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砂原を走る

「すごい……。目の届く限り、砂と岩の大地なんだね……」

 レイカとレン、それにモンスターたちを連れ、僕は『アディア大陸』の大地を観察していた。


 しゃがみ込み、足元の砂を掬ってみると、さらさらとこぼれ落ちて行ってしまう。

 日射に晒され続けているせいか、水分を蓄えることができていないようだ。


 これほどまでに荒涼とした大地では、奪い合いが発生するのも無理はない。

 『アヴァル大陸』の豊かな環境が、プラナムさんたちにはどのように映ったのだろうか。


「ワウワウ」

「ん? ルト、どうかしたかい?」

 ルトが石らしきものを口に咥えて持ってきた。


 こぶし大の、変哲もない石のように思えたのだが。


「……え!? 動いた!?」

 平坦な砂の大地に置かれたそれは、誰も触れていないのに勝手に転がりだしたのだ。


 驚きつつも追いかけていると、プラナムさんが大穴のふちから登ってきた。


「おや、なかなか珍しいモンスターを見つけましたわね。あれはストーンスライムと言いまして、そこにいるスラランに近い種族ですわ」

「あ、あれがスライムなんですか!?」

 どこからどう見てもスライムには見えない。


 柔らかで、プニプニとした姿ですらないのに、スライムとはどういうことだろうか。


「自身の周りに砂を集め、擬態するスライムがいるのですが、それが長い年月をかけるとあのように硬い石の体へと変わっていくのです。臆病な性格をしているので、危険はありませんわ」

