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機械技術

「これが海の中の景色かぁ……」

 潜水艦に取り付けられている小さな窓から、海中の様子をうかがう。


 海水を泳ぐ魚たちに、ゆらゆらと穏やかに揺れる海藻。

 大波が荒々しくうねる海上とは異なり、窓から見える景色は実に美しい。


 シルバルさんが言っていたように、『戻りの大渦』内は海中を進む方が安全のようだ。


「お兄ちゃん! そろそろ私に替わってよー!」

「姉さんはさっき見た。次は僕の番」

 場所を替われと、レイカたちが急かしてくる。


 もう少し見たかったが、姉弟たちを待たせるのも良くないか。

 その場を譲ると、二人は奪い合うようにしながら窓の外を見るのだった。


「まう~♪ まうま~♪」

「キャウキャウ!」

 モンスターたちの賑やかな声に振り返ると、スララン、ルト、コバ、パナケアが一緒に遊んでいる姿が。


 潜水艦に乗ってしばらくは警戒をしていた彼らだったが、現在はそのようなそぶりを見せていない。

 海中での暮らしに、慣れてきたのだろう。


「私たちの大陸にある本たちと比べて、サイズが小さいんですね……。可愛らしいですけど、ちょっと読みにくいかも……」

 ナナは本棚から小さな本を取り出し、中身を読んでいた。


 ここは潜水艦内に設けられた小さな図書室。

 『アディア大陸』で書き起こされた本が置かれており、学びの場として活用させてもらっている。


 小説に始まり、歴史や伝記が記された資料、中には機械について書かれている本も。

 機械の知識がない僕たちには全く理解ができない内容だったが、それでも大いに好奇心をかき立てられた。


「失礼します。ソラ様、お嬢様がお呼びです。ご同行いただいてもよろしいでしょうか」

 手に取った本を読んでいると、ゴブリンの男性が声をかけてきた。


 当たり前だが、僕たち以外の乗員はゴブリンとドワーフしかいない。

 彼らが忙しなく動き回っている姿を見ていると、僕たちが異端というか、いてはいけない存在のように感じてくる。


 まだ心を開いていなかった頃のレイカも、このような気持ちを抱いていたのだろうか。

 そんなことを考えながら要望にうなずき、狭い艦内を進んでいく。


「お嬢様はこちらにおられます。では、私はこれで……」

 鉄で作られた扉の前まで来ると、ゴブリンの男性は一礼してから去っていった。


 軽く身支度をし、深呼吸をしてから扉を叩く。

 すると中から、プラナムさんが入室を許可する声を発してくれた。


「失礼します」

 開かれていく扉の内に入ると、大きな鉄の塊を見つめるプラナムさんの後ろ姿が目に入った。


 鉄の塊からはゴウンゴウンと音が響いており、稼働していることだけは理解できる。

 が、何のためにある存在なのか見抜くことはできなかった。


「ようこそソラ様。ここはこの艦の動力を生み出している場所。人で表すならば、心臓部分と言える部分ですわね」

 動力を生み出すと言われてもいまいちよく分からないが、目の前にある鉄の塊は動かし続ける必要がある物だということは理解できた。


 乗組員たちが忙しなく作業を続け、時計に似た道具で異常が出ていないか調べている。

 そんな重要な場所に僕を呼ぶとは、いったい何の用事だろうか。


「この潜水艦そのものや、目の前にある機械。これらを見て、わたくしたちが機械技術を発達させてきた理由は分かりますか?」

「そう、ですね……。日々の暮らしを便利にするため、でしょうか?」

 人々が技術を伸ばそうとする理由は、辛い作業を楽にするため、時間に追われないようにするためなどと想像ができる。


 ゴブリンとドワーフたちも、同じ考えを持っていると思ったのだが。


「ふふ……。とても優しく、それでいて呑気な意見ですわね」

「それ、褒めているんですか……? どちらかと言うと……その……」

「いえ、決して馬鹿にしているわけでも、呆れているわけでもありませんわ。むしろ羨ましいと思っているほどですの。気を悪くさせてしまい、申し訳ありません」

 プラナムさんは僕に体を向けると、寂しそうな表情を浮かべながら頭を下げた。


 彼女が自身の技術に誇りを抱いているのは確かであり、信じているのも確かだろう。

 だがどこか、否定的に考えている部分もあるようだ。


「ソラ様の言う通り、機械技術はわたくしたちの暮らしを便利にさせてくれました。こうして海の中を進み、大陸を渡るなど、様々なこともできるようになりましたわ」

 海の中を移動できる船など、僕たちには前代未聞の代物。


 何がどうなればこのようなものを作れるようになるのか、疑問に思ったほどだ。


「ですが、我々の根底にあるのは便利さの追求ではありません。他者を、敵を蹴散らすことです」

「蹴散らす――って、まさか……!?」

「事の始まりは、わたくしたちが何者にも負けることのないように発展させた、暴力の技術なのですよ」

 真実を発したプラナムさんの表情はとても暗く、悲しそうなものだった。


 始まりが他者を傷つけることを目的としていれば、技術を否定的に考えてしまうのも無理はない。

 僕も誰かのためになることを願って圧縮魔を復活させたものの、暴走させてしまったがゆえに大いに落ち込んだのだから、彼女の気持ちが分かる。


「わたくしたちの大陸は、深き森が光を阻む森林地帯、険しい山々で構成された岩山地帯、草木どころか水すら流れぬ砂漠地帯。この三種類の環境で構成されています。我々は、砂漠出身の種族なのです」

「ならば、他の地帯から資源を集める必要がありますよね……。もしかして、そこには既に他の種族が?」

 プラナムさんはくるりと背を向け、再び鉄の塊へと視線を向けた。


「豊富な資源を得るために、わたくしたちの祖先は遠征を続けていました。ですが、ご存じの通りわたくしたちは体が小さく、魔法が使えません。戦いに敗北することの方が遥かに多かったのです」

