「ほう、『アイラル大陸』でそのようなことが……。大変でございましたな」
「いえ。僕たちも数カ月に渡って村を開けてしまい、申し訳ありませんでした。その間、特に問題はありませんでしたか?」
アマロ村の村長さんの家にて。村長さんと彼の孫娘であるユールさんを交え、旅の報告を行っていた。
旅に出ていた間、村で問題が起きていないか確認することも役目の一つだ。
「こちらは何も問題はありませんでしたよ。ソラさんの代わりに派遣された人物も、村周辺の警備や、村人たちとの積極的な交流を図ってくれましたからな」
「ふふ、お互い穏やかに過ごせたようで良かったです。ユールさんも、スラランを預かっていただきありがとうございました」
ユールさんに声をかけると、彼女はどこか残念そうな表情を浮かべていることに気付く。
村長さんは大丈夫だと言っていたが、彼女の方には何か問題があったのだろうか。
「いえ、そういうわけでは……。スラランと数カ月間も一緒に暮らせて、とっても楽しかっただけなんです。でも……。ああ、やっぱり……!」
ユールさんは僕のそばに駆け寄り、逼迫した表情を浮かべてこう懇願してきた。
「スラランをこの家に置くことはできないでしょうか……! スラランがいない生活なんて、耐えられないんです!」
「え、ええっと……。それはちょっと……」
この村に帰還してからまだ二、三日すら経っていないというのに、こんな様子で大丈夫なのだろうか。
仮にスラランを譲ることにしたとしても、今度はユールさんがどこかに出かけた時に同じことが起こりそうなのだが。
「ユール、落ち着きなさい。ソラさんも困っているだろう。スラランだって、本当の家族のそばにいる方が嬉しいはずだぞ? それが分からないお前じゃあるまい?」
「うう……。それはそうなのですが……」
目尻にうっすらと涙を溜めながら、ユールさんは僕から離れていった。
すっかり依存しきっているようなので、しばらくスラランと会わせないほうがいいだろうか。
それはそれで無理矢理家に押しかけてきそうなので、あまり良くないかもしれないが。
「大陸を渡る旅でお疲れでしょうから、しっかり英気を養ってくださいね。何かお困りのことでもありましたら、いつでもご相談しにきていただいて構いませんので」
「ありがとうございます。では、そろそろ僕は行きます。他にもお話をしたい人たちがいますので」
荷物を手に取り、村長さんとエイミーさんに挨拶をしてから家を出る。
アマロ村の商店通りを歩いていると、村人たちが声をかけてきた。
帰還を歓迎する言葉に、旅の思い出を語って欲しいというお願い。
一人一人と会話を交わしつつ、目的地である道具屋の扉を開く。
「らっしゃい! お、ソラ坊じゃねぇか! 帰って来たって聞いてたが本当だったんだな! 旅行はどうだったい?」
「旅行って……。遊びに行ってたわけじゃないんですけど……」
目的を持っての旅であって、決して遊びに行ったわけではない。
まあ、故郷を堪能したという部分はあったが。
「はっはっは! いや、悪い、悪い! ちょっとした冗談だ! どうやっても俺たちが行けないような場所に行ったわけだろ? 意地悪したくなっちまってよ!」
「あははは……。道具屋さんも、相変わらずですね」
村長さんたちに話したことを、道具屋さんにも伝える。
現在時刻は村人が買い物をしている時間帯のはずなのだが、不思議とお客さんがやってくることはなかった。
「そうか、お前の親父さんがな……。だが、不自由になろうともあがき続けるとは見上げた根性だ。いっぺん、会ってみたいな!」
「お父さんもお酒が好きなので、お互い良い関係になれると思いますよ。是非、僕の故郷にある温泉にも入ってほしいんですが……」
道具屋さんであれば、プルイナ村の温泉に合うアイデアを出してくれそうだ。
その結果村がさらに有名になり、裕福になれば、お父さんも穏やかに暮らせると思うのだが。
「例えそうなったとしても、お前の親父さんは動くのを止めないと思うぞ? 利き手という生きる上で必要な部分が傷ついたというのに、新たな道を探そうとしているんだからな。お前は親父さんを信じてやればいいのさ」