 逃げていくストーンスライムを、スラランが飛び跳ねながら追いかけていく。


 スノウスライムもそうだが、環境が異なると大きな変化が出てくるようだ。


「他にもたくさんのモンスターがこの砂漠におりますわ。中には危険な存在もいますので、ご注意くださいまし」

 過酷な環境のため、強力なモンスターがいるかもしれない。


 モンスターの調査をする時は注意をする必要がありそうだ。


「できあがり。後は色付け」

「すごい、すごい! お兄ちゃん、レンの絵を見てあげてよ!」

 周囲の様子を見ていた間、レンは大穴から覗き見える潜水艦の絵を描いていた。


 難しい構図だろうに、まるで景色そのものをスケッチブックに封じ込めたような絵がそこにはある。

 満足げな表情をしていることから、本人も良い絵を描けたと思っているようだ。


「スケッチも終わったようですし、そろそろ出発いたしましょうか。車を使い、我々が住む国までお連れいたしますわ」

 再び大穴へと戻り、車と呼ばれた箱型の乗り物に足を踏み入れる。


 一度に全員は乗り切れなかったので、一号車にプラナムさん、ナナにパナケア、レイカとレン。

 二号車にシルバルさんと僕、ルトとコバにスラランと分かれて移動をすることになるのだった。


「それでは発進いたします。道が整備されていないがために、大きく揺れますのでご注意をお願いします」

 駆動音が発せられ、僕たちが乗り込んだ乗り物――車が砂の上を走り始めた。


 言われた通り、激しい揺れが僕たちを襲い、体がこわばる。

 ルトとコバは耳をそば立てながら僕に身を寄せ、スラランも不安そうに膝の上に移動してきた。


「こんなに速いとは……。僕たちの大陸にある、どのような乗り物でも相手にならなさそうですね……」

「これが機械技術です。いまは操作をする者が必要ですが、いつかは完全自動の物を作ろうと研究が行われておりますよ」

 人の手を借りずに高速移動ができるようになれば、物資の輸送や人の送迎は楽に、コストの低減にも繋がるのだろう。


 しかしなぜ、人ではなく機械の力で動かされると思うと不安になるのだろうか。

 精密な機械の方が、人よりもミス等が少なると思うのだが。


「大きな変化への不安と言ったところでしょうね。ところで、ご気分を害されてはおりませんか? 慣れない乗り物で、荒れた道を進んでいるわけですからね」

「いまのところは大丈夫ですね。最初は不安を抱いていたルトたちも楽しくなってきたみたいですし。窓から入ってくる風、気持ちいいかい?」

「ワウ! ワウ!」

「キャウーン!」

 先ほどまで不安そうにしていたのもどこへやら、ルトたちは窓から周囲の様子を眺めていた。


 ここまでのスピードで移動するのはモンスターでも無理があるので、新鮮な感覚なのかもしれない。


「おおっとっと……。とはいえ、さすがに揺れますね……」

「舗装も何もされていない道ですからね……。国に入れば揺れることはなくなるので、もうしばらくご辛抱を」

 一号車に乗っている皆は体調を崩していないだろうか。


 特にレンはこういった揺れに弱いので、寝込んだりしていないとよいが。


「これがお二人の国の技術なんですね。僕も操縦してみたいという気持ちが湧き上がってきますよ」

「操縦には資格が必要ですし、運転席の規格があなた方の体と合っていないので、いましばらくは不可能でしょうね……。いずれあなた方も同じ技術を得られますよ。その時を楽しみにしていてください」

「どれだけ未来のことやら……。あ、でも、技術提供をして頂ければすぐにでも作れるようになるのかな?」

 仕組みさえ理解してしまえば、ヒューマンでも車を作ることはできるだろう。


 もっとも、教わるだけでなく、思考錯誤をしていく必要はある。

 プラナムさんたちに頼りきり、依存してしまうのでは危険なだけだ。


「まだ遥か遠くではありますが、目的地が見えてきましたよ」

 運転手の声を聞き、窓から身を乗り出して進行方向に顔を向ける。


 遥か遥か先、陽炎に揺らめく建造物らしきものが見えた。


「あれがシルバルさんたちの……」

「名を帝都ドワーブン。別名、機械の国です」

 車はさらに速度を上げ、帝都と呼ばれる国へと近づいていく。


 やがて、その全貌が肉眼で見えるようになった。


「すごい……。王都のお城や壁よりも、ずっと高い建物があんなに……」

 見える範囲だけで、数十もの巨大な建物がそこにあった。


 あの建物たちの陰に隠れている物もあるのだろう。

 砂の大地の中にこれほどまでに巨大な国があるとは、少々不釣り合いというかなんというか。


「あの高い建物たちのほとんどに人が住んでいます。この国は砂漠の中にあるため、新たに広げていくことが難しい。上に向かって大きくなっていくしかなかったのです」

 建物を作るスペースに困り、代替案として高い建物を作ったということか。


 とてつもない労力が、あれらの建物には割かれているのだろう。

 それとも、機械の力で容易に作れるのか。


「正面に見える橋を渡り、トンネルを抜けると帝都に入ります。橋の入り口には関所があり、確認のために止められると思いますが、お嬢様が話をするようなので問題はないはずです」

