「ここが目的の洞窟かぁ……。草木に隠れてて見つけにくかったね」
「ちょっと不気味」
日が天上に到達する少し前。僕たちは、岩の壁に穿たれた大きな穴を発見した。
入り口は人が通るには十分すぎるほどの大きさがあり、同様の広さで奥まで続いているようだ。
剣を振り回すなんてことをしない限りは、内部で戦いになっても問題はないだろう。
「洞窟内の情報はないんですか?」
「これといった情報はないのよねぇ……。最初の発見者が少しだけ中に入ったらしいんだけど、モンスターを見かけたからすぐに引き返しちゃったんだって」
ナナとアニサさんが、洞窟内部についての会話をしている。
モンスターが住みついている洞窟であれば、深さはそれなりにあるかもしれない。
危険な空気が充満している可能性も低いだろう。
「よっし! 本格的な冒険の時間だぜ! オイラとソラが前を歩くから、後に続いてくれ!」
「適当ね~……。レイカちゃんとレン君は真ん中で。魔導士組は後ろでいいわよね?」
「ええ、もちろんです」
ランタンに明かりを灯しつつ、洞窟内を進む隊列を決めるウォル君。
粗略だったのでアニサさんに修正されたものの、僕が前を歩くことに異存はない。
「それじゃあ入ってみようか。レン、いざという時の回復、よろしくね」
「うん。任された」
洞窟に足を踏み入れると、奥から冷気が漂ってきていることに気付く。
岩肌が湿っている可能性があるので、注意したほうが良さそうだ。
「すぐ近くにモンスターの気配はなさそうだ。しばらくは安全に進めそうだな」
冒険は始まったばかり、これから様々なモンスターが姿を現すだろう。
情報も集めたいところだが、皆の安全を守ることを第一に考えなければ。
「そういえば、ウォル君たちは洞窟を探索したことはあるの?」
「とーぜんだろ! オイラが冒険者になって初めての冒険は、洞窟探索だったぜ!」
最初から洞窟探検を選ぶとは、なかなか肝が据わっている。
森などの比較的探索しやすい場所から始めるとばかり思っていたのだが。
「森はオイラがチビの頃から毎日のように走り回っていたからな! 森の探索は優先度が落ちるぜ」
どうやら、幼い頃から行動方針は変わっていないようだ。
根っからの冒険好きが、今日まで続いたと言ったところか。
「おかげで連れまわされる私はいい迷惑よ……。まあ、洞窟探索をやりたがる人は少ないから、その分報酬は良いんだけどね」
モンスターが居るかもしれない暗闇に自ら乗り込むのは、どんなに経験が豊富であっても嫌だろう。
最初から明かりがついているならば手を挙げる人は増えるだろうが、それでは冒険とは言い難い。
ウォル君のように、暗闇に向かって行ける人物は重宝されるはずだ。
「洞窟の最深部には何があるんだろう。ソラ兄と姉さんが話してた、海辺の洞窟みたいな景色がここにもあるかな?」
「う~ん……。綺麗な景色はさすがにないんじゃないかな……」
僕の返答を聞き、レンはがっくりと肩を落とす。
冒険が始まったばかりだというのに、落胆させるようなことは言うべきではなかったか。
「レン君は綺麗な景色を描くのが好きなんだっけ? 私も絵が描けたらなぁ……。色んな色の宝石が光り輝く洞窟とか、美しい地底湖とか」
「ぐふ……」
何気ないアニサさんの言葉が、レンの胸に突き刺さっていく。
冒険をしたこと自体が初めてなので、こればっかりはしょうがない。
「レンも一緒に冒険に出てみるか? いまは子どもだから、お前だけを連れて行くのは無理だけどな!」
「ぐぐ……! 誘ってくれるのは嬉しいけど、子ども扱いは……!」
まだ十代前半なのだから、子ども扱いするなと言う方に無理がある。
レンが憤る気持ちは分からなくもないのだが。
「怒んな怒んな。二、三年経ったら連れ出してやるって」
「……約束だからね」
ウォル君たちがレンを連れ出せば、様々な交流や経験ができるかもしれない。
若干心配ではあるが、アニサさんがそばにいてくれれば問題はなさそうだ。