「……そうかもしれませんね。その方がお父さんらしいですし」
次に戻った際には、きっと大きな笑い声をあげながら、新たな仕事についての自慢話を語ってくれるはず。
ならば、こちらでの自慢話ができるよう、頑張っていくべきだろう。
「疲れてるんだ。いましばらくは無理すんな――って、言いたいところなんだが、ナナちゃんに風邪薬が無くなってきてることを伝えておいてくんねぇか? 今回の冬は珍しく風邪を引く奴らが多くてよ」
「分かりました。ついでに、体調を整える薬を作れるか相談しておきますね」
道具屋さんとのやり取りも終わり、再び商店通りを歩きだす。
道中新刊の立ち読みをし、食材を購入してから村の入り口へと向かう。
ふと聞こえてきた声に視線を動かすと、冒険者ギルドから武器を背負った人々が出てきた。
次の冒険について話をしているらしく、どこに行こうか、どんな出会いがあるだろうかなどの声が聞こえてくる。
「いま、ウォル君たちはどこを旅してるのかな……。なにかしら情報があるかもしれないし、話を聞いてみようかな」
食料を買ってしまったことを小さく後悔しつつ、ギルドの扉を開く。
室内に置かれたテーブルには誰もいない。
先ほど出ていった人々以外、訪れている者はいなかったらしい。
「おや、ソラさんじゃないですか。本日はどういったご用件でしょうか?」
受付に声をかけようとしていると、ギルドの奥からアマロ村のギルドマスターが現れて声をかけてきた。
モンスター図鑑の依頼を受けてからここを訪れることはなかったので、他の人と比べても会うのは久しぶりだ。
「最近、冒険者ギルドに所属している人物と友人になりまして。その人の情報が無いかなと思ってお邪魔させていただきました」
「そうでしたか。お名前をお聞かせいただければ、その方が少し前までいた場所くらいはお調べできますよ。それ以外は機密もありますので、どうかご容赦を」
ウォル君の名前を伝え、席に着いて待っていると、お茶菓子を手にマスターが戻ってきた。
感謝しつつそれを受け取り、目的の人物がどこにいるのか話を聞く。
「直近の情報では、冒険者ギルドの本部がある王都を訪れているようですね。次の目的地は分かりませんが、しばらくは王都周辺に滞在するのではないでしょうか?」
王都であれば、アマロ村からもそう遠くはない。
近い未来、ウォル君たちがこの地を訪れる可能性は高そうだ。
「ソラさんにモンスター図鑑の依頼を受けていただいてから、早くも半年が過ぎてしまいましたね。進捗の方はどうですか?」
「着々と集まってはいますが、まだ訪れていない土地の方が多いもので。半分も進んでいないでしょうね……」
アマロ村、王都、海都、グラノ村にピスカ村周辺。同じモンスターが他の地域にも生息している可能性はあるが、『アヴァル大陸』はとても広い。
きっと、まだ見ぬモンスターは無数に存在するだろう。
「この大陸の情報を集めるだけで相当の時間がかかるんでしょうねえ……。他の大陸まで集め出すとなると、もはや想像すらできません」
「あははは……。それこそ、数世代に渡って調べる必要があると思いますよ。時が経つにつれ、新たなモンスターが出現する可能性もありますので、更新もしないといけませんし」
図鑑の出版はあくまで途中経過に過ぎないが、この作業の果ては恐らくないだろう。
次代へと受け継ぐことも、いずれは考えることになるかもしれない。
「では、僕は帰宅します。また何かありましたら訪れますので」
「分かりました。何かあったらとは言わず、いつでも遊びに来ていただいても構いませんよ」
マスターと頭を下げ合い、冒険者ギルドの外に出る。
アマロ村の全景が見える場所に移動しつつ、小さく息を吐く。
「やっぱり、この村も僕の故郷なんだな……」
数カ月ぶりに会ったというのに、村の人たちは温かく迎えてくれただけでなく、嬉しそうに声をかけてきてくれた。
僕はいつから、アマロ村の住人になれていたのだろうか。
皆に認められた時期を考えつつ、自宅への道を歩んでいく。