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冒険

「アマロ村はいい村だなー! 飯もうまかったし、宿も綺麗で気分良く休めたぞ!」

「前回来た時も思ったけど、意外と宿泊していく人は少ないのよねぇ。観光地でもあり、名産もある村だってのに。まあ、おかげでしっかり休めたから気力全快だけどね」

 体を伸ばしながら、ウォル君とアニサさんが草原を歩いていく。


 アマロ村での一夜は快適に過ごせたようだ。


「天気もいいし、いい冒険日和になりそうだな! おい、ソラ! お前も楽しんでるか!?」

「始まったばかりで楽しんでるかって言われても……。でも、楽しみなことは確かだよ」

 僕たち家族は、ウォル君に誘われて彼らの冒険に同行している。


 いまのところは歩きなれた地を歩いているだけなので、あまり冒険と言う感じはしない。

 目的地もアマロ村からそう離れた場所ではないらしいので、少し遠出の散歩といったところだろうか。


「私たちは『アイラル大陸』から旅をしてきたわけだけど、冒険はしたことなかったなぁ……。あれ? 旅と冒険の違いってなんだろ?」

「危険を伴うか、伴わないか……とか? でも、どっちも危険な時はある?」

 レイカとレンが、旅と冒険の違いについて話をしている。


 目的を詳細に設定して行動するのが旅で、大まかな目的を定めただけで行動をするのが冒険。

 ホワイトドラゴンの文化は、どちらかというと冒険にあたるのかもしれない。


「それにしても、アマロ村の近くに冒険ができるほどの洞窟があったんですね。ソラさんは知ってましたか?」

「小さな洞窟がいくつかあるって話は聞いたことがあるけど、そこまでのものがあるとは知らなかったよ」

 進行方向にある山を見つめ、ナナにそう答える。


 洞窟と言っても、入ってすぐに行き止まりになるようなものばかりで、とても探索ができるようなものがあるという話は聞いたことがない。

 今回向かうのは未探索の洞窟らしいので、それらに混じって発見が遅れていたのだろう。


「例え小さかったとしても、洞窟は洞窟ですからね。油断せずに行かないと!」

 ナナは胸の前で握りこぶしを作り、気合を入れる。


 洞窟探検でやる気になるとは思わず、驚いてしまう。


「いま、意外そうな顔をしましたよね?」

 そんな僕の表情に気付いたのか、ナナは不満そうな表情を浮かべた。


 頬をかきながら言い訳を探していると、彼女は笑みを見せながらこう答えてくれる。


「あなたと一緒に『アイラル大陸』を旅したことで、もっと色んな場所に行ってみたいと思えるようになったんですよ? 洞窟探検でも、面白い発見に出会えるかもしれないじゃないですか」

