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第二十三章 『アディア大陸』

最終実験

 作業机の上に、二つの箱が置かれている。

 カタカタと揺れている方の箱を開いて中を覗いて見ると、ウェアラットが元気よく走り回っている姿が。


 もう一つの箱を開くと、小石が一つだけぽつんと転がっている。

 ペンをつかみ取りながら集中をすると、小石は手のひら大の大きさに変化した。


 一方のウェアラットは特に変化は起きていない。


「圧縮魔を解放しても変化している様子はないし、圧縮できるのは非生物ってことになるのかな。そこにどんな違いがあるのやら」

 洞窟を消滅させるという事態を起こしてから、圧縮魔をより深く知るために実験を繰り返しているのだが、生物は圧縮できないという事実に気が付いた。


 なぜ生物と非生物で効果が違うのかは分かっていないが、圧縮魔を知っていくうえで疑問が増えたのは重畳。

 疑問があればあるほど好奇心は刺激され、より知ってみたいと思う気持ちが強まっていく。


 疑問が、より深い理解へと繋げてくれるのだ。


「となると、洞窟にいたモンスターたちは圧縮されてなかったのかな。逆に言うと、小さくなっていく洞窟の壁に押し潰されて――」

 洞窟内で起きていたかもしれない事態を想像したことで、吐き気が襲ってくる。


 目的のものを圧縮するだけでなく、周囲の物体をも飲み込み消し去ってしまった、どす黒い魔法。

 一体、あの魔法は何だったのだろうか。


 暴走したという理由だけで、ああなったわけではない気がする。


「別の魔法に変化した可能性もあるのかな……」

 さすがにあの魔法を再現する気は起きなかった。


 自分にとっても危険すぎるうえに、何より周囲の環境を破壊してしまう。

 いざ使うとしても、空中に放つしかなさそうだ。


「これほどの魔法を、どうして昔の人は作ったのやら」

 僕たちが求めたように、必要だったから作ったことは分かるが、どちらを目的に作ったのかが分からない。


 暮らしを便利にするためか、世界を破壊するためなのか。

 蘇らせた本人としては、前者の方が嬉しいわけだが。


「失礼します。お待ちかねのお客さんがやってきましたよ」

「お! もう来てくれたんだ! 思ったより早いね!」

 背後の扉が叩かれ、ナナの声が聞こえてくる。


 小走りで部屋から飛び出し、玄関前に向かう。

 子ども程度の背丈をした二人組、ゴブリンのプラナムさんと、ドワーフのシルバルさんの姿がそこにあった。


「ソラ様! お久しぶりでございますわ! あなた様の魔法が完成したというお手紙を拝見して、飛んできましたわ!」

「お久しぶりです、ソラ殿。ご健勝のようで何よりです」

 二人は現在もオーラム鉱山で生活をしている。


 圧縮魔が完成したので、そちらに向かうという手紙をプラナムさんに送ったのだが、その日の内に異なる便せんに包まれた手紙が返って来た。

 近い内に、彼女たちが僕たちの元へやってくるという内容が記されており、オーラム鉱山で働く人々の邪魔をするのも悪いと考え、こちらに来てもらうことにしたのだ。


「周囲に人がいれば、実験やあなたに影響が出ないとは言えませんからね。その点、集落から少し離れているこの場所であれば、気兼ねなく調べられますから」

 現状、僕は圧縮魔を信頼できる人物以外には見せたくないと考えている。


 大勢に知られて魔法を発表しろと言われでもしたら、まだ研究が終わっていない魔法を世に出すことになってしまう。

 研究は大きく進むかもしれないが、その研究の過程で多くの存在を圧し潰さないとも限らない。


 まだ、世界に知られるには早すぎる魔法なのだ。


「では早速、実験を開始いたしましょうか! 前回と同じミスリル容器をお持ちいたしましたので、魔力の封入をお願いいたしますわ!」

 プラナムさんから水色に輝くミスリル容器を受け取り、皆でリビングへと移動する。


 美しく輝いていることから判断するに、容器内には数カ月前の魔力が残り続けているのだろう。

 長期の保存ができるということも分かったので、後は封入できる魔力量を増加させられれば全ての実験は成功だ。


「レイカ様にレン様! お久しぶりでございます!」

「お久しぶりです! プラナムさん、シルバルさん!」

「久しぶりです」

 リビングにやって来ていたレイカとレンに、プラナムさんが声をかけてくれる。


 姉弟たちも実験が気になり、様子を見に来たようだ。


「それじゃあ、早速始めます! はあああ……!!」

 テーブルの上に置いたミスリル容器に、まずは魔力だけを送り込む。


 満杯になったところに圧縮魔をかけ、再び魔力の封入を繰り返していけば、大量の魔力を詰め込めるはずだ。


「二回目……! 三回目……!」

 自身の魔力量がだいぶ減ってきている。


 これ以上圧縮魔を使うと、以前のように暴走が起きてしまうかもしれない。

 不安を心の奥に抑え込みつつ、繰り返し魔力の封入を続ける。


「……解除!」

 ミスリル容器の蓋を閉めつつ圧縮魔を解放する。


