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鉄の船

 青い海。普段であれば、どこまでも続く水に強く好奇心を抱くところだが、今日ばかりは他の事象に関心が寄せられていた。

 この場所にプラナムさんたちが乗ってきたという、船が停められているらしいのだ。


「疑わずとも、近くにおりますわ。いまは隠れているだけ。どこにあると思いますか?」

「むむ。そう言われてしまうと、何が何でも見つけたくなっちゃいますね……!」

 ここはアマロ村から南に移動した場所にある海岸であり、『戻りの大渦』間近の危険地帯。


 強力な波が常に岸壁へと押し寄せており、その影響で削り取られたいびつな形の岩たちがそこら中にひしめき、少々不気味だ。

 そんな場所に、僕たち家族とモンスターたち、そしてプラナムさんとシルバルさんが訪れていた。


「見当たらない」

「洞窟があって、そこに隠してあるとか……。でも、洞窟ができるほどの岩場もなさそうだね……」

 プラナムさんたちが乗ってきた船を見つけられず、落ち込む様子を見せるレイカとレン。


 船の停泊地を想像することすらできず、僕たちは音を上げた。


「それでは、我々の技術の粋を集めて作られた船をお見せいたしましょう! わたくしです。浮上用意!」

「浮上用意……? 海に浮かんでいる物なのに、浮き上がるって……?」

 小型の道具に向かって発せられた言葉の意味が分からず、疑問を口から出してしまう。


 そんな僕に、プラナムさんは笑みを浮かべながらこう言った。


「答えはすぐお分かりになりますわ。是非、海を見てくださいませ」

 言葉に誘われるまま、海へと視線を向ける。


 黒い岩肌に波がぶつかり、細かい潮となって飛び散っていく。

 そんな中、海中から泡が噴き出している部分を発見した。


 どんどんと量が増えていき、はじけ散る音が聞こえてきそうなほど。

 やがて海水を押し上げ、海の中から出てきたものは――


「海の中から……金属が……!?」

 とても船とは思えない形をした、金属の塊だった。


 帆もなければ木造ですらない。

 海水とはいえあんなものが浮かぶとは、どういった原理なのだろうか。


「ふふふ、驚きましたか? あれは潜水艦と申しまして、その名の通り、水の中を進むことができる船ですわ!」

 潜水艦と呼ばれた鉄の塊が、完全に海の上へと浮かび上がる。


 想像だにしない光景に、僕たちは口をあんぐりと開けることしかできなかった。


「あんな船があるなんて……。ゴブリンたちの技術ってどうなってるんでしょうか……」

「分からないけど……。海を渡ればこれ以上の技術が溢れてるってことだよね。これは……楽しみでしかないよ!」

 海を渡れば、まだ見ぬ世界、技術が溢れている。


 『アヴァル大陸』へと渡ってきた時のことを思い出し、僕の心は強く興奮していた。


「さあ、ここで話を続けていても意味はありませんわ。近寄ってみるとしましょう」

 プラナムさんとシルバルさんは、船に最も近づける場所に向かって歩き出す。


 僕たちも彼女たちに続き、いびつな形の海岸を進んでいく。


「これだけでも十分すごいのに、プラナムさんたちの国に着いたら目が回っちゃいそうだね」

「自動で動く人形や、客車の研究をしていると言ってましたよね。最初は信じられませんでしたけど、目の前の光景を見たら信じ――いや、それでも夢だと思っているほどですよ」

 船の中にも、とんでもないものがあるかもしれない。


 心を躍らせながら、僕たちは『アヴァル大陸』の端へとやって来た。


「旅程は一週間ほどを予定しております。途中空気の補充等があるので、全てが海の中での暮らしというわけではありません。が、少なくとも『戻りの大渦』を抜けるまでは海の中だと思っていただけると」

