「これで最後だ!」
この場に残っていた最後のアラーネアの背に剣を突き刺し、周囲の状況を確認する。
モミジさんは森の奥へと連れ去られ、予断を許さぬ状況。
レンは絶望に打ちひしがれ、涙を流しながら地面に座っている。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
レンはうわごとを言うように、謝罪を繰り返していた。
かなり危険な状態ではあるが、ここに置いていくわけにはいかない。
「レン、モミジさんを助けに行くよ」
有無を言わせずレンを背負い、強化魔法を付与してからアラーネアの後を追いかける。
ぐずぐずしていれば、モミジさんがどこに連れて行かれたのか分からなくなってしまう。
まだ残っている痕跡を辿り、暗い森を飛ぶように走り続ける。
「ソラ兄……。僕のことは置いていって……。その方が速いでしょ……?」
消え入りそうな声が背中から聞こえてきた。
確かに、その方が素早く追いかけられるのだが。
「君の力が必要なんだ。だから、置いていけない」
僕一人で、アラーