「ソラさん……。あなたは魔力を消費しすぎています。少しずつでも食べないと、いつまで経っても回復しませんよ」
「……わかってるけど……さ」
目の前のテーブルには、栄養がつきそうな料理が置かれている。
普段であれば、食器同士がぶつかり合う小気味よい音が食欲を増大させるというのに、いまばかりは耳障りにしか聞こえない。
洞窟での出来事が、僕の心を暗い闇に沈ませていた。
「やっちまったもんはしょうがねぇよ。人を巻き込まなかっただけラッキーと思っとけ」
「それは……そうだけどさ……」
村や街の中で発動しなかっただけマシ。帰ってくるまでの間に何度もそう考えたが、それでも地形を破壊してしまったことには変わりない。
あそこで暮らしていたモンスターたちの住処を奪ってしまった。
それどころではなく、モンスターたちすら圧し潰してしまったかもしれない。
凄惨な光景を思い浮かべてしまい、後悔で心が蝕まれていく。
「魔法の研究、止めない……よね?」
「……」
レンの質問に答えることができなかった。
ここで研究を止め、全てを捨て去る方が良いのかもしれない。
だが、それだけはできないという想いもまた心の中にはある。
僕がここまで努力してきたこと、圧縮魔に希望を賭けている人たちのこと、僕に願いを込めてくれた人たちのこと。
ここで止めたら、全てが壊れてしまうだろう。
「でも、怖いな……」
再び暴走させてしまったら? さらにとてつもない破壊を起こしてしまったら?
そう考えるだけで、研究を止めたいという気持ちが強まっていく。
「たったの一回だけで怖いなんて言うなよなー。冒険をやってると、何度も似たような危険に合うことだってあるぞ。オイラも、何度頭から食われそうになったことか……」
「あんたの思い出話なんて聞いてないから。黙って食事を続けてなさい」
キツイ言葉をアニサさんから掛けられ、ウォル君は落ち込みながら食事を口に運んでいた。
「でも、私もウォルの言葉は一理あると思う。一回目で危険性を理解し、二回目を起こさないように注意するだけ。そんなに気に病むことじゃないわ」
起こさなければいいと考えるのは簡単なことだ。
だが、どんなに細心の注意を払ったとしても、同じことを起こさないとは限らない。
一度やってしまったということは、再び繰り返してしまう可能性もまたあるということなのだから。
「まずいなぁ……。悪い方に、悪い方に考えちゃうよ……」
それほどショックな出来事だったということだろう。
こんな状態で研究を進められるわけがない。
誰か信頼を置ける人に明け渡した方が良いかもしれない、などと考え始めていると。
「嬉しくなかったの……?」
「嬉しく……? どういう意味だい……?」
レイカの質問の意図が理解できず、聞き返してしまう。
彼女は食器を皿の上に置き、僕の瞳を見つめながら口を開いた。
「圧縮魔が完成した時、いままでで一番生き生きしてると思ったの。あれは、研究の苦しみから解放されたから、あんな表情をしたの……?」
「研究の苦しみ……?」
進展しない研究が苦しかったのは確かであり、それから解放されることへの嬉しさがあったのも確かだ。
だが、それよりも何よりも嬉しかったのが――
「圧縮魔が僕に宿って、嬉しかったから……かな」
この魔法で何ができるのか、考えるのが楽しみになった。
単純に、魔法を使ってみたくもなった。
「……ああ、なんだ。結局、僕が嬉しさのあまり調子に乗っちゃたんだな……」
皆で魔法を使っていれば、ゴーレムの爆発を止められたかもしれない。
そう考えることもできていたのに、自分だけで攻撃を仕掛けようとしたのは、圧縮魔がどこまでできるのか知りたかったから。
好奇心を抑えきれず、圧縮魔の限界を超えて使ってしまったのだ。
「知りたいと思う気持ちは消せませんよ。それが無くなったら、あなたじゃないんですから。本当に危険なことを始めそうだったら、私が止めますから」
「うん……。ありがとう、ナナ。レイカ」
知ることで楽しいと思うこともあれば、知ってしまったことでとんでもない事態に繋がる可能性もある。
それでも僕は、沸き上がってくる好奇心を止めることができなかった。
好奇心という想いを砕くことはできないのだ。
「よっし、食欲出てきた! いただきまーす!」
食器を手に取り、盛りつけられた料理を口に頬張る。
僕好みの味付けがされており、食べれば食べるほど食欲が増してくるようだ。
「なんだ、ソラも意外と単純な奴なんだな。一発ぶん殴って、発破をかけてやろうかと思ってたのによ」
「言っとくけど、まだ引きずってることはいくらでもあるよ? 自身の想いに気付けなかったから、過ちに突っ込んだわけだしね」
これも、シルバルさんから教えてもらった教えが大切になってくるのだろう。
自分自身の想いを理解し、力として活用する。
それができていなかったから、無理をして壊してしまった。
新しい力を得たいまだからこそ、自身を見直す必要がありそうだ。
「ねえ、ウォル君。もし良かったら、軽く模擬戦の相手をしてくれないかな? さっきの冒険、物足りなかったんでしょ?」
「さすがソラ、分かってるじゃねぇか。じゃ、飯食って少し休憩したら相手をしてやるぜ」
僕の提案を聞き、ウォル君は一も二もなく受け入れてくれる。
彼に微笑みを返しつつ、食事を口に入れる速度を上げていく。
「ソラ君とウォルの戦いかぁ……。魔法を使えるソラ君の方が有利そうだけど?」
「いまのソラはまともに魔法を使えないんだろ? なら勝てる見込みはいくらでもあると思うぞ」
食事を終えたウォル君とアニサさんが、これから始まる戦いについて話している。
魔法を使えたとしても、僕が彼に勝てるかどうかは分からない。
ずっと冒険してきたという大きな強みが、向こうにはあるからだ。
「ソラ兄とウォルさんの戦い、絵に残しておく」
「頑張ってね、お兄ちゃん! 二人の戦いは、これからの経験に生かさせてもらうね!」
レイカとレンも、それぞれのやり方で応援をしてくれるようだ。
「無理だけはしないように。気力が戻ってきたとはいえ、まだ魔力を失った影響があるはずですから」
「うん、分かった。よし、ごちそうさまでした!」
食事を終わらせ、食器を片付けながら休憩をする。
やがて体が落ち着いてきた頃、僕とウォル君は摸擬剣を手に外へと飛び出した。
「一緒に戦うことばっかりで、こうして向き合うのは初めてだね」
「そうだな。お前の強さがどんなもんなのか、改めて見させてもらうぜ!」
合図とともに動き出し、お互いの武器を何度も何度も打ち付け合う。
結果は引き分け――にもならず、ウォル君の勝利で終わるのだった