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エイミーの憂慮

「ひっさしぶり~! ソラ君のギルドマネージャー、エイミーです!」

 玄関の扉を開くと、そこには元気よく挨拶をするエイミーさんの姿が。


 彼女はたくさんの資料を左手に抱え、右手にお土産を入れた袋を持っていた。

 僕も挨拶を返し、荷物を受け取ってリビングへと案内する。


 飲み物を用意し、彼女の前に置けば雑談からスタートだ。


「は~……。ソラ君たちがいない間、ここでお仕事ができなかったからな~。景色も良いし、仕事場をここに変えたいぐらいだよ~」

「一応魔法剣士ギルドの所有物ですので、勝手に使われるのはちょっと……。でも、僕たちがいる時であれば、のんびりされても問題ありませんから」

 コップに口をつけつつ、エイミーさんは愚痴を発する。


 かなりストレスが溜まっていたらしく、うっぷんを晴らすかの如く口が動き続ける。


「マネージャーとしての仕事ができないんだから、今日は受付を担当してくれとか言われてさー。そういう時に限って面倒な人が来るんだから、もう!」

「あははは、それは大変でしたね。でも、エイミーさんならそういう人たちの処理も手馴れてそうですけど……。そろそろお仕事の話に入ります?」

「え~? 私のお話ばっかりじゃなくて、ソラ君たちのお話も聞きたいな。『アイラル大陸』への旅、どうだったのかな?」

 延々と愚痴ばかり聞かされる気がしたので話を変えようとしたのだが、今度は僕に話をするよう振られてしまった。


 僕の話であれば、エイミーさんも楽しく聞いてくれるだろう。

 『アヴァル大陸』に戻って来てから幾度となくしてきた話を、再度紡ぎ出す。


「いろんなことがあったんだね……。それでも君は、誰でも行けるというわけではない場所で、自分の求めるものを一部とはいえ手にすることができた。本当に、すごいよ」

「ありがとうございます。エイミーさん含め、色んな人のご協力があったおかげですよ」

 エイミーさんは楽しそうな顔をしたり、悲しそうな顔を見せたりしながら話を聞いてくれた。


 公の機関に携わる人物と情報を共有しておけば、大陸を渡ることの危険性、未踏の領域を進むことの過酷さを正しく広めてくれるはずだ。


「今回の図鑑には使用しないかもしれませんが、向こうのモンスターたちの情報も集めてきたんですよ。こちらの資料に記載してあります」

 故郷を思い返しながら話を継続するも、いつの間にかモンスター図鑑の話題になってしまう。


 仕事の話題に変えていくには、ちょうど良いかもしれない。


「へ~、向こうには雪をまとうスライムが……。スノウタイガーにホワイトベアー……。うそ!? ドラゴンと戦って勝ったの!? はぁ~、すごいなぁ……」

 興奮した様子で資料をめくるエイミーさんを見て、モンスター図鑑を作る依頼を受けて良かったと小さく思う。


 図鑑が完成して出版された暁には、多くの人が彼女のように見入ってくれると嬉しいのだが。


「やっぱり、環境が変われば異なる生態ができるんだね……。移住計画なんてとても……」

「移住? どこかに引っ越す方がおられるんですか?」

 僕の質問に、エイミーさんは体を跳ねさせて驚いていた。


 秘匿にしておかなければならないことを、口にしてしまったのだろうか。


「秘匿ってわけじゃ……。雪が多い地方に集落を作りたいって相談を受けてたんだけど、この資料を見ただけでは危なそうだなって思っちゃっただけだよ」

「そう、なんですか……? う~ん?」

 いつものエイミーさんらしくない反応に、疑問符を頭に浮かべる。


 冒険者ギルドのマネージャーに、集落を作る相談などするだろうか。

 何かしらのミスをしたと思われるが、個人情報に関わることかもしれないので、これ以上尋ねることは止めることにした。


「さてと、そろそろ本題に入ろうかな。ソラ君は、四人組の暴漢のことは覚えてる?」

「商人を襲い、レイカたちを誘拐しようとした人たちのことですか? もちろん、覚えています」

 レイカたち僕たちの家にやって来てしばらくたった頃、彼女たちは二人だけで森に出かけたいと言い出した。


 その際に二人に手を出そうとした人たちが、エイミーさんの言う暴漢たちだ。

 彼らは検挙隊に突き出していたが、やっと尋問の結果が出てきたらしい。


