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研究所

「お~。四人も異種族を連れてくるとはたいしたものだね~。176セルム程度の男性と、彼より20背が低い女性。140程で背が変わらない男女か~。君たちは双子かな~?」

 ダイアさんに一瞥されただけで、各々の身長だけでなく、レイカたちの関係まであっという間に見抜かれる。


 176セルムの人など見る機会がないだろうに、とてつもない観察力を持つ女性だ。


「あの、ダイアさん――でしたよね? 魔法機械部門というのは一体?」

「お! いきなり質問とは有望な女の子だね~。まあ、それはおいおい説明するよ。いまはボクからのプレゼントを受け取ってほしいな~」

 レイカの質問にはすぐに答えず、ダイアさんは僕たちの手に紐がついた白い小さなカードを置いていく。


 何も書かれていないが、一体何に使うのだろうか。


「こちらも自己紹介をしなければいけませんね。僕たちは――」

「ソラ君、ナナ君、レイカ君にレン君だよね? 君たちのことはプラナムから聞いてるよ。研究のお手伝いをしてくれるだけじゃなくて、ミスリルの新たな使い方を見出してくれたんだって~?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ダイアさんはプラナムさんへと視線を向ける。


 プラナムさんは小さくため息を吐きつつ、水色に光るミスリル容器を取り出し、彼女に見せた。


「ほうほう、魔力に反応する性質があったんだね~。ボクたちにない部分だからって、ないがしろにするのはやっぱ良くないよね~。これだけで頭でっかちどもを説得できそうだ~」

 それを一瞬で奪い取ったダイアさんは、なめまわすかのように観察を開始する。


 彼女もまた、なかなか癖のある人物のようだ。


「言っておきますが、それは我らが研究所の宿願に向けて使う予定です。あなたと言えど、勝手に使うのはご遠慮くださいまし」

 プラナムさんにミスリル容器を取り上げられ、口を尖らせながらぶーぶーと文句を言うダイアさん。


 だが、彼女はすぐに気を取り直し、背後にある扉へと視線を向けた。


「ここで長話をしていると、やってくるお客さんの邪魔になっちゃうか~。歩きながらでも会話はできるわけだし、ソラ君たちには奥に入ってもらおうかな~」

「それが良いでしょうね。皆様、わたくしたちについてきてくださいまし」

 プラナムさんたちと共に扉に近づき、彼女たちの行動を見守る。


 首にかけられたカードが近くにある機械にかざされると、扉が自動的に開いた。

 どうやら、貰ったカードがカギとなっているようだ。


「基本的に、部外者は研究室内に入れないことになってるんだ~。でも君たちは特別。さっき渡したカードでいつでも入退室できるようにしたから、自由に入ってきちゃえ~」

「失くさないようご注意くださいね。所外秘のものもありますので、部外者に侵入されでもしたら大変ですわ」

「き、気をつけます……」

 ダイアさんたちの真似をしつつ、扉を潜り抜ける。


 いくつもの扉が両脇に付けられた、長い、長い通路。

 これらの扉の中では、一体何が行われているのだろうか。


「なんか、ドキドキしてきた……!」

「私も! この壁と扉の向こうで何か研究をしていると思うと……!」

 きょろきょろと周囲を見渡しつつも、レイカとレンは緊張の面持ちをしていた。


 一方のナナはというと。


「知らないものを知る……ですか。こんなにワクワクするものなんですね」

 緊張した様子は全く見られず、これから出会う何かに期待を抱いているようだ。


 そんな彼女に小さく笑いかけつつ、プラナムさんたちの後を追い続ける。

 僕たちは、通路の最奥にある厳重に閉ざされた扉の前に立つのだった。


「ここはプラナムが主導している研究室。さ、ソラ君たちを案内しなしな~」

「あなたもここで研究をしているでしょうに……。まあ、ここまで連れてきた者として、案内役を務めるのは当然の義務ですわね」

 プラナムさんは受付の時と同じようにカードを機械にかざし、なにやら入力を始める。


 すると扉は音もなく開き、その先にある世界へと僕たちを招いてくれた。

 所狭しと並んだ機械たちと、その間を行き交う白衣の人々。


 僕たちの常識とは全く異なる空間が、そこには広がっていた。


「ん~じゃ、まずはミスリル容器のチェックから始めようか~。規格はここの機械たちにシルバル君が合わせてくれてるみたいだし、いじくる必要はなさそうだね~。さすがだよね~」

