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第二十二章 圧縮魔

完成に至る時

「はあぁー……。わっかんないなぁ……」

 机に肘をつき、頭を抱えながら大きくため息を吐く。


 目の前には大量の文字が書かれた紙たちと、粉々になった素材たちが散らばっている。

 これらは全て、本日行った魔法の実験で出た失敗作たちだ。


 『アイラル大陸』で得てきた情報から、研究室で圧縮魔を完成させるための実験を行っているのだが、いまだに成功には至っていなかった。


「お兄ちゃん、少し休憩しようよ……? 朝からずっと実験してたし、ここ二、三日は徹夜してたんでしょ?」

「いや、もうちょっとやるさ。魔法石を取ってくれるかい?」

 自宅に戻ってからはや二週間。皆が落ち着きだしてから魔法の実験を再開したのだが、これといった進展は全くない。


 それどころか、答えにたどり着かないことに僕は焦りだしていた。


「プラナムさんたちの期待があることも分かるけど、お兄ちゃんの体が壊れちゃったら意味ないよ。実験中の魔法のこと、ちゃんと理解しているのはお兄ちゃんだけなんだから」

「分かってる……。分かってるさ……」

 魔法石を細かく砕き、抽出液に放り込んでから両目を手で覆う。


 僕たちが『アイラル大陸』に渡っている間、プラナムさんたちは魔法の完成をいまかいまかと待ちわび続けていたはず。

 このままでは、彼女たちに抱かせた希望を僕が失意へと変化させることになる。


 依頼を受けると言った手前、ここで止まっているわけにはいかないのだ。


「必ず、必ず完成させて見せる……! 成功の形は見ているんだ、絶対できる……!」

 目を覆っていた手を払い、実験を再開する。


 失意を抱いて故郷に戻るなんてことは、絶対にさせられない。

 しかし――


「う……めまいが……」

 自分の意思とは逆に、体が言うことを聞かなくなってきた。


 さすがに休憩しないとまずいと判断したものの、できあがったばかりのインクを見てもったいないという気持ちが浮かんでくる。

 三魔紋を書き込んでおくか、せめてビンに移しておかなければ。


「移す時間があるんだったら、書き込んじゃったほうが良いか……」

 インクをペンにつけ、三魔紋を描いていく。


 するとなぜか、左手の甲がムズムズする感覚に襲われた。

 いよいよマズいかと思いながらも作業を続けていると。


「お、お兄ちゃん!? 何やってるの!?」

「え? あ、あれ!?」

 レイカの驚く声を聞き、ようやく正気に戻る。


 左手の甲には、三魔紋が刻まれていた。


「やっちゃった……。ここまでおかしくなっちゃうとはなぁ……」

 実験一回分を無駄にしてしまったのはショックが大きい。


 これ以上の無理は止めた方がいいだろう。


「ごめん、レイカ……。インクをビンに移して保存しておいて……。僕はちょっと休憩してくるよ……」

 うなだれながら、研究室の扉に向かう。


 左手でドアノブを回転させ、扉を開こうとしていると。


「あれ? 三魔紋が……」

 左手の甲に描かれた三魔紋が、じんわりと光を発していることに気がつく。


 痛みや熱さは全くなく、むしろ心地よさを感じるほどだ。


「この光……。弱いけど、ホワイトベアーと戦った時に見た光と――まさか!?」

「お兄ちゃん? どうしたの?」

 ハッと気がつき、三魔紋に魔力を込めてみる。


 すると光はさらに増幅し、部屋中を包み込むほどに膨れ上がっていった。


「うう、目が……。お兄ちゃん、何が起きたの……?」

 光をまともに見たことで、レイカは目がくらんでしまったようだ。


 僕もそらしていた瞳を左手に戻し、三魔紋を見つめるのだが。


「あれ? 魔法陣、消えちゃった?」

 目をしきりに瞬かせながら、レイカも僕の左手を見てくれる。


 僕の瞳からも彼女の瞳からも、左手の三魔紋は消え去っていた。


「お兄ちゃんの体、変な感じはしない? お兄ちゃん……?」

 レイカが僕の体のことを心配してくれているが、反応を返すことはできなかった。


 なぜなら、自身の体の内から新たな力が沸き上がってくるのを感じたからだ。


「そっか、あはは……。そういうことか!」

「お、お兄ちゃん!? どうしたの!?」

 実験机に突撃し、自身のカバンと透明な小瓶をつかみ取って部屋の外に出る。


 レイカも僕の後を付いてきているようだ。


「待ってよお兄ちゃん! 調子が悪いのに、いきなり動いちゃ――」

「完成したんだ! 僕たちが求める魔法が!」

 リビングにいたレンを呼び、部屋で薬を作っていたナナを無理やり家の外へと引きずり出す。


 突然のことに皆は動揺している様子だが、握りこぶし大の石を探してもらうようお願いすると、すぐさま地面を探りだしてくれた。


「完成したって本当なの? でも、さっきまで調子が悪かったのに……」

「全部吹っ飛んだ! 超絶好調だよ!」

 心配するレイカにそう返し、石を探し続ける。


 小石は見つかるが、握りこぶし大となると意外と見つからない。

 アマロ湖まで探しに行こうかと思い始めていると。


「ソラ兄、これくらいでいい?」

「私も、これだけ集めてきました」

 レンとナナが、見つけてきてくれた石たちを地面に転がしていく。


 どうやら僕が探していた場所が悪かっただけのようだ。


「結構集まったね! でも、この石たちを使ってどうするの?」

「ふっふっふ。まあ、見ててよ」

 小瓶の口の上に石を乗せ、地面に置いてから距離を取る。


 皆も僕のそばに近寄り、事の成り行きを見守るつもりのようだ。