「彼らは盗賊団に所属していたらしくてね、暗夜の霧雨って言うんだけど知ってる?」

「いえ、聞いたことはないですね。有名なんですか?」

 僕の質問に、エイミーさんは少し驚いたような表情をしながらコクリとうなずく。


 アマロ村や海都にいる時には聞いたことがなかったので、一部地域にだけ有名なのだろうか。


「ちょっと特殊な盗賊団でね、市井の人々からは義賊と呼ばれる組織なの。悪徳な貴族や商人の家に忍び込み、不正な金品や商品を暴いて回ってるんだ」

「ああ、じゃあ僕たちの耳には入り辛いかもしれませんね。でも、そんな人たちが他者を誘拐しようとするんですか?」

 エイミーさんは不服そうにしながら首を縦に振り、話を続ける。


「誘拐に関わったという話はこれまでに一度もないの。あくまで盗む専門ってわけだね」

「直近で何か起きたんでしょうか……。彼らが誘拐を行おうとした、詳細な動機は分かりました?」

 再び首が縦に振られ、レイカたちの部屋がある方向へと視線が向けられる。


 確か、珍しい髪を持つ人物を探していたんだったか。

 姉弟はそれに該当してしまったため、誘拐されかける羽目に合ったのだ。


「灰色の髪を持つ剣士の捜索。それが彼らの目的なんだって」

「灰色の髪……? だから、レイカたちは……?」

 灰色の髪と白い髪を勘違いされ、狙われてしまったということか。


 四人組と相対した際、僕の白い髪を見てコイツもと言いだしたのは、僕が灰色の剣士かもしれないと判断されたとみても良さそうだ。


「となると、ヒューマンではなく異種族を狙っているんでしょうか?」

「可能性は高いね。ヒューマンで灰色の髪を持つって人は聞いたことがないから」

 エイミーさんから一連の話を聞き、胸中に不安が浮かびだす。


 僕は直近で灰色の髪の剣士に会っている。

 魔法剣士に所属し、レイカたちの新たな友人となったイデイアさんだ。


 彼女は灰色の髪を持ち、しかも剣を扱っている。

 異種族ではないとはいえ、狙われる可能性は大きいだろう。


「私からの情報は以上だね。ソラ君が捕らえてくれた盗賊たちは、末端も末端だったから、これ以上の情報が出てくることはたぶんないかな」

 だとしても、奴らが何を狙っているのかが分かっただけ大きな収穫だ。


 対策を打つことができ、作戦次第では追い詰めていくこともできるだろう。


「しかし、なぜ剣士を探すんでしょうね? 権力やお金を狙うならともかく、単純な力を持つ人を狙うのはよく分からないですよ」

 話の流れから、時に暴力を扱う集団だというのは分かるが、それを力ある者に向けようという考えが理解できなかった。


 探索中に標的に近い人物を発見しても、相手が剣士では抵抗される可能性が高いだろう。

 人的被害が出る可能性を加味しても、膨大な利益が出る何かに繋がるのだろうか。


「犯罪者の思考は考えない方がいいですよ。不愉快になるだけですから」

 腕を組み、つまらなそうに言い放つエイミーさん。


 彼女と同じ感情ではあるが、僕もレイカたちも狙われたわけなので、ある程度は向こうの行動を想定する必要がある。

 兄として二人を守らなければならないので、思考を止めるわけにはいかなさそうだ。


「エイミーさん。色々と教えていただき、ありがとうございます。非常に有益な時間になりました」

「どういたしまして! って、言いたいところだけど、ソラ君たちが捕らえてくれなければ手掛かりすら掴めなかったんだよね……。お礼を言うのは私たち側だと思うよ」

 そう言って、エイミーさんは頭を下げてくれる。


 お互いが行動をしていなければ情報は得られなかったわけなので、彼女のお礼はありがたく受け取ろう。


「今日のお話はこれで終わり! ソラ君たちが集めてきた情報を見せてもらいながら、お菓子を食べちゃおっと! ナナちゃんたちはお部屋?」

「ええ、僕たちの邪魔をしないように各々の部屋にいるはずです。呼んできて、お喋りするのも良さそうですね」

 席を立ち、家族に話し合いが終わったことを伝えて周る。


 持ってきてもらったお菓子を食べながら、賑やかな一時を過ごす。

 皆が楽しげに過ごす中、どことなくエイミーさんの元気が無いように感じた。


 彼女は、『アイラル大陸』の情報が書かれた資料に目を移した際に、小さくため息を吐いていたのだ。

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