 シルバルさんが、『アディア大陸』に向かうまでの説明をしてくれる。


 『戻りの大渦』だけでも多大な苦労をする必要があるのだから、海中を進むとなると更に危険なのではないだろうか。


「渦は一定以上の深さでは発生していないのです。それでも、全ての危険を排除できるわけではありませんが……」

 海の底まで渦が存在していると思っていたが、そういうわけではないらしい。


 『戻りの大渦』という強大な障壁を無視できることは素晴らしいが、それの影響を受けるにしろ受けないにしろ、海を越えるという行為自体が難しいようだ。


「だとしても、海上を進むよりかはずっと安全ですわ! さあ、ここでよろしいでしょう。早速、小舟を出してもらえるよう連絡いたしますわね!」

 再びプラナムさんが小型の道具に声をかけると、潜水艦側が行動を起こす。


 船の上部からプラナムさんたちと同程度の身長を持つ人物が現れ、用意された小舟に乗ってこちらへと移動してくる。

 まもなくあの船に乗れると思うと、ワクワクが止まらなかった。


「まう~……」

「大丈夫だよ。ちゃんと私たちがそばにいるから」

 ナナは胸に抱いたパナケアを安心させていた。


 よくよく見ると、スラランたちもどこか落ち着きが無いように思える。

 少し気を紛らわせてあげるとしよう。


「怖かったらそばにおいで。抱きしめてあげるからね」

「ワウ!」

 ルトの体を優しく撫でると、スラランとコバも近寄ってくる。


 彼らと触れ合っているうちに、潜水艦から出た小舟が『アヴァル大陸』に接岸した。


「プラナム様! シルバル様! お待ちしておりました!」

「お疲れ様です。発進準備は整っていますか?」

「いつでも発てます!」

 小舟に乗ってやってきた人と、プラナムさんが段取りをしている。


 一度に全員はさすがに乗れなさそうな大きさなので、まずはレイカたちに行ってもらうとしよう。


「もうちょっと絵を描きたかったけど、仕方ない」

「あんな船は見たことないもんね。向こうに着いたら絵を描く時間を貰ったら?」

「そうする」

 スラランと共に、姉弟は小舟に乗って潜水艦に向かって行く。


 その間を利用して、僕たちは潜水艦の内部について話を聞くことにした。


「入り口は少々狭いですが、中は十分な広さが確保できているはずです。ヒューマンの皆様に近いであろう種族にご協力いただき、不自由なく暮らせる広さに設計してありますので」