「専門の回復役はいつでも大歓迎よ~。ウォルがすぐにケガするから、攻撃用の魔力を取っておけないのよねぇ……。募集をしても、な、ん、で、か、入ってきてくれないし」
「仲間が増えねぇのは、オイラのせいだって言いたいのかよ!?」
二人のやり取りを聞き、皆が大きく笑い出す。
僕はウォル君と共に遠くに出かけることはできないが、いつかレンが彼らについていくのであれば、その際の土産話が楽しみだ。
「そうなると、前衛がオイラだけなのに後衛が二人になっちまうのか……。もう一人くらい――」
「なりません」
「まだ何も言ってないだろ!?」
大声で叫び続けるウォル君の姿が、とても面白かった。
●
「だいぶ進んできたけど、モンスターもそんなに手ごわくないし、このまま問題なく踏破できそうだね!」
洞窟内での休憩中、レイカが先に続く通路の様子を見ながらそう口にした。
大人しいモンスターが大多数を占めるアマロ村周辺だが、洞窟内でもあまり変化があるようには思えない。
外では見かけないモンスターでも、僕たちの接近に気付いた途端に逃げてしまう方が多いくらいだ。
「う~ん……。オイラとしては、ちょっと肩透かしだったな……。この洞窟は残念かな」
ウォル君はがっかりしているようにも、つまらなそうにも見える表情を浮かべていた。
自分の実力より格下の洞窟を探索しても、面白みはないのだろう。
僕は洞窟内のモンスター情報が得られたので、十分満足だが。
「まだ最深部についてないでしょ。もしかしたら、秘宝を守るモンスターみたいなのがいるかもしれないわよ?」
「確かに、その通りだな! よっしゃ、やる気が出てきたぞ!」
座っていた石から勢いよく立ち上がるウォル君。
その姿を見て、アニサさんはやれやれと首を振っていた。
「そろそろ休憩は終わりにして、洞窟探索を再開しようか。今日中に帰らないとあの子たちが心配しちゃうからね」
脳裏に浮かぶはスラランたちモンスターの姿。
僕たちが『アイラル大陸』に渡っていた間、いろんな人たちに三匹のことを見てもらっていたが、時折寂しそうな様子を見せていたと聞いている。
次に大陸を渡るときは、あの子たちも連れて行くべきだろうか。
だが、モンスターを連れて行くとなると、多くの人が驚いてしまうはず。
共に旅ができれば僕たちも嬉しいが、他人に迷惑はかけられない。
いまは少しでも多く彼らと触れ合い、楽しいと思える日々を増やしてあげるとしよう。
「よし、じゃあこれまで通りの隊列で進んでいくぞ。ここまでが安全だったからって、油断しないようにな!」
ランタンを手に取り、ウォル君は洞窟の奥へと進んでいく。
僕も彼のそばに移動し、前方の警戒を行う。
洞窟の奥は全く光が届いておらず、闇だけが広がっていた。
「冒険者ってすごいね。こんな暗闇の中を冒険したり、未知の領域を進んだりするなんて」
「未知の領域を冒険することは滅多にないぞ。大体の場所には人の手が入っちまってるからな。新しいものを発見するための冒険に出られる冒険者は、一握りしかいないんだ」
ウォル君の話によると、冒険者ギルドは冒険者の実力に応じて冒険可能範囲を定めているそうだ。
そのため、ほとんどの冒険者は既に調査が済んでおり、それほど危険ではないと判断された場所しか冒険できないとのこと。
調査が済んでいない土地に、経験が少ない人物を放り込むわけにはいかないので、その方針は正しいだろう。
「最高クラスになると、ギルドの許可を受けずに自由に冒険していいことになるんだ。それこそ、未知の領域に自ら足を踏み入れることだって可能にな!」
そのような冒険者になることが、ウォル君の最終目的なのだろう。
どんな場所にでも、自由に冒険をしに向かえるように。
冒険が好きな彼らしい夢だ。
「お? 奥の方が少し広い空洞になっているみたいだぞ。何かあるかもしれないな!」
ランタンを洞窟の奥へと向けると、ウォル君が言った通りに空洞が見えた。
