目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

エルフの森の夜

「あれ? まだ起きてたんだ」

 睡眠前の水分補給をしようとリビングに向かうと、そこにはナナの姿があった。


 眠るパナケアを抱いて椅子に座っているが、寝間着姿にはなっており、いつでも寝られるように準備してあるようだ。


「なかなか寝付いてくれなかったんですよ。夕方にお昼寝しちゃってたので、目が冴えちゃったんでしょうね」

「お昼寝したくなったのも、この森を見て大興奮してたからだろうしね。大きな樹たちを見れて嬉しかったんだろうね」

 ナナの向かいの席に座りつつ、これまでに見てきた景色を思い出す。


 この大陸は本当に不思議だ。砂漠があると思ったら、近くには巨大な森林も存在している。

 これらに加えて岩山地帯もあるというのだから驚きだ。


「こんなに大きく環境が変化するなんてこと、あるんですね。『アイラル大陸』北部から、南部に移動したときもビックリしましたが……」

「地域どころか、大陸ごとに環境が大きく違うんだもんなぁ……。『アヴァル大陸』の暮らしやすさは本当にすごいんだね」

 豊かな緑、清浄な水源、豊富な食料。


 いかにヒューマンが恵まれているがよく分かる。


「この大陸で奪い合いが発生した理由もよく分かるよ。これほどまでに資源に差があれば、羨望と嫉妬の心はどうしても生まれてしまう。起こるべくして起きた争いなんだってね」

 『アヴァル大陸』に住むヒューマンに大きな争いが起きないのは、資源の豊富さに集約されているのだろう。


 もしもこの大陸と同じ状況に至れば、争いが起きるのは容易に想像がつく。


「お互いを知っていても争いは起きてしまう。隣人であり、同じ大陸に暮らす間柄なのに……。彼らは、知らないから戦っていたわけじゃないんだね」

 争いは、知らないことが起因になるのだと思っていた。


 だが、この大陸で起きた争いは資源の奪い合い。

 言うなれば、明日飢えるかもしれないという恐怖から起きた争いだ。


「こればっかりは、僕がどう行動しても防げるものじゃない。むしろ、知識が増えれば増えるほど激しさを増す争いなんだね……」

「誰かが資源を持っていることを知り、それが欲しいから争いになるわけですからね……」

 図鑑を作ることの長所と短所。


 僕たちの努力が悲劇に繋がったらと想像すると胸が苦しくなるが、あまり気にしすぎるのも良くはない。

 知っているからこそ、良い関係を築けるようになったからこそ、戦いたくないと思うようになる可能性もあるのだから。


「まあ、暗い話はここまでにするとして……。ナナは、この森に来てから気になることとか違和感とかあるかい?」

「そう、ですね……。いまのところは特にない気がしますが、強いて言うならパナケアちゃんの葉を用いて治療をすることについて、でしょうか」

 エルフの人々にとって重要な存在を、パナケア――マンドラゴラの葉を用いて治療をするという話か。


 詳細な内容は伝えられないとのことなので、僕としても気になる点はいくつかある。


「重要な存在という方について気になるというのもそうなんですが、魔力関連の病に伏せているというのが……」

「魔力の病気についてはあまり詳しくないんだよなぁ……。教えてくれるかい?」

 ナナはこくりとうなずくと、眠るパナケアの頭部を優しくなでながら説明を始めた。


 魔力は少なくなりすぎても、多くなりすぎても身体に不調をきたす。

 しかしどちらの症例が出たとしても、いずれは魔力量が正常に戻るので、安静にしているだけで体調も元に戻っていく。


 基本的には治療を必要とすることはほとんどないのだ。


「魔力の放出が苦手なせいで、体調を崩し続ける人も稀にいますが……。いくら魔力が膨大な地を訪れたとしても、マンドラゴラの葉を用いて治療をする必要があるなんて、考えられなくて……」

「向こうとは環境そのものが違うから、そこに関しては何とも言えないんじゃないかな。こっちでは簡単に治療ができても、向こうではそうじゃないなんてこともあり得るだろうし」

 植生やら鉱石の分布が異なるからこそ、限りある物を駆使して技術が発達していく。


 効率的な技術を得ることもあれば、逆に非効率的な技術のまま進歩しないということもあるはずだ。

 ナナもある程度の理解を示してくれたらしく、どこか納得しきれない様子を見せつつもうなずいてくれた。


「ソラさんはどんな違和感があるんですか? 私にこうして聞いてきた以上、何か変だと思っているってことですよね?」

「うん。実を言うと、この森に来る前からね。正確に言うと、『世界樹』を始めて見た時から変な感覚があるんだ。引き寄せられるというか、呼ばれているというか……」

 『アディア大陸』に来てすぐに始まり、この森にやってくる間にもその感覚が胸中に芽生えている。


 『世界樹』に近づけば近づくほど強まっている感覚があるが、これは一体何なのだろうか。


「レイカちゃんも車の中で言ってたんですよね……。確か、『世界樹』って不思議だよね。私たちのことを呼んでるみたいって……」

「レイカも……? レンはそんなことは言ってなかったし、君も呼ばれているような感覚はないんだよね?」

 ナナは静かにうなずくと、窓から見える『世界樹』へと視線を向けた。


 レイカと僕だけが抱いている不思議な感覚。

 この森で、どんな出来事との出会いが待っているのだろうか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?