 言われた通りに車は関所で一旦停止し、プラナムさんが番兵と会話を始めた。


 僕たちには特に声をかけられることもなく、やがて車は動き出して帝都へと続くトンネルに入っていく。

 トンネルはいくつかの照明がある程度で薄暗く、不安をかき立ててくる。


「む? あれはラウンド研究所の研究員? なぜ、このような所に……」

「どうかしましたか? シルバルさん」

 独り言をつぶやいたと思ったら、シルバルさんは身を乗り出して過ぎ去った道を見つめだした。


 薄暗い中で、何かを見つけたようだが。


「ああ、いえ。トンネル内を歩く帝都民を発見しまして。少々気になっただけですよ」

「そうなんですか? 暗くて気付かなかったな……」

 このトンネルを歩いているということは、砂漠に出ていく用事があるのだろうか。


 かなり距離のあるトンネルを、歩いて移動するというのも少々不自然に思えるが。


「もうすぐ帝都に入ります。最初にお嬢様が勤めておられる研究所へと向かいますが、宜しいでしょうか?」

「大丈夫です。お願いします」

 前方に小さな光が出現し、少しずつ大きくなっていく。


 それは僕たちが乗る車を飲み込み、白く視界を奪う。

 やがて明るさに慣れ、ゆっくりと目を開くと――


「すごい……。こんな街が存在するなんて……」

 いくつもの巨大な建物が所狭しと並べられ、その間を縫うように道が繋げられている。


 空にも道が作られており、その上を何十台もの車が走っているようだ。


「これが我々の国、帝都ドワーブンです。ふふふ……。驚きのあまり、口が空きっぱなしになってますよ」

「え? あはは……。これほどの光景を見てしまえば、誰でも口を開けちゃいますよ」

 恐らく、相当な間抜け面をしていたのだろう。


 だが、そうなってしまう程に目の前の光景は素晴らしいものなのだ。


「まだまだたくさん目新しいものがあると思います。楽しみにしていてくださいね」

「分かりました! 興奮しすぎて倒れないように注意しますね!」

 笑い声を車内に響かせながら、車は音を立てて帝都を走っていく。


 走り続けること数十分。僕たちが乗る車は、とある建物の前で停車した。

 金属の歯車が灰色の壁にはめ込まれ、うごめいているという、どことなく不気味な雰囲気を醸し出しているこの建物が、僕たちの目的地なのだろうか。


「ソラ殿。まだ市井の方々に姿をお見せしないよう、ご注意ください。ほとんどの国民はあなた方のことを知りません。いまここで注意を引いてしまうと、厄介ごとに巻き込まれかねませんので」

「わ、分かりました。では、合図があり次第建物に向かう形になりそうですね」

 車の中で待機をしていると、プラナムさんが建物の前で手招きをした。


 その合図に従って車外に出ると、一号車に乗っていたナナたちも同じように降りてくる。


「すごい国だね。この時点で目が回りそうだよ」

「ホントですね……。レイカちゃんたちなんて、車内で左側に移動したり、右側に移動したりで大変でしたよ」

「「えへへ……」」

 プラナムさんの元へと向かいながら、家族たちと会話をする。


 僕も一号車に乗っていたら、それは騒々しいことになっただろう。


「皆様。長旅、誠にご苦労様でした。ここが我々の研究所ですわ。オイル等で滑りやすくなっている場所もあるかもしれませんので、ご注意くださいませ」

 研究所の入り口と思われる半透明の扉の前にプラナムさんが立つと、何をするでもなく勝手に扉が開いた。


 建物内で誰かが開いた形跡はない。まるで魔法だ。


「申し訳ありませんが、モンスターたちはそちらのお部屋でお待ちするようお願いいたしますわ。精密機械がありますので、毛などが巻き込まれると大変ですので……」

「分かりました。ごめんね、ルト、コバ、スララン。ちょっとだけ待ってて」

「クウーン……」

 寂しげな様子で、モンスターたちは別部屋へと入っていく。


 パナケアも人に限りなく近い姿をしているが、待っていてもらう方が良いだろう。


「パナケアちゃんのこともありますし、私もあの部屋で待っていましょうか?」

「係の者に見てもらうので大丈夫ですわ。ナナ様も、安心してご見学をお楽しみくださいませ」

 パナケアを歩み寄ってきた人物に託し、改めてプラナムさんのそばに集合する。


「ご準備の程はよろしいようですが、もうしばらくこちらでお待ちください。来客用の入館証をご用意いたしますので」

 皆が近寄って来たのを確認すると、プラナムさんは別の部屋へと移動してしまった。


 時間つぶしに室内を見回すことにしたのだが、当然ながら各種備品は僕たちの使うものより小さいことに気付く。

 そのうち不自由に思えることが、いくつか出てくることになりそうだ。


「君がいない間、みんなてんてこまいだったんだよ~? 返ってきた途端に入館証を用意しろとか自分勝手が過ぎな~い?」

「気の向くままに研究をするあなたには言われたくありませんわ。それに、わたくしたちが港にたどり着いた時点で、用意は始めていたのでしょう?」

「にっひっひ、とーぜんさ。君がやろうとすることくらい、長年の付き合いであるボクにはお見通しだからね~」

 プラナムさんと、もう一人の人物の声が壁向こうから聞こえてくる。


 見学を止めて静かに待っていると、扉が開かれ、一人の女性が姿を現す。


「ようこそ、オーバル研究所へ。ボクは魔法機械部門統括、ダイアだよ~」

 僕たちに声をかけてきた女性――ダイアさんは、白衣を身に纏い、眼鏡を額にかけていた。

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