「恐れ入ります」

 プラナムさんからミスリル容器を受け取り、機械に取り付けていくダイアさん。


 ミスリルで容器を作れる時点で素晴らしい技術だと思えたほどなのに、初めから機械の規格に合うように作っていたようだ。


「こっちの部門に来て手伝ってほしいな~。機械部門だけなのは勿体ないよ~」

「機械部門統括がいる目の前で、スカウトしようとするのは止めていただけませんこと?」

 明らかに不機嫌な様子で、ダイアさんの発言を窘めるプラナムさん。


 あまり仲が良くないのだろうか。


「お二人はアカデミー――学校ですね。その時代からの仲なのです。時に競い合い、時に協力しながら研究を行っていたのですよ」

 となると、二人の関係はライバルと言った方が正しいのかもしれない。


 そんな人たちが部門は違えど、同じ研究所で働いているというのは面白い関係だ。


「お~。いままでにも研究させてもらったことはまれ~にあったけど、これは見たことがない量の魔力だね~。しかも魔力を提供してくれる人が四人もいる。こりゃ研究は大きく進むぞ~」

「……あなたの助言通りに大陸を渡り、歴史を話して良かったですわ。我々を認めていただき、協力させていただくとまで言ってくれたのですから」

 歴史というのは、ゴブリンとドワーフの過ちの歴史についてだろう。


 大陸の渡航も含め、僕たちの出会いはダイアさんの助言から始まったもののようだ。


「さすがに、案を出した次の日にいなくなられるとは思わなかったけどね~。書置きだけが残されて、シルバル君も含めて跡形もなくなっちゃうんだもん。みんなびっくり仰天だよ」

