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第二十七章 使い魔

大森林のモンスター

「リーフスライムかぁ……。纏っている葉っぱは――」

「触っちゃダメです! 毒を持つ葉を纏うことがあるので、危険ですよ!」

 モミジさんの注意に、目の前にいるモンスターに近づけようとした手を引っ込める。


 全身葉っぱにまみれたスライムは、僕のことを警戒した様子でじっと見つめていた。


「危なかったね、ソラ兄」

「うん……。グラススライムと似たタイプのスライムかと思って油断してたよ……」

 僕とレンは、モミジさんの案内のもと、エルル大森林に住むモンスターの調査を行っていた。


 距離を離しての調査をしていると、落ち葉が集まっている場所に向け、リーフスライムが移動していく。

 その上で転がりだしたところを見るに、葉を付け直しているのだろう。


「自分から襲い掛かる獰猛さはありませんけど、危険だと判断すると体当たりを行ってきます。そうして、毒を持つ葉を相手に擦り付けるわけですね」

 スライムが毒の葉を纏うくらいなので、他のモンスターも毒を持つ可能性がある。


 接触することだけは、絶対に回避する気持ちでいなければ。


「毒を取り除ける魔法はないからね……。しばらく動けなくなることを考えると食らっていられないよ……」

「和らげるだけならできるけど……。結局は排出されるのを待たないといけない」

 魔法を用いた毒の治療は、対処療法しかできない。


 事前に治療薬を貰ってきてはいるが、量に限りがある。

 この森の情報がないので色々と触れて回りたくなるが、モミジさんの言葉に耳を傾け、毒を受けないようにしなければ。


「あ、ショックビーだ。怒ると麻痺性の毒針で刺してきますので、刺激をしないようにお願いしますね」

「え? うわわ!?」

 目の前を小さなハチの群れが通り過ぎていく。


 反射的に叩くことはなかったので問題なくやり過ごすことができたが、心臓に悪い。


「そこにいるのはフォレストフォックスですね。その子も牙に毒を持っているので気を付けてください」

 草の中から顔だけを出し、こちらを見つめる獣系のモンスターが居る。


 見た目は可愛らしいのだが、毒持ちと聞いて背筋に汗が流れていく。


「ずいぶんと毒を持っているモンスターが多いんですね」

「環境柄……でしょうね。この森は毒を持つ植物が多いんです。それらを食し、利用しているうちに、毒持ちのモンスターも増えたそうです」

 モンスターたちも、様々な手段を用いて生きているようだ。


 毒がある場所で生きていこうなど、僕にはとても考えられない。


「まだこの辺りにいる子たちは優しい方です。深部に行けば危険な毒を持つモンスターもいますし、毒性は低くても積極的に使ってくるのもいますので」

「積極的に使ってくるのは怖いな……。森の勝手も分からないし、深部に進むのは止めておこうかな」

 この大陸に住むモンスターの情報は、いますぐ必要というわけではないので、深部に進む意味は薄い。


 調査に行くにしても、相当の準備と覚悟が必要なので、現状は無視でいいだろう。


「リーフスライム……。ショックビーに、フォレストフォックス……。毒持ちモンスターが多いっと。ソラ兄、メモできたよ」

「ありがと。じゃあ少し場所を変えてみようか。モミジさん、よろしくお願いします」

「わっかりました! はぐれないよう、ついてきてくださいね!」

 モミジさんが森の奥へと歩みを進めていく。


 するとレンが素早く彼女の横へと移動し、悩むような素振りを見せてから口を開いた。


「あの……。使い魔を呼び出す魔法について聞きたいことがあるんだけど……」

「構わないけど……。もしかして、使い方を教えて欲しいってやつ? 私は教えても良いかなって思ってるんだけど、使えるようになってから日が浅くて……。ちゃんとした人に教えてもらった方が良いと思うよ?」

 レンの質問に対し、モミジさんは首を横に振って断ってしまう。


 魔法を生物型に作り変えていくのも難しいだろうに、それをある程度自在に動くように調整もしなければならない。

 中途半端に教え、学んだ結果、使い魔としての本領が発揮できないのでは、教える側も教わる側も空しいだけだろう。


「そっか……。良かったら、モミジさんの使い魔を見せて欲しい」

「それくらいなら全然いいよ! じゃ、見ててね!」

 モミジさんは魔力を集中し、火の玉を生み出す。


 それに更に力が加えられていき、小さな鳥のような形に変化していく。


「この子はサラマンダー。炎属性の使い魔だね!」

 サラマンダーは炎の羽根を大きく羽ばたかせ、僕たちの頭上をくるりと飛んでいく。


 一通り空中を楽しんだ後、モミジさんの手のひらの上に移動し、光の塵となって消えてしまった。


「シルフはオオカミで、ウンディーネは蛇だった……。サラマンダーは鳥みたいだけど、その姿に成るのには理由がある?」

「モチーフになった存在がいてね、敬意を込めて似た姿に成るようにしてるんだって。そう教えてもらっただけだし、その存在を見たことがないから、本当のことなのかは分かんないや」

