「ごめんね、みんな……。ウチが泣き止むのを待たせちゃって……」
「気にしないでよ! 泣いているミタマちゃんより、元気なミタマちゃんの方がいいからね! まだ、完全じゃないとは思うけど……」
涙を流しきり、顔をあげたミタマさんを囲みながら僕たちは会話を行う。
直近の出来事の確認と、それぞれの過去に起きたことを共有することにしたのだ。
「改めて聞くと、ソラさんの過去は本当に悲惨なんですね……。それでも、ナナさんを守りつつ魔法剣士として活躍できているなんて……」
「レイカも、よくピスカ村の奴らを許そうと思えるな。一度ならず、二度も酷い目に合わされたというのに……」
僕とレイカの過去を伝えたことで、イデイアさんは感心したようにも呆れたようにも見える表情を浮かべていた。
一方のミタマさんは、申し訳なさそうな表情をしている。
「ウチも、ちゃんと話さないとね……。まずは――ラピス村がまだ元気だった頃のお話からしましょうか……」
ミタマさんが語る、過去のピスカ村の記憶に耳を傾ける。
漁に出る皆を、村総出で見送った日々。
取れたての魚を商人に売り、余った魚は開いて干物を作った日々。
活気があり、村はいつでも明るかったそうだ。
「いまとは大違いだったんだね……。でも、近海で魚が獲れなくなっちゃって……」
「はい……。あとはみんなも知ってる通り、ピスカ村は自らの力だけでは動けなくなってしまったんです……」
当事者から聞くことで、ピスカ村には何も不手際が無かったことを改めて思い知らされる。
悪いことなど何もしていないのに、村は貧しくなっていく。
心も荒み切り、レイカたちに凶悪な言葉をぶつけてしまったのだろうと、想像に難くはないのだが。
「だとしても、無関係の人物に当たるのはダメだ……。被害者が、加害者になることだけは絶対にダメなことなのに……」
五年前のモンスター事件のせいで、間違った道に進まざるを得なかった人物たちを僕は知っている。
痛みと苦しみの果てに、悪の道を走ったことを知っている。
ピスカ村の人々も、同じ道を進みかけているということか。
「父は、他所から支援を受けて暮らす生活をよしとしませんでした。一人、また一人と漁をする人はいなくなり、最後の一人になってもずっと続けてて……」
そこまで言ったところで、ミタマさんは再び顔を暗くする。
次に出てくるであろう言葉は、なんとなく想像ができてしまった。
「しびれを切らした父は、『戻りの大渦』のそばで漁をすることにしました。でも、大きな船でもないのに、耐えられるわけがなくて……」
数日経っても、船の破片すら戻ってこなかったそうだ。
あまり考えたくはないことだが、大渦に飲み込まれて命を落としてしまったのだろう。
「馬鹿な父だったと思います。一人になっても、諦めずに抗い続けていたんですから。でも、そうだとしても……!」
ミタマさんは再び涙を流し出す。
彼女の肩に手を置き、静かに声をかける。
「君のお父さんは、とても立派な方だよ」
「……ありがとう、ございます……」
立ち向かい続けた人が、立派でないわけがない。
それも、村を思っての行動――いや、己の娘を想っての行動だったのだろう。
「ねぇ、ミタマちゃん。なんであなたは魔法剣士になったの? 他の村の人たちと暮らそうとは考えなかったの?」
レイカが投げかけた質問を聞いて、僕にも疑問が浮かぶ。
遠因ではあるが、魔法剣士はミタマさんの父が亡くなった原因の一つ。
恨みを持たれる可能性が無いとは言い切れないだろう。
「ウチも、最初は他の人たちと同じだったんだ。支給された物を使って、暮らしていく方が楽だし不満なんてなかった。それどころか、お父さんがいなくなった時は恨んじゃったほどだよ」
やはり、憎悪は抱かれていたようだ。
だが、ミタマさんはこうして僕らと共に戦ってくれている。
なぜ、僕たちと共に歩もうと考えてくれたのだろうか。
「恨みを持ったまま村を飛び出して、海都の魔法剣士ギルドまで行ったの。そこで文句の一つや二つをぶつけてやろうと思ったんだけど……。魔法剣士の人たちの姿がかっこよかった。目的に向かって、協力しながら歩く姿を見て羨ましく思えたんだ」
言葉を続けるミタマさんの表情が、少しずつ明るくなっていく。
「それと同時に、情けないって思ったんだ。お父さんも一生懸命漁をして、たくさん魚を捕まえてきてた。なのに、ウチはこんなのでいいのかな……? って」
「自分の姿を見直せたんだね。すごいよ、難しいことなのに」
気恥ずかしそうにしながら、ミタマさんは自身の髪に触れる。
