「日差しも潮風も気持ちいいね~。パナケアも、気持ちいいかい?」
「ま~ままま~う♪」
潜水艦ハッチ上部にて。僕とパナケアは日光浴をしていた。
今日で航海は一週間目。『戻りの大渦』はとうの昔に脱出し、もう間もなく『アディア大陸』が見えてくる頃だ。
「日差しを遮るものが無いから思いっきり日光を浴びられるし、波も穏やかで眠くなってくるよ。毎日、こんな気候だと良いんだけどな~」
「ま~う、ま~う♪」
パナケアは植物のモンスターのため、日光浴が特に好きだ。
海中を進んでいる間、潜水艦内に取り付けられた照明しか浴びられなかったせいか、少し元気がなくなっている時もあったが、すっかり元通りになっているようだ。
「よいしょっと……。お兄ちゃんとパナケアちゃん、やっぱりここにいたんだ」
潜水艦内へと続く穴から、レイカがぴょこりと顔を出している。
彼女も暖かい日光と、穏やかな潮風を感じに来たのだろうか。
「プラナムさんがね、そろそろ『アディア大陸』が見えてくるって教えてくれたんだ。せっかくだし、外で見てみようかなって思って」
「なるほどね。じゃあ、みんなで大陸が見えてくるのを待ちながら日光浴しようか」
「ま~い♪」
穏やかな空気の中、潜水艦は海上に出たまま進んでいく。
やがて正面には小さな点が出現し、少しずつ横に広がりだす。
どうやら大陸が見えてきたようだ。
大陸の姿が大きくなるごとに、『アイラル大陸』や『アヴァル大陸』とは異なる点を一つ発見する。
『アディア大陸』は、周囲を絶壁に覆われた自然の要塞だったのだ。
「これ……どうやって登っていくんだろ……」
「別の方角に港があって、そこに昇降機か何かが用意されているのかもしれないね」
僕の想像とは裏腹に、潜水艦は方向転換するどころか真っすぐ『アディア大陸』に近づいていく。
断崖絶壁に横付けされた後、動くのをやめてしまった。
「まさか本当に、これを登っていくんじゃ……」
「潜水艦の整備もしなくちゃいけないから、さすがにありえないと思うけど……。一体、どこから上陸するんだろうね」
目の前の断崖は、どう見ても数十メールはあるように思える。
足をかける場所もないので、強化魔法を使っても登れないだろう。
「皆様、お待たせいたしました。上陸準備が整いましたので、一旦潜水艦内にお戻りください」
潜水艦の乗組員がハッチから顔を出し、僕たちに手招きをした。
上陸できるようになったのに、艦の中に戻れとはどういうことだろうか。
疑問が浮かんだが、まずは言う通りにして艦内で質問をするとしよう。
「よいしょっと。ハッチも閉めるということは、海の中に潜るのですか?」
「ええ。『アディア大陸』は断崖絶壁に囲まれており、海上からは上陸できません。が、海中部分のとある場所だけ大きな穴が開いており、そこから大陸内に入れるんですよ」
プラナムさんたちが潜水艦で『アヴァル大陸』にやって来た理由に、ようやく気付く。
いくら機械技術が凄まじかろうと、別大陸が有する障害を事前に把握することは難しいはず。
彼女たちが潜水艦を利用したのは、『戻りの大渦』を抜けるためではなく、そうしなければ『アディア大陸』からの出入りそのものができなかったからだろう。
「図書室に行ってみようよ! 洞窟を進む様子が見えるかも!」
「そうだね、行こうか!」
乗組員と別れ、早足で図書室へと向かう。
潜水艦が静かに揺れ出し、海の中へと進み始めたことに気付く。
見過ごすことを恐れた僕たちは、さらに足を急がせる。
図書室の扉を開くと既にレンが窓に張り付いており、ナナも彼の肩越しに海の中を見つめる姿があった。
「ありゃ、僕たちの方が遅かったみたいだね。もう洞窟の中に入ったのかな?」
「まだですね。潜り続けている状態なので、穴すらまだ見えてません。レイカちゃん、私の代わりに見る?」
「良いんですか!? 見させてください!」
姉弟は、狭い窓を分け合うようにして海中を見つめだす。
そんな二人の背を、パナケアは不思議そうに見つめていた。
「パナケアちゃんはよくわかんないよね。おいで、こっちで遊んでよ?」
「まう!」
パナケアを抱き上げ、ナナはソファに腰を掛ける。
僕も彼女たちのそばに移動し、楽しそうな姉弟の様子を見ることにした。
「あ、お日様の良い匂い。お日様、いっぱい浴びてきたんだね」
「まう! まう!」
ナナに抱きしめられ、パナケアは嬉しそうに笑みを浮かべる。
やがて潜水艦は潜水を停止し、ゆっくりと前進していく。
どうやら海中にあるという穴に侵入し始めたようだ。
「真っ暗だね……。海藻とかは見えるけど、お魚はいないのかな?」
「なんか、思ったより地味かも」
海中の洞窟とはいえ、心躍る光景が見られるというわけではないようだ。
潜水艦はゆっくりと前進を続け、やがて停止して浮上を始める。
窓からは温かな光が差し込み――
「長らくの航海、お疲れさまでした! 『アディア大陸』に到着です!」
図書室の扉が開かれ、乗組員が到着を知らせてくれた。
僕たちは荷物を取りに自室へと戻り、促されるままにハッチへと続く梯子を登る。
ハッチから顔を出すと、そこには不思議な空間が広がっていた。
「すごい……。空洞に、こんな船着き場が……」
天井には大きな穴が開いており、そこから日差しが降り注いでくる。
見たことのない石材で作られた建物には大量に窓が取り付けられており、人々が忙しなく動き回る様子が見えた。
建物近くには客車に似た乗り物が置かれており、それを整備する人もいるようだ。
「お兄ちゃん! 早く出てくれないと、後がつかえちゃってるよ!」
「あ、ああ、ごめん。驚くのは後にしないとね」
梯子を登り切り、邪魔にならない場所で改めて周囲に視線を向ける。
どうやらこの場所は、海へと洞窟がつながっている地底湖のようだ。
「わぁ……。すっごーい……!」
「姉さん、邪魔」
レイカも僕と同じように足を止めてしまったらしく、レンに邪険に扱われていた。
姉弟に続いてナナも外に出てきて、モンスターたちも姿を現す。
僕たち家族は未知の光景に目をとられ、呆然としたまま『アディア大陸』に上陸するのだった。