 ゴブリンやドワーフには力が強いという特徴があるらしいが、それでも魔法やリーチを生かした攻撃をされればなすすべもないだろう。


 しかも攻め入る側となれば、地の利を生かした戦闘すらままならない。

 敗北が多かったというのはうなずける話だ。


「他の種族に勝つためには、技術を鍛え上げるしかありませんでした。それが機械技術なのですわ」

 確かに、以前見せてもらった銃を戦いに持ち出されれば、大きな脅威となるだろう。


 未知の武器が出てくることを想像するだけで、身震いがしそうだ。


「いまの技術になるまでには、多くの辛酸を舐めたそうです。進まぬ作業による仲間内でのいさかい。完成に至った物が、あっという間に破壊されてしまう苦しみ……」

 ゴブリンとドワーフが、どれほどの苦しみを耐えてきたのかは分からない。


 だが、知るべきことではあると思えた。


「勝てるようにはなったんですか?」

「ええ。最終的には常勝と言えるほどに。ですが、我々は調子づいてしまったのです」

 再び僕に向けられたプラナムさんの表情は、とても硬いものだった。


 彼女は深呼吸をし、ゆっくりと口を開いていく。


「他の種族から、仕返しとばかりに奪ってしまったのです」

 負け続けていた反動から、そういう考えに至るのは理解できなくもない。


 だが、一度そういった発想に至ってしまえば。


「領土を奪い、資源を奪い、権利を、命をも奪う。我々は、止まれなくなってしまったのです」

 勝利する喜びを知り、持たざる者から持つ者へと変わったことから、歯止めが効かなくなってしまったのだろう。


 つかみ取った幸福を逃がさぬよう、更なる幸福を得たいがために、異なる種族を痛めつけていく。


「大陸一の力を持つ種族となり、奪った資源を活用して多くの知識や利益を生み出していきました。ですが――」

「種族内の抗争が、起きてしまったんですね……?」

 奪い合いで力を増していくうちに、戦う相手がいなくなってしまったのだろう。


 抑え込むべき力は暴走し、その力の矛先は同じ種族内の、力ある者同士へと向けられていく。


「種族は分断され、長きに渡る戦いにより国力は大きく衰退。多くの民の命が失われました。力を得るために行動していたら、手にした力で自らを破壊したのです」

 一体どれほどの惨劇が起きたのか、想像することすらはばかられる。


 隣人を自らの手で討つことなど、考えたくもない。


「本当に、馬鹿な話ですわ。同じ大陸内どころか、同じ種族内で争いを始めてしまうなんて……。他の種族から奪っていいという話ではありませんけどね……」

「力に溺れてしまったということですね……。僕も、少し前にそうなりかけました」

 得た力を過信し、相手が何者であろうとその力を振りかざす。


 いつの間にか大切な存在をも傷つけ、破壊してしまう。

 僕も一歩間違えていれば、家族とウォル君たちを失っていたのだから。


「これが、わたくしたちと機械技術の歴史ですわ。面白くもないお話を聞かせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ……。始まりを知ることができて良かったです。興味自体はありましたからね……。ですが、どうしてこのお話を僕に?」

 なぜプラナムさんは、自分たちの汚点ともいえる話をしようと思ったのだろうか。