 プラナムさんたちの体に合わせた設計であれば、船には乗れなかっただろう。


 『アディア大陸』に、僕たちに近い体格をした種族がいて助かった。


「ヒューマンに近い種族……。モンスターと共に暮らす種族がいるって言ってましたけど、『アディア大陸』には一体いくつの種族が住んでいるんですか?」

「全部で四つですわね。と言っても、ゴブリンとドワーフは変わる部分がないので、一つの種族としてまとめても構いませんわ」

 となると、全部で三つの種族が住んでいるということになる。


 モンスターと共に暮らす種族と、もう一つの謎の種族。

 どんな文化と出会えるのか、いまから楽しみだ。


「さて、小舟が戻ってきましたわね。わたくしともう一人、どちらが乗りますか?」

 戻ってきた小舟に乗り込んだプラナムさんが、僕たちに手招きをしている。


 次はナナに行ってもらうとしよう。


「分かりました。それじゃあ、パナケアちゃんを連れて先に行ってますね」

「まう~!」

 ナナたちが乗った小舟が、ゆっくりと岩場を離れていく。


 潜水艦にたどり着くまで、パナケアはこちらに向けて腕を振り続けていた。


「ソラ殿、少々よろしいでしょうか?」

「あ、はい。何でしょうか」

 小舟が戻ってくるのをのんびり待っていると、シルバルさんが声をかけてきた。


 わざわざ改まるということは、プラナムさんの前では話しにくい内容なのだろうか。


「重ねてお礼を申し上げます。我々の問題の解決策を見出して頂けただけでなく、こうして我々と共に海を渡っていただけるとは……。深く感謝いたします」

 身構えるほどではなかったものの、雇い主の前では話しにくい事ではある。


 僕からも『アディア大陸』へと向かわせてもらえることに感謝を伝え、笑い合っていると、いつの間にか小舟がすぐそばまで戻ってきていることに気付く。

 それが接岸するのと同時に、僕はコバを抱きながら陸を離れた。


「コバは僕の体にしっかり掴まってて。ルトも、僕のそばなら安全だからね」

 小舟の上で手招きをすると、ルトはぴょんと飛び乗ってくる。


 その衝撃で小舟はぐらりと揺れ、不安を覚えたコバが僕の体により強く掴まった。


「うわわわ……。こら、危ないでしょー。ゆっくり乗らないと」

 僕のそばで腰を下ろしたルトの頭を、ポンポンと優しく叩く。


 すると、いつもはピンと立っている耳が垂れてしまった。

 叱られたことに落ち込んでしまったようだ。


「それでは動き出します。ソラ殿、海に落ちないようにご注意を」

 シルバルさんの合図と共に、小舟が潜水艦に向けて動き出す。


 到着するまでの間を利用してルトの体を撫で続けていると、少しずつ耳が立ち上がっていく。

やがて潜水艦の側面に到着し、縄梯子を登る時には元の調子へと戻っていた。


「ルト、先にみんなの所に行っておいで。木登りできるから大丈夫だよね?」

「ワウ!」

 ルトは縄梯子に足をかけ、素早く登っていってしまった。


 コボルトは木の上に生る果物を登って集める習性があるのだが、縄梯子であっても問題なく登っていけるようだ。


「ちゃんと掴まっててね。さあ、行くよ」

「キャウ!」

 まだ自力では登れないコバを抱いたまま縄梯子を上がり、皆が集まっている穴に近寄る。


 どうやらここが入り口のようだ。


「上下の移動が激しいんですね」

「ご容赦くださいませ。こうでもしなければ、とても海の中を進むことができませんので」

 プラナムさんは、穴の側面にかけられている金属の梯子を伝って下りていく。


 僕たちも続いて下りていくと、底部には通路が広がっていた。

 さすがに走り回れるほどではないが、人がすれ違える程度には広さがあるようだ。


「ルトたちにはちょっと寂しいかもね……」

 背中を撫でながら声をかけると、ルトは後ろ足で立ち上がって僕の体にしがみつく。


 その状態のまま舌を出し、頬を舐めてくれた。

 僕たちがいるから寂しくないと伝えているのだろう。


「色々案内をしたい気持ちもありますが、ここに来るまでの疲れもあるでしょう。まずは皆様をお部屋にご案内させていただきますわね」

 先を進んでいくプラナムさんに続いて行くと、向かい合わせに入り口がついている部屋にたどり着く。


 ここが僕たちの過ごす部屋のようだ。


「ベッドはお互いの部屋にございますので、ソラ様たちでご自由にお使いください。先ほどの通路を逆に向かった最奥に食堂がございますので、お食事の時間になりましたらそちらにお集まりくださいね。では、また後程……」

 僕たちに会釈をし、プラナムさんとシルバルさんは食堂があると言っていた方向とは逆に進んでいった。


 二人の部屋がどこにあるか聞きそびれたが、後で会った時にでも聞けばいいだろう。


「特に内装に違いはないみたいだし……。こっちの部屋は僕とレンが、そっちは君たちが使うでいいかな?」

「分かりました。それじゃあ、部屋の中に入ろうか」

「まうま~」

 レイカとパナケアを連れ、ナナが部屋の中に入っていくのを確認してから僕たちの部屋へと入る。


 部屋の中には二段ベッドと作業机。

 それとくつろげるように、二人で使うには丁度良い大きさのテーブルとソファが置かれていた。


「部屋はちょっと狭く感じるけど……。海の中を進むための最適な形があるんだろうし、あんまり贅沢も言えないか。ふあぁぁぁ……。ちょっと疲れてきたから休憩しようかな……」

 自分の荷物を片付け、ソファに座って目を閉じる。


 スラランたちも僕のそばに近寄り、体を預けてきたようだ。


「これより船を発進させますわ。少々揺れますので、ご注意くださいませ」

 眠気に飲まれかけた頃、どこからともなくプラナムさんの声が聞こえてくる。


 動揺しつつ声の出所を探すと、天井付近の壁に穴が開いたパイプがあることに気付く。

 あれを船内に張り巡らせることで、どこにでも声が届けられるようにしてあるようだ。


「もう出航するんだね。そういえば、動力って何を使っているんだろう?」

「海の中だから波も風の力も使えないわけだし……。何か別の力があるんだろうね」

 レンとこの船の動力について想像していると、波による揺れとはまた異なる揺れが襲ってきた。


 どうやら船が動き出したようだ。


「海の中を進んでいるって分かった途端、なんか怖くなってきたね……」

「海水、入ってこない?」

 慣れない環境に、僕たちは体を震わせる。


 だが、意外と慣れは早く来るもので、食事をして入浴をすれば、何も気にすることなく眠りに落ちてしまえるのだった。

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