 どことなく、ナナの思考がホワイトドラゴンに近付いているように思える。


 家族二人がホワイトドラゴンで、僕も長年その暮らしをしていたので、少しずつ影響が出てきたのかもしれない。

 会話をしながら目的地の洞窟へと歩み続けていると。


「キイイイ――!!」

「危ない!」

「きゃ!?」

 金切声のような音が聞こえた一瞬後、尖った何かが空から落ちてきた。


 いや、落ちてきたでは少し語弊がある。

 その何かは、鋭利なくちばしを僕たちに突き刺そうと急降下してきたのだ。


「ダイブイーグル……。人に襲い掛かるなんて珍しい。お腹がよっぽど空いているのかな」

 地面からくちばしを引き抜こうとしている、鳥型のモンスター――ダイブイーグル。


 このモンスターの特徴は、大きく尖ったくちばしを持っていることと、頭部に真っ赤な羽根を生やしていることだ。

 大地を歩く獲物を見つけると、一気に急降下し、くちばしで貫いて仕留めるという習性を持っている。


 大型の生物を狙うことは少ないが、切羽詰まった状態ではやむなく襲い掛かることもあるそうだ。


「コイツとは幾度となくやり合ったぜ……。くちばしと、赤いとさかは結構な金になるんだぜ。肉はあんまうまくねぇが」

「私と組むようになるまで、本当にどう生きてたのよ……。その日暮らしってレベルじゃないでしょ……」

 武器を抜き取った僕たちの姿を見て、くちばしを地面から抜き終えたダイブイーグルが威嚇をしてくる。


 空腹のせいか、だいぶ気性が荒れているようだ。

 ここで逃がしても他者を襲いかねないので、退治した方がいいだろう。


「よっしゃ! オイラから行くぞ!」

 一番乗りで攻撃を仕掛けるウォル君だが、その攻撃はダイブイーグルが素早く空中へと飛び上がることで回避されてしまう。


 奴は悠々と飛び回り、どことなくこちらのことを馬鹿にしているように思えた。


「うげ……。先んじて飛ばれちまった……。こうなったら手出しできないってのに」

 空を飛ぶダイブイーグルを、ウォル君は苦々しげに睨みつける。


 空中を自在に移動する敵が相手では、剣士は無力だ。

 こればっかりは強化魔法を使ったところで変わらないので、ナナとアニサさんを主軸に戦うとしよう。


 二人も最初からそのつもりだったらしく、杖を構えて魔法の準備をするのだが。


「ピギャアア――!?」

 突然、ダイブイーグルの悲鳴が響き渡った。


 どういうわけか奴はバランスを崩し、地面へと落下している。

 翼をはためかせ、浮き上がろうとしているようだが、何かが邪魔で思うようにできないらしい。


 目を凝らしてよく見てみると、その背に人の姿らしきものが見えた。


「お、おい……! 何でレイカがあんなとこにいんだよ!? いくらアイツでも、あんなに飛び上がれるわけがないだろ!?」

 ダイブイーグルと共に落下してきている人物は、なんとレイカだった。


 慌てている僕たちを気にする様子もなく、彼女は剣を振り上げる。


「ごめんね……。それ!!」

 振り上げた剣を、ダイブイーグルの背に叩きつける。


 奴はきりもみ回転をしながら地面に落下し、それっきり動かなくなってしまった。


「よいしょっと……。やった! うまくいったみたい!」

 魔法を使って上手に地面へと着地したレイカは、満足げな笑みを浮かべながら僕の元へ歩み寄って来た。


 彼女の目論見はすべて成功に至ったようだ。


「圧縮魔を空間に使ってみる……だっけ? 本当にうまくいくなんてなぁ……」

「新しい魔法だもん。色々な使い道を模索しないとね!」

 そう言ってレイカは、右手の甲を見せてくれた。


 既に消え去っているが、右手には僕と同じように三魔紋が刻まれている。

 彼女が空高くでダイブイーグルを捕らえたのは、圧縮魔のおかげだ。


「一発で倒せてるみたいだな……。すげぇぞレイカ! お前、そんなこともできるんだな!」

「えへへ……。ありがとうございます!」

 ダイブイーグルの様子を調べ終えたウォル君が、レイカのことを讃えてくれる。


 はにかみながら彼女はお礼を言い、彼の元に歩み寄っていく。

 共に素材を集めるつもりなのだろう。


 離れていったレイカの代わりに、今度はナナが近寄って来た。


「私たちがずっと構想を練っていたものを、レイカちゃんは一瞬で越えていく。すごい子ですよね」

「うん、あの能力が羨ましいよ。僕には見ても聞いても理解できなかったってのに」

 空間に圧縮魔を使うという考えは、レイカが思案したもの。


 僕も彼女の理論を聞いて挑戦してみたのだが、あそこまでのことはできない。

 それ以前に、理論自体が理解できなかったのだ。


「本当に、一人だけじゃ何にもできないってのが身に染みて分かるよ……」

「ふふ……。レイカちゃんにはレイカちゃんの考え方があるんです。あなただけの圧縮魔を見つければいいと思いますよ」

 左手の甲を見つめつつ、ナナの言葉にうなずく。


 見えないはずの三魔紋が、うっすらと形を示した気がする。


「圧縮魔、本当にいらないのかい?」

「ええ、いりません。いまは自分の力の復活を優先したいので。レン君も、似たようなことを言っていましたよね?」

 いたずらっぽく笑うナナに、僕は小さく息を吐きながらうなずく。


 人には人の成長の仕方があるので、あまり誘いすぎて本人の成長を妨げるのも違うか。


「どんな力になってくれるのかな……。頑張って、知っていかないとね」

 多くの人たちが研究を続け、僕たちが成就させた魔法、圧縮魔。


 この世界に、一体どのような恩恵を与えてくれるのだろうか。

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