくなったのか、少しずつ攻撃が当たっていき――


「これで、どう!?」

 大きく振りかぶった攻撃が、オクトロスの触腕に直撃する。


 イデイアさんを握っていた部分がずるりと落ち、彼女と共に地面に向かって行く。


「よい……しょっと! 大丈夫かい?」

「あ、ああ……」

 地面に落下する前に、なんとかイデイアさんを抱き止めることに成功する。


 大地に降ろすと、彼女は足取りをフラフラとさせながら座り込んでしまった。


「振り回されたことで気分が悪くなったんだね。君はゆっくり休んでて。レイカたちが残りの触腕を落としてくれたから」

 戦っている二人の方へと視線を向けると、最後の触腕が彼女たちの手によって斬り落とされていく様子が見えた。


 全ての触腕を斬り落とされ、オクトロスはもはや何もできなくなっているので、倒すにはこれ以上ないほどのチャンスではある。

 このまま追撃を仕掛けたいところだが、ほとんど海水に逃げ込まれている状態ではどうすることもできない。


「あんな状態で生き残らせるのは良くないけど……。深追いしたら何をしてくるか分からないし、イデイアさんの様子も見なきゃいけない。ここで手を引こう」

 あそこまで傷ついた状態では、決して長く生きられない。


 短期間で人に悪影響を与えることもないはずなので、追撃は止めるとしよう。

 そう考え、剣を鞘に納めるように指示を出した瞬間――


「手温い」

 どこか懐かしい声が聞こえるのと同時に、オクトロスの体が海水と共に真っ二つに引き裂かれた。


 海水面には誰一人として近づいていない。

 だというのに、奴の命は突如として終わりを迎えた。


「え……。な、何が起きたの……?」

「なんなの、いまの……」

「斬撃が、飛んできた……?」

 レイカたちも、皆一様に絶句していた。


 すぐさま洞窟の入り口がある方へと振り返り、現れた何者かの姿を視認する。

 フードを目深に被り、顔のほとんどを布で隠した人物がそこにいた。

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