「パナケアちゃーん! 来たよー!」
アマロ村南の森の薬草群生地帯にて。僕とナナはマンドラゴラのパナケアに会いに来ていた。
数カ月離れていたので心配だと彼女が口にしていたので、早いうちに会いに来ることにしたのだ。
「あれ? ここにはいないのかな?」
ぐるりと周囲を見渡しても、パナケアらしき姿がない。
ナナの声にも反応を示さないので、他の場所へ移動しているのだろうか。
「もしかして、嫌われちゃったとか……」
「大丈夫だって。あんなに仲が良かったのに、急に嫌われることなんて――」
そこまで言ったところで、静かに揺れる植物が視界の端に入った。
草が風になびいているだけにも思えるが、よくよく見ると一定の周期で揺れている。
風に揺られる他の植物たちと比べても、少々不自然な動き方だ。
「あそこ、見てごらんよ」
ナナの肩を叩きながら、見つけた物に指を向ける。
それを見た彼女も、安心したような顔つきに変化した。
「行ってきますね!」
揺れる植物にナナが近寄るたび、それも大きく揺れ出す。
見つかったことに気付いて慌てているのだろうか。
「パナケアちゃん。みーつけた」
しゃがみ込みながら、ナナは植物に声をかける。
すると、もこもこと周囲の地面が動き出し――
「まうー!!」
土から満面の笑みを浮かべたパナケアが飛び出し、ナナに抱き着く。
ナナも服に土がつくことを気にせず、パナケアのことを抱きしめた。
「久しぶりだね。ごめんね、ずっとほったらかしにして……。寂しくなかった?」
「まーまう、まーう!」
パナケアの表情は、笑顔から変化することはなかった。
ナナに会えたことが本当に嬉しいようだ。
「良い子にしてくれてたみたいだね。じゃあ、今日はそんなパナケアちゃんにご褒美! 私たちのお家に招待するね!」
いつの日か、ナナはパナケアに家へと招待すると約束していた。
とうとうその約束が果たされることになる。
「スラランやルトとコバ、それともう二人のお友達に会えるから楽しみにしててね」
「まう! まう!」
あの子たちと会えることに、パナケアは喜んでいるようだ。
レイカたちとも仲良くなってくれると嬉しいが。
「じゃあ、先に主様にご挨拶してから行こうか。勝手にいなくなっちゃったら心配させちゃうしね。主様はどこにいるか分かる?」
「まう! まーまう!」
パナケアは、さらに森の奥へと進むための道を指さした。
どうやら、森の主はあの先にいるようだ。
「あの先だね。じゃあ、みんなで一緒いこ――」
「な……なー」
「「え?」」
パナケアの口から発せられた言葉に、僕とナナは顔を見合わせた。
聞き間違いでなければ、ナナの名前を呼んだような――
「ぱ、パナケアちゃん……? ソラさん……。いまのって、もしかして……?」
「う、うん……。多分、君の名前を――」
「な、なー」
間違いない。パナケアの口から発せられた言葉はナナの名前だ。
おぼつかないが、それでも頑張って名前を呼ぼうとしている。
「喋れるようになってきたんだ! 僕の名前も呼んで、呼んで! ほら、ソラって!」
「ちょっと、ソラさん! いきなり圧をかけたら――」
「そ、らー」
パナケアは口を懸命に動かし、僕の名前を呼んでくれた。
「うわぁ……! 呼んでくれた! 呼んでくれたよ! ナナ!」
「もう、うるさいですよ! 折角の感動が台無しじゃないですか!」
この数カ月で、パナケアも小さいながら成長している。
僕にとっても、ナナにとっても、嬉しいことだった。
●
「ここが私たちのお家だよ。どうかな?」
「まう~?」
自宅前。パナケアに僕たちの住む家を見せているのだが、彼女は不思議そうな表情を浮かべていた。
家の周りをくるくると歩き回っている様子を見るに、森の中では見られない建築物に、興味を抱いてくれているのは確かだ。
「まあ、よく分からないよね。とりあえず中に入ろっか。入ったら、ご挨拶してね?」
「まう!」
元気に返事をするパナケアの手を取り、ナナは玄関の扉を開く。
二人の後に続いて家の中に入ると、早速ルトとコバにスラランが出迎えてくれた。
「ワオーン! ワオーウ!」
「キャンキャン!」
「まう! まうまう!」
ルトとコバは大きな声を出し、スラランは大きく飛び上がって挨拶をする。
パナケアも手を振りつつ、三匹に挨拶を返してくれた。
「お帰りなさい! ナナさん、お兄ちゃん!」
「お帰り」
玄関の扉を閉じて鍵を閉めようとしていると、レイカとレンがリビングから顔を出す。
二人もパナケアに視線を向け、興味深そうに見つめていた。
「まうー……」
知らない人が出てきたことに不安を覚えたのか、パナケアはナナの体を盾にするように隠れてしまう。
そんな彼女に近寄り、視線の高さを合わせてから声をかける。
「大丈夫。あの子たちも僕たちの家族。君のお友達になってくれる子たちだよ」
「む~?」
レイカたちは、以前、パナケアのことを話した際に興味を持ってくれたので、きっと良い友達になってくれるだろう。
二人は少し離れた場所から、彼女を驚かせないように声をかけてくれる。
返事をするために彼女も顔を出し、二人に手を振りながら挨拶をしてくれた。
不安があるせいか、先ほどスラランたちに挨拶をした時より声は小さいが、今日が終わる頃には元気に挨拶ができるようになっているだろう。
「ほんとに頭に葉っぱが生えてるんだね……。それ以外はごく普通の子どもっぽい見た目なのに……」
「興味深い」
姉弟は、興味津々な様子でパナケアの観察を行っていた。
そんな二人に、彼女も不思議そうな表情で見つめ返す。
視線は足元から上半身へと移っていき、やがて頭部に到達すると――
「まー! まうまうまーう!」
パナケアは目を光り輝かせながらレイカに近づき、彼女の体を登り始めた。
「わっわっわ!? どうしたの、いきなり――」
レイカも慌てた様子で抱きかかえようとするが、パナケアは意に介した様子もなく素早く登っていく。
肩まであっという間に上り詰め、レイカの頭部にある白い角に手を伸ばすのだった。
「まー……! まうまう!」
「な~んだ、角を触りたかったんだ。ちょっと複雑だけど……」
パナケアが落下しないように努めつつ、レイカは自分の角を触らせる。
角を触らせてもらっているパナケアは、とても楽しそうだ。
「こ~ら。いきなりは驚かせちゃうって教えたでしょ? ちゃんとお話をしてからだよ」
ナナに叱られたパナケアは、慌ててレイカの角から手を離す。
どうやらまだ触り足りないらしく、不安そうな表情を浮かべつつもレイカにお願いをしていた。
「大丈夫。いくらでも触っていいよ」
「まう……? まう! まー!」
許可を得られたことに喜びながら、再びレイカの角へと小さな手が向かって行く。
ある程度堪能した後、レンの頭部にも同じものがあることに気付いたパナケアは、そちらにも興味が移動する。
「まー! ままむ! まうー!」
「え? 僕の角にも? 別にいいけど……」
レイカに抱かれたまま、レンの角に触れるパナケア。
彼の角をも堪能し終え、彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。
「さて、それじゃ挨拶も終わったことだし、遊んだりお菓子を食べたりしようか!」
「「「はーい!」」」
リビングへと移動し、皆で穏やかなひと時を過ごす。
夕方となり、パナケアが帰る時間になるまで、笑い声が絶えることはなかった。