 そんなつもりは今更ないが、僕たちが協力しなくなる可能性もあっただろうに。


「繰り返してほしくないからですわ。あなた方が我々の技術に追いつくには、かなりの年数がかかるのはお分かりだと思います。ですが、いずれ必ず到達することになる。その時に、同じ過ちを繰り返してほしくないから……」

 僕だけに言っても無理がある話ではある。


 だが、僕にはそれを残せる要素がある。きちんと記しておこう。


「さて、ここまでは過去のお話。ここからはいまのお話をしようと思います」

 プラナムさんはそばにある机に移動し、そこに置かれていたミスリル容器を手に取る。


 相変わらず、容器は美しく輝いていた。


「これまでのお話を聞いて、それでもあなた様はご協力をして頂けますか?」

「何をいまさら言っているんですか。そんなのあたりまえ――」

「これを使って、わたくしたちがあなた方の大陸を攻めることになっても?」

 僕の言葉を遮るように、プラナムさんは冷たく言い放つ。


 何を言っているのか理解できず、困惑していると。


「我々は恐れているのです。いずれ、あなた方や他の種族たちが、我々と同じ技術を手にしてしまったら……と。再三にわたりお伝えしますが、我々は魔法を使えません。あなた方が技術を得ればどうなるか、お判りでしょう?」

 必ずしも戦いに繋がるとは限らない。


 されど、ゴブリンとドワーフたちの優位性が下がれば、彼らにとっての苦しみの時代が再び訪れることは容易に想像がつく。


「ですから、我々は魔力を求めたのです。何も知らない他の大陸の種族を連れてきて、魔力を提供させ続ければ良いのでは……と」

 プラナムさんたちは、魔力を扱える人物が欲しいと言っていた。


 いざ争いが起きたとしても、自分たちが優位性を保てるように。

 つまりはそういうことだったのだろう。


「……『アヴァル大陸』から離れた後からの説明となってしまい、申し訳ありません。もし、我々に幻滅されたというのであれば、いまからでも――」

「協力しますよ」

 僕の言葉を聞き、プラナムさんは驚く様子を見せていた。


 どうやら、確実に断られると思っていたようだ。


「ヒューマンにミスリル鉱石の製錬方法を教えてくれましたよね。力をつけられたくないのであれば、もってのほかの行動です。なぜ、それをしたのですか?」

「それは……」

「新たな技術を得て、喜んでいる人を見たかったから、ですよね? あなたには得た技術を広め、共有していく心がある。それならば、僕はあなたに協力しますよ。あなたの友として」

 瞳を潤ませながら、プラナムさんはにっこりと笑ってくれた。


 とてつもない技術を持っていても、間違えたり悩んだりすることはある。

 最終的には彼女たちが行動しなければならないが、その道中は僕も手伝おう。


 魔法剣士として、彼女らの友人として。


「そうだ。僕たちに、このエンジン――いや、それだけでなく、いろんな機械のことを教えてくれませんか?」

「ええ、よろしいですわ。どんなものかというだけでなく、作り方もご教授させていただきますわね!」

 その後、図書室内で機械技術に関する講義が行われることとなる。


 全く触れたことがない分野に、僕たちの頭からは煙が出そうだったが、お互いにとって有意義な時間となるのだった。

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