「それに関しては悪いことをしましたわ。ですが、速度を選んだことでこんなにも素晴らしい出来事たちとめぐり合うことができた。間違いだとは言わせませんわよ?」

 腰に手を当て、プラナムさんは嬉しそうに話をする。


 ダイアさんもニヤリと笑みを浮かべていた。


「よ~し、接続完了っと。調査が終わるまでは時間がかかるから、その間にボクたちが何をしているのか、お話するとしようか~。みんな、ボクについてきて~」

 ミスリル容器が繋がった機械を作動させたダイアさんは、巨大なガラスがはめ込まれた壁の前に移動していく。


 壁の奥は空洞になっているらしく、研究員たちがなにやら作業をしている様子が見える。


「かなり高低差がある。ここは、何……?」

「下の方で何か作ってるみたい。船っぽく見えるけど、なんだろう?」

 レイカとレンがいち早く壁に駆け寄り、その先の様子を眺めだす。


 壁に手を付けて視線を下げると、そこでは巨大な機械が作られていた。

 船にしては、ずいぶんと無駄に思える部品が胴体部分につけられている。


 どことなく鳥のようにも見える乗り物だが、どのような用途で使われるのだろうか。


「あれは自由に大空を飛ぶための乗り物。飛空艇だよ~」

「「「「空を飛ぶ!?」」」」

 ダイアさんの説明を聞き、僕たち家族は一斉に驚きの声をあげる。


「空を飛ぶ乗り物って……。そんなことが可能なんですか!?」

「いまは研究段階です。形だけで、離着陸――空に浮くことすらできていませんわ」

 なぜかは分からないが、プラナムさんの説明を聞いて少し安心する。


 空を飛ぶなど魔法でもできないことなので、負けたという感覚にならなかったのが理由だろうか。


「空を飛べるようになればどこにでも行けますわ。『戻りの大渦』も気にしなくて済みますし、この大陸の断崖絶壁すら障害になりません」

「どこの大陸を飛んでも、確実に驚かれるだろうけどね~。完成したとしても、次の問題はそこかな~」

 折角飛べるようになっても、決まった範囲しか飛べないのではもどかしく思える。


 こういう技術があるということも、知ってもらう必要がありそうだ。


「それにしても、人の夢である大空を飛ぶことができる機械が目の前にあるなんて……。いつか乗ってみたいなぁ……」

「ご興味をお持ちいただけたようで何よりです。完成したら、皆様を飛空艇に乗せて飛び回りたいと思っていますわ!」

 さすがに、飛空艇の制作には僕たちが大きく関わることはできないだろう。


 いつかその日が来るのを夢見ながら、待ち続けるとしよう。


「それにはまず、魔力の解析を進めないとね~。機会と融合させても問題ないか、どれほどのエネルギーとなるかを中心に調べて……。完全な解析には数週間は要するかな~」

 ダイアさんは、ミスリル容器を接続した機械へ視線を送った。


 まずはあの機械の動作が終わらないことには始まらないようだ。


「さて、それじゃあ、レイカ君の魔法機械部門って何? っていう質問に答えないとね。と言っても、飛空艇を見たことである程度想像はつくんじゃないかな~?」

「う~ん、そうですね……。機械だけでは不可能な技術を、魔法の力を組み合わせて可能とさせる技術。こんなところでしょうか?」

 レイカの返答に、ダイアさんはうんうんとうなずいてくれる。


 正解ではなくとも、期待にそえた答えを返せたようだ。


「これは他の研究所にもあんまりない部門でね~。いわゆる最先端の部門なんだよ~」

「研究する価値がない部門などと呼ばれることもありますがね。ゴブリンとドワーフには魔力が備わらない以上、見向きされないのですわ」

 確かに、自分たちに何かしらの利益が無ければ研究する意味はない。


 僕たちを頼ってきたのも、そのあたりの事情があるようだ。


「今回の件で、何かしら技術は進歩するはず――いえ、必ず進歩させて見せますわ。そうでないと、ソラ様方の期待を裏切ることになってしまいますからね」

「最先端の研究だってのに、頼ってばかりじゃ研究者の名折れだしね~。そんじゃ、そろそろ実験を再開しますか~。ソラ君たちも長旅で疲れているだろうし、案内はそこそこにしてあげなよね~」

 両腕を頭の後ろで組み、呑気に歩いていくダイアさん。


 のんびり屋でマイペースに思える部分が多々あるが、その実なかなかに周囲の気配りができる人物のようだ。


「だいぶ良い時間にもなりましたし、今日の見学はここで終わりとしましょうか。わたくしの家に皆様を招待させていただきますわ」

 僕たちに手招きをすると、プラナムさんは研究所の入り口に向かって歩き出した。


 彼女の家はどんな家なのだろうか。

 物言いや、行動を見ていれば地位の高い人物だというのは分かるので、相当大きな家のはずだが。


「そうだ、プラナム。ソラ君たちの体に合う家具や道具は用意してあるのか~い?」

「あ……」

 ダイアさんからかけられた声を聞き、プラナムさんは動きを止める。


 さすがにゴブリンやドワーフサイズのベッドで寝ることは不可能だ。

 室内だというのに、何もない床で寝転ぶはめにあうのは勘弁したいところだが。


「シルバル。家の執事たちに連絡して、わたくしたちが到着するまでに各種道具をそろえるように伝えなさい」

「……かしこまりました」

 無茶な要求をするプラナムさんもプラナムさんだが、その要求を実行できる彼女の配下たちも、かなりの集団だということを理解するのだった。

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