僕に褒められたことで、少しながら元気が出たようだ。
「そんな時にルペスさんが声をかけてくれたんだ。自身の在り方を変えてみたいのなら、魔法剣士になってみないかって」
「そっか、ルペス先輩が……。いつもはひょうひょうとしてるのに、時々カッコいいんだから」
僕もこれまで、幾度となくルペス先輩の言葉に救われた。
共に居た僕だけでなく、様々な人たちに優しい言葉をかけられる彼が羨ましく思えてくる。
「本当は、ウチが村の人たちのことをどうのこうの言える立場じゃない。だけど、当時の私を思い出して悔しかったんだ。ウチの村のことでみんなに迷惑をかけちゃって……。本当に、本当にごめ――」
言い終える前に、レイカはミタマさんの体を優しく抱きしめる。
突如抱きしめられたことに、ミタマさんは動揺しているようだ。
「もう、謝らないで良いってば。あなたは私を認めてくれた人で、私のために怒ってくれた人。それだけで十分だよ。これからもずっと、私の友達でいてね!」
レイカの心からの想いを聞き、ミタマさんの瞳から涙が零れ落ちる。
この二人の絆が壊れることは、決してないのだろう。
「……友人か、羨ましいな」
抱き合う二人を見て、自嘲気味に笑うイデイアさん。
輪に入れないことを、羨ましそうにしているようにも見える。
「イデイアさんは昔に何かあった? 差し支えなければ、教えて――」
「……分からない」
分からないとはどういうことだろうか。
ないであれば、順風満帆な暮らしをしていたということになるのだが。
「皆の話を聞いてしまったからには答えねばならないな。私には、一年前より以前の記憶が一切ない。どこで何をしていたのか、家族や友がいたのかさえ……」
イデイアさんの発言に絶句してしまう。
苦しみの過去を持つ僕たちに対し、彼女は何も持っていない。
楽しかったことも、嬉しかったことも忘れてしまうとは、一体どれほどの苦しみなのだろうか。
「もしかして、僕に警戒心を抱いていたのは……」
「私には、マスターしか頼れる人物がいなかった。あんたは彼女からかなり信を受けているだろう? 見放されてしまうのではと怖くなったんだ」
唯一の拠り所を奪われるかもと思えば、きっと僕も怖くなる。
だからこそマスターは、イデイアさんを僕たちに同行させたのだろう。
共に歩みたいと思える仲間を作り、誰か一人にだけ依存していくことを防ぐために。
「じゃあ、ウチらと友達になろうよ! ここまで一緒に来て、一緒にオクトロスと戦ったわけだし!」
「な、なに?」
いつの間にか泣き止んでいたミタマさんが、イデイアさんに抱き着きながら提案をする。
当然、イデイアさんは困惑するのだが。
「そうだね! みんなで洞窟を探検するの楽しかったし、イデイアさんのおかげで助かったこともたくさんあるし!」
「だ、だが、たった一度のことで友達になれるわけがないだろう! それに、自ら話に行こうとすらしなかったんだぞ……」
レイカが友となる理由を口にするのだが、納得ができなかったらしく、イデイアさんは首を振って否定する。
そんな彼女の言葉を聞き、レイカとミタマさんは不思議そうに顔を見合わせた。
「ウチらはたった一度のことで友達になったよね?」
「うん。本当に仲良くなったのはその後からだけど、ミタマちゃんのことはちゃんと友達だと思ってたよ」
二人は再度イデイアさんに視線を向け、表情をニヤリと歪めていく。
「だからきっと、イデイアさんとも友達になれると思うの! 一緒に魔法剣士の修行をしたり、お勉強とか遊んだりとか! それとも、迷惑かな……?」
「め、迷惑とかそういうわけではなくてだな! いきなり友達になんてなれるのか、よく分からなくて……!」
「レイカちゃんからこう言ってくれることは、そうそうないはずだよ~? いまはうんってうなずいちゃって、後から交流を増やしていけばいいだけだよ!」
二人から期待に満ちた視線を向けられたことで、イデイアさんは諦めたようにため息を吐き、気恥ずかしそうに髪に触れ出す。
再び持ち上げられたその表情は、まんざらでもなさそうなものだった。
「……分かった。ここまで言われてしまえば、断る方が失礼だ。レイカ、ミタマ。私を、二人の輪に入れてくれないか?」
「もちろん、大歓迎だよ! それじゃあこれからは、イデイアさんのことをイデイアちゃんって呼ぶようにするね!」
「よろしくね、イデイアちゃん! えへへ、新しいお友達がまたできた~!」
新たな友を手に入れ、喜び合う三人の少女たち。
彼女たちが魔法剣士として活躍する日々を想像しながら、微笑みを浮かべるのだった。