 この魔法を発明した人は、何かしらの強力なモンスターたちを見て、発想を得たのだろう。


 世界を巡っていれば、それに準ずる存在と出会うこともあるのだろうか。


「あ、そろそろ次の目的地に着きますよ! ここは、虫のモンスターがたくさんいるんです!」

「へえ、虫――って、うえええええ!!?」

 モミジさんに連れられて訪れた場所は、大小さまざまな虫が棲む虫空間だった。


 樹の幹に張り付いているのを筆頭に、葉の裏や木の根を歩き回る虫たちだらけだ。


「イチョウさんに聞きましたけど、本当に虫が苦手なんですね……。モンスターの調査を行う上で、それは致命的なんじゃ?」

「こ、こればっかりはどうしてもね……。ずっと前、遺跡の調査中にトラップに嵌って、虫まみれにされて……」

 ここにいる虫たちが、あの時と同じように僕に群がってくるかもと思うと寒気がする。


 とりあえず、こちらに敵意は向けられていないようだ。


「そこの樹に張り付いているおっきな虫はストログカブト。とても力持ちで、自分より大きなモンスターを投げ飛ばしちゃうんです」

 モミジさんが指さす先に、頭部に角らしきものが生えた虫が止まっていた。


 これなら格好も良く、嫌悪感が出てくることはなさそうだ。


「ソラ兄の背中に止まってる虫はなんていうの?」

「ブレードクワガタだね。危害を加えると、刃状になっている角で斬りかかってくるんだ」

「ひああああ!?」

 もぞもぞとした感覚が、背中を動き回っていることに気付く。


 モミジさんが笑いながらブレードクワガタを取り外してくれたので、パニックはそこで収まるのだった。


「ソラ兄、慌てすぎ」

「んなこと言われても……。苦手なものは苦手なんだもん……」

 レンは手袋ありとはいえ、手で虫を捕獲し、観察を行いつつデッサンを描いていた。


 本当に、良く触れるものだ。


「でもちょっと変ですね。いつもでしたら、もっとたくさんいるはずなんですけど」

「うぇ!? これ以上いるの!?」

 この空間を埋め尽くすほどの虫たちを想像してしまい、全身に鳥肌が立っていく。


 その状況に出くわしたら、調査は他の皆に任せるとしよう。


「またアラーネアたちが繁殖しちゃったかな……」

 聞きなれないモンスターの名前がモミジさんの口から飛び出した。


 それも虫系のモンスターなのだろうか。


「クモのモンスターなんです。単独でも毒を持っているので面倒なのですが、増えすぎると生態系を狂わすことがあるので……。それ!」

 モミジさんは近くの樹に近寄ると、素早く登っていってしまう。


 そのまま周囲の偵察を行っているらしく、複数の樹々を飛び交っていた。

 どうやら、アラーネアとやらの痕跡がないか探しているようだ。


「この辺りに巣はなさそうかな。成長しきると、幼い子どもの身長くらいに成長するクモなんです。まれ~に、大人の男性の背丈を遥かに超す、巨大な個体もいるんですけどね」

 人と同じか、それ以上の大きさになるクモなど考えたくもない。


 遭遇したくはないが、この森で調査を続けていればいずれ見かけることはあるだろう。


「その子たちがまあ大食いで。増えすぎると、他のモンスターにも大きな影響を与えちゃうんですよ」

「環境バランスを崩しかねないクモか……。それなら退治したほうが良いのでは?」

「森の害となる生物を食べてくれることもあるので、むやみやたらに退治するわけにもいかないんです。バランスを崩すモンスターであるのと同時に、いないとダメってことですね」

 グラノ村の問題となった、ウィートバードの肉食版と言ったところか。


 あの時は他の集落に連れて行くなどして解決できたが、人と同等程度にまで成長するクモをどこかに連れて行くことは、さすがにできなさそうだ。


「巨大な個体が出現している場合は、より警戒を高めないといけません。幼体を含め、凶暴化してしまうので。これは報告要素かな」

「となると、ここで調査は切り上げた方が良さそうですね。森に害が出始めているのなら、迅速な行動が肝要ですし。レンもそれで良いかい?」

「うん。ちょっと物足りないけど」

 レンもメモをカバンにしまい、僕たちの元へやってくる。


 このまま僕たちはケラスの里に戻り、皆に報告をしようと思ったのだが。


「これは……。想像以上にまずいかもしれません……」

 道中通りかかった場所で、クモの糸にからめとられた、数多くのモンスターの亡骸を発見してしまうのだった。

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