どうやら、ちょっとした小部屋のようになっているようだ。
「あ! 奥の方に何かあるよ!」
空洞に足を踏み入れると、早速レイカが声をあげながら何かを指さした。
向けられた指の先には石の台が置かれており、その上には石碑らしき物が乗せられているようだ。
「こんな文字見たことないぞ。ソラ、読めるか?」
「僕も無理だね……。古代の文字か、それとも暗号なのかな……」
石碑に書かれている文字は、僕たちが使っている文字とは異なる物だった。
古文書でも見たことがない文字なので、かなり古い時代のものかもしれない。
「暗号だったとしても、オイラにはさっぱりだぜ……。お前らはどうだ?」
ウォル君の質問に、全員がそろって首を横に振る。
見たことがない文字では、短時間での解読は不可能だ。
「とりあえず写しておくね」
レンがスケッチブックを取り出し、石碑に書かれている文字を書き写し始めた。
いくつか欠けている部分があるが、この程度ならば暗号を解くように読み進められる。
何はともあれ、この文字の正体を理解しないことにはどうしようもないが。
「よくよく見ると、壁に燭台の跡みたいな物がついていますね。石碑といい、ここで何者かが何かを行っていた。と言ったところでしょうか」
「この先に進む道はないみたい。洞窟探索はここで終わりね」
僕たちが石碑のことを調べている間、ナナとアニサさんが周囲の探索を進めてくれた。
今回の冒険の成果は、謎の石碑の発見となるのだろうか。
「ん~。ちょっと地味だが、発見ができたのは良いことだ! 帰って祝勝会でもするか!」
洞窟探索をする意義があったとはいえ、いくら何でも気が早すぎる。
せめて洞窟外に出てから言ってもらいたいものだ。
「言っておくけど、ギルドに報告してから祝勝会よ? お酒に酔った状態じゃ報告なんてできないんだからね」
「そしたらソラたちと飯を食うのが遅れちまうだろ! その日の勝利はすぐに祝え! じゃないと、嬉しさも減っていっちまうからな!」
ウォル君の反論を聞き、アニサさんは諦めたように顔を覆う。
これではお金が溜まらないのもうなずける。
「ソラ兄。書き写し終わったよ」
レンがスケッチブックをしまいつつ報告をしてくれたので、石碑を台座から外し、圧縮魔でそれを縮めてからカバンの中にしまう。
これで、洞窟探索の目的は達成だ。
「ありがとう。それじゃあ村に帰ろ――!?」
洞窟の入り口に向かって歩き出すのだが、足元にあった石を踏みそこない、転びそうになってしまう。
よく見ると、こぶし大程度の石がいくつも地面に散らばっていた。
「危ない、危ない……。天井が崩落でもしたのかな?」
見上げてみるも、岩肌はつるつるとしていた。
崩れてきているのなら、もっとごつごつしているのでは?
そう思った瞬間。
「急に魔力が……!? ソラさん! 近くに何者かが!」
「え!?」
慌てて周囲を警戒するが、僕たち以外の姿は見当たらない。
だが、ナナが警戒を解く様子はなく、アニサさんやレンも落ち着かない様子だ。
「この部屋のあちこちから……。恐らく、魔力の発生源は……!」
その言葉で、どこから敵が現れようとしているのか気付く。
あちこちに散らばっている石たちから、魔力が噴き出しているようだ。
「マジで守護者がいるのか……! どうやら、その石碑は大切なものみたいだな!」
ウォル君が剣を抜き取り、戦闘態勢を取る。
彼の行動を合図に、各々が武器を取り出す。
それに合わせるかのように、石から感じる魔力も増大してきている。
狭い洞窟内なので逃げた方がいいかもしれないが、石碑の守護者が僕たちを追いかけまわす仕組みになっていないとは限らない。
破壊してから退散したほうがいいだろう。
「わわ……! 石たちが……!」
部屋中に落ちていた石たちが転がりながら中央に集まり、一つの存在へと変化していく。
石でできた守護者――ゴーレムが僕たちの前に現れた。