 容器は水色の光を帯び、美しく輝いている。

 自身の魔力消費量がいきなり増大したということもなかった。


 暴走は起きていないと見て良いだろう。


「中身が漏れ出している様子はありませんな」

「以前と比べるまでもなく、大量の魔力が入っていますね。これなら成功で良いはずです」

 シルバルさんとナナが、ミスリル容器の様子をチェックしてくれる。


 容器の制作をした彼と、魔法に詳しい彼女に認められたのであれば、大量封入実験は完了だ。


「やっと……やっと……! これであの研究が進みますわ! 本当に、本当にありがとうございました!」

 瞳を赤くしながら、プラナムさんは僕たちに頭を下げてくれる。


 彼女の姿を見て、僕の心には嬉しいという思いより、申し訳ないという感情が浮かび上がってきていた。

 本当に、あまりにも長い時間を待たせてしまった。


「さて、それじゃあもう一つのことをやらないといけませんね」

 光るミスリル容器を持ち上げ、シルバルさんに手渡す。


 やらなければならないもう一つのこと。

 『アディア大陸』に渡り、彼女たちの国に赴くことだ。


「その件ですが、あなた様方は『アイラル大陸』から戻って来たばかりなのでしょう? まだこちらの生活に戻れている訳ではないでしょうに……」

「ご心配ありがとうございます。ですが、戻り切れていないからこそ動けるんです。僕たち皆があなた方の国に行ってみたいと思っていますから、気にしないでください」

 僕の言葉に家族もうなずき、『アディア大陸』に向かう意思を見せてくれた。


 もう少し自分の家でのんびりしたいという気持ちは確かにあるが、それ以上に僕たちはプラナムさんたちの国を見てみたいのだ。


「……分かりました。あなた方をわたくしの友人として、我々の国に招待いたします。最大級のおもてなしをさせていただきますわ。……本当に、ありがとうございます」

 お礼を言うのは僕たちの方だ。


 プラナムさんたちがここに来ていなければ、ありとあらゆるものの進展が遅くなっていた。


 モンスター図鑑に圧縮魔、ミスリル鉱石の冶金方法。

 何もかも、彼女たちのおかげで大きく進んだのだから。


「そうと分かれば、色々と準備をしないとね! エイミーさんや魔法剣士ギルドに連絡をして、許可を貰わないとだし、それ以外にも――」

「クゥーン……」

 僕の声を遮るように、いままで静かだったルトが寂しげな声を出した。


 コバも耳を垂らし、スラランの跳ね方にも元気が無いように見える。

 僕たちが再びいなくなってしまうことに、寂しさを抱いたようだ。


「その子たちをお連れしても構いませんわ」

「え? 良いのですか? プラナムさんたちはともかく、他の乗組員たちが驚いてしまうのでは……」

「わたくしたちが住む大陸には、モンスターと暮らす種族もおります。偏見を持たれることはほぼ無いと思いますわ」

「モンスターと暮らす……。そんな種族が……」

 プラナムさんが言う種族と出会えれば、モンスターと心を通わせるコツなどが聞けるかもしれない。


 得た情報次第では、モンスター図鑑の作成速度を上げていくこともできそうだ。


「じゃあ、スララン、ルト、コバ。君たちも行ってみるかい?」

「ウォン! ウワォン!」

「キャン! キャン!」

 ルトとコバは大きな声を出し、スラランは体を大きく跳ねさせて共に行きたいという意思を示してくれる。


 この子たちも、様々な世界を見てみたいと思ってくれているようだ。


「一緒に……かぁ……」

 そんな中、ナナが一人寂しそうにしていることに気が付く。


 彼女の肩に手を置きつつ、提案をする。


「パナケアも連れて行こうよ」

「え……。でも……」

 やはりナナは、パナケアのことで悩んでいたようだ。


 僕たちが再び出かけると知って、ルトたちは悲しげな行動を取った。

 あの子も同じ感情を抱き、同じように泣き出してしまうだろう。


「あの子も喋れるようにまでなってきているんだ。新しい経験をさせてあげるべきじゃないかな?」

「それはそうですけど、森のこともありますし……」

 自身の想いとは裏腹に、ナナは煮え切れていない様子。


 このまま『アヴァル大陸』を離れてしまえば、必ず後悔してしまうだろう。

 置いていくにしろ、連れていくにしろ、決めさせなければ。


「ちゃんと説明をしてこよう。そうすれば、主様も森のみんなも分かってくれるさ」

 あんなに優しい森の住人たちなのだから、パナケアを旅に出させてくれるはず。


 彼女も外の世界に興味を抱いているので、更なる成長に繋がるだろう。


「分かりました。あの子のことを心配し続けなくても良くなりますもんね。……ありがとうございます」

「お礼なんて必要ないよ。寂しそうにしているナナの顔を見る方がずっと嫌だからね。じゃあ行こう! 『アディア大陸』へ! 新たな知識を見つけにね!」

 特別な目標がないからこそ、様々な知識や経験を得る機会となる。


 『アイラル大陸』を旅した時以上に、新たな力を見つけてこよう。

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