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第二十一章 第二の故郷

我が家

「到着! 帰ってきたねぇ!」

 海都から客車に揺られること数日間。日が沈み始めた頃に、僕たち家族はアマロ村の自分たちの家に帰ってきていた。


 僕たちが住む場所に帰ってこれたことに安心したのか、その時以上の疲れがどっと襲い掛かってくる。

 行きも疲れたことには疲れたが、体のだるさはこれまで以上だ。


「わっ! わっ! スララン、暴れないで!」

 レイカの腕の中で、スライムのスラランが大きく動き出す。


 どうやら、久しぶりに入る我が家に興奮しているようだ。

 スラランは村長さんの家、ユールさんの元で預かってもらっていた。


 今日までの日々を簡単に聞いてきたところ、村での生活を楽しく過ごせてはいたものの、散歩に出かける時などにこの家のことを寂しそうに見つめていたそうだ。


「村の皆さんにちゃんとご挨拶するのは明日にしましょうね。今日は女将さんが作ってくれたお弁当を食べて、しっかり休みましょう」

 ナナは緑色の布に包まれた、大きなお弁当を抱えていた。


 村の停留所そばで共同食堂の女将さんに見つかり、疲れているだろうからということで、お弁当を作ってくれたのだ。

 食欲旺盛な人々が帰ってきて忙しい時間だっただろうに、僕たちの食べる物まで用意してくれたのだから感謝しなければ。


「ワォン! ワォーン!」

「キャウ! キャン、キャウーン!」

「ルトとコバも、お弁当が楽しみみたい」

 緑色の包みを見つめながら、大きな声を出すコボルトのルトとコバ。


 二匹は、オーラム鉱山の親方たちに預かってもらっていた。

 親方たちの話によると、ルトが採掘の際に新たな鉱脈を教えてくれるらしく、利益が大きく伸びたとのこと。


 コバも、作業を終えて疲れて帰ってくる鉱士さんたちを、甘えて癒すという役目を担っていたそうだ。


「うわ、いつの間にかすごいよだれ……。ソラ兄、早くカギを開けて入ろうよ」

「ちょっと……待ってね……。カギはどこに入れて……。お、あった、あった」

 見つけたカギをドアノブに刺し、ぐるりと回す。


 ドアは問題なく開き、以前と変わらない僕たちの帰るべき場所が目の前に現れた。


「ただいまー! はー……疲れた……!」

 玄関を通り抜け、リビングに入ると同時に自分が座る椅子を引く。


 腰を下ろしてだらけていると、ナナが険しい顔で注意をしてくる。


「だらしないですよ、ソラさん! せめて手洗いとうがいをしてから休んでください!」

「はーい……」

 渋々と立ち上がり、洗面台へと向かう。


 そういえば、出かけていた間はナナからあまり注意を受けなかった気がする。

 僕もそうだが、安心できる場所に帰って来たことで、彼女らしさが出てきたのかもしれない。


 うがいと手洗いをしていると、後からレイカとレンもやってきた。


「実家にいた時と同じ感じ。落ち着く」

 レンがあくびしながらそう言うと、レイカも同じようにうなずいてくれる。


 どうやら二人も、この家のことを実家のように思ってくれているようだ。


「そういえば、出かける前はお互いの関係に気付いてなかったんだよね……。ふふ、前のことを思い出すと自分のことを殴りたくなるけど、同時に嬉しいって気持ちになるなぁ……」

「あ! それ分かるかも! 私も、これまでは他人の家に住ませてもらってるって思ってたけど、いまはお兄ちゃんの家に住んでるんだってなって、嬉しくなってくるの! なんか、不思議だよね!」

 他者を住ませていたという感覚から、家族と共に住んでいる感覚に変わっただけで、こんなにも幸せな気持ちになるとは思わなかった。


 気付くのが遅くなってしまった分、めいっぱいにこの幸せを堪能しなければ。


「ソラ兄も姉さんも、気付くのが遅い。特にソラ兄は、僕らの素性をあっという間に見抜いてくれたのに」

「あ、うん……。なんかごめん……」

 腕を組み、レンは不満げな表情を浮かべていた。


 彼も気付いたのは最近のことだろうに。


「僕はソラ兄が姉さんと握手をしてくれた時に、なんとなく気付いた」

 握手をした時となると、二人が初めてこの家にやって来た時のことだろう。


 あれだけで答えにたどり着けるとは思えないが。


「姉さんはあの時、ヒューマンを恐れてた。なのに、ソラ兄とは握手ができた。お互いの素性が全く分かっていなかったのに。つまり、僕たちには繋がりがあるんじゃないかって」

「あ、確かにそうかも……。怖かったはずなのに、お兄ちゃんとは握手したいって思ったんだよね。心の奥底では、分かっていたのかも……。えへへ、そう考えると嬉しいな!」

 特別な繋がりを心のどこかで気づけていたから、握手ができた。


 だとしたら、僕たちはとうの昔から兄妹になれていたのかもしれない。


「じゃあ、これからも三兄妹――いや、ナナも含めた四人家族で生きていこう。よろしくね!」

「うん! よろしくね、お兄ちゃん!」

「よろしく」

 妹たちの頭をなでつつ、洗面台を二人に開ける。


 長話をしてしまったが、ナナが一人で食事の準備をしているはず。

 リビングに戻り、彼女の手伝いをしなければ。


「ナナ。準備を替わるから、君も手を洗ってきちゃいな」

「はーい、分かりました」

 ナナは布巾でテーブルを拭くのをやめ、洗面台に向かおうとする。


 ところが、僕の真横で歩みを止めて僕の顔をじっと見つめてきた。


「私は故郷が無くなってしまったので、もう安心できる場所に帰れたという気持ちは味わえないと思っていました。でも、それは勘違いだったみたいですね」

 ナナは僕の手を取り、嬉しそうな表情を浮かべる。


「ソラさんにレイカちゃんとレン君。みんなで一緒にこの家に帰りつけた時、心の底から安心できました。帰って来たんだって思えたんです」

「そっか。君の故郷はここになったんだね」

 コクリとうなずいた後に上げられた表情は、とても幸せそうだった。


 アマロ村が、僕たちの家が新たな故郷となってくれたことに、心が嬉しさで跳ねだす。


「洗ってきたよ~」

「お腹すいた」

 レイカとレンがリビングにやってくる。


 まだ食事の準備はできていない。早く準備をしなければ。


「それじゃ、私は手を洗ってきますね。後の準備、よろしくお願いします」

「うん、任された」

 僕の手から、するりとナナの指が離れていく。


 彼女の温もりが離れて行ってしまったことを寂しく思いつつ、テーブルの掃除とお弁当の開封を始める。

 レイカたちも手伝ってくれたので、ナナが戻ってくる前には食事が開始できるようになった。


「はい、スラランたちもお弁当食べようね。みんなで一緒に」

 スラランたちの食事の準備も終わり、皆で席に座る。


 食事の挨拶を行い、各々が料理を口にしていく。

 久しぶりの我が家での食事は、実家で得た安心感と全く同じ感覚を味わえた。

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