「小瓶の口より大きい石が、中に入るなんて絶対あり得ないよね? だけど……!」

 石へと意識を集中させ、新たな力を発動させる。


 すると、カランという小気味いい音が草原に広がっていった。


「……なるほど、本当にうまくいったんですね」

「え? ナナさんも、何が起きたのか分かったの?」

 レンの質問にコクリとうなずきつつ、ナナは小瓶に向かって歩いていく。


 彼女の歩みに続き、小瓶の様子を皆で調べる。

 小瓶自体には何も変化はないが、明らかに変化している部分があった。


「あれ? 小石が小瓶の中に入ってる? さっきまで空っぽだったのに……」

「石が小さくなって、小瓶の中に入った……。そっか、圧縮魔だもんね!」

 小瓶の口の上に置かれていたはずの石は影も形も無くなり、それの内側で転がっていたのだ。


 これが僕の求めていた魔法、圧縮魔。

 プルイナ村でホワイトベアーと戦った際、決着に使った魔法の完成形だ。


 小瓶を持ち上げて上下に振ると、カラカラと石とガラスがぶつかり合う音が僕たちの間に広がっていく。


 物体に使うことは初めてだったが、問題なく効果が表れたようだ。


「こうして完成に至ったわけだし、改めて説明させてもらうね」

 再び集中し、魔法を発動する。


 すると手に握っていた小瓶が、中に入っている小石ごと小さくなってしまう。

 いまでは手のひらの上で自由に転がせるほどの大きさだ。


「まず一つ目の効果、物体を圧し縮める。このビンと小石のように、物を小さくすることができるんだ。もちろん、元に戻すのは自由自在」

 小瓶と石にかけていた魔法を解除すると、両方元の大きさへと変化する。


 石は小瓶の口より大きくなっており、取り出すことは不可能となってしまった。


「で、二つ目の効果なんだけど……。みんなが集めてくれた石たちを使って、石の山を作ろうか」

 皆で協力し、石で小さな山を積み上げることに。


 全部で三つ作ったので、それら内の一つに向け、ナナに初級用の炎の魔法を発射してもらうようお願いする。

 小さな火の玉は石の山に直撃し、多少崩れはしたものの、ある程度の形が残っていた。


「魔法は段階によって強弱が変わるのは知っての通り。初級より中級、中級より上級ってね。ナナ、今度は中級魔法をお願い」

「ええ、お任せください」

 崩れた石の山とは異なる物に大きな炎の玉がぶつかると、爆発音とともに原型が残らないほどにバラバラになってしまった。


 高位の魔法であればあるほど威力は跳ね上がる。

 より難度が高い方や、魔力を大きく消費する方が強いのは当然だ。


 今度は僕が初級魔法を使用し、火の玉を手のひらの上に出現させる。

 それに圧縮魔を使用するとじわりじわりと小さくなっていき、指先よりも小さくなってしまった。


「よし、行くよ! この魔法の名前は……ブラスト!」

 小さな火の玉を最後に残った石の山にぶつけると同時に、火の玉にかけた魔法を解除する。


 爆発音とともに、石の山がバラバラに砕けてしまった。

 辛うじて原型が残っているのは、最初の石の山だけだ。


「初級魔法なのに……。中級魔法と、ほとんど変わらない威力になっちゃった……」

「これがこの魔法の最大の特徴。形ある物だけでなく、他の種類の魔法をも圧し縮め、炸裂した際に威力を大きく上昇させることができるんだ」

 正確には魔法の威力自体が上がったわけではなく、圧し縮められた力が解放され、加わったことでより大きな力となったのだ。


 初級魔法なら中級魔法程度に、中級魔法ならば上級魔法程度に。

 圧する力次第で、より大きな力とすることもできるだろう。


 いまのところ理解できているのは、物体と魔法の圧縮ができるということだけ。

 実験を続けてこの魔法を知っていけば、更なる力を発揮してくれるはずだ。


「やっと、やっとできたよ……。これで、君のお父さんにも報告できるよ」

「それだけじゃないでしょう? プラナムさんとの約束も果たせるじゃないですか」

 ナナの笑みを見て、疲労困憊になっていたことを体が思い出す。


 ふらついてしまったものの、彼女が優しく抱き止めてくれた。


「魔法が完成に至る、最後のカギは何だったんですか?」

「完成した三魔紋を人の体に刻むだけさ。人の体は、時間はかかれど常に魔力を生み出し続けてくれる。だからあの時は、一度きりの圧縮魔になったんだ」

 自分の血で三魔紋とそれを刻んだ紙が濡れ、疑似的に人の体に刻むのと同じ状況になったがために、一度だけしか使えない魔法となっていたのだろう。


 圧縮魔を複数回発動することができている上、使った後も特に異常は発生していないので、これが正解のようだ。


「すごいよソラ兄! 魔法の完成、おめでとう!」

「ありがと、レン。君たちが手伝ってくれたおかげだよ」

 レンが褒めてくれたものの、レイカが反応をしてくれないことに気付く。


 最も僕のそばで研究を見ていたので、喜ぶなり好奇心を抱くなりするだろうに。


「圧縮魔……。もしかしたら、あれにも……」

 レイカの方へと視線を向けると、彼女はブツブツと独り言をつぶやいていた。


 不審に思い、彼女に声をかけてみる。


「あ、ごめんね。せっかく目的が成就したのに喜ぶこともしないで……」

「気にしないで。それより、何を考えていたのか教えて欲しいな」

 僕の質問に、レイカは大きく深呼吸をしてから口を開く。


 彼女から紡がれた言葉に驚きはしたものの、僕は大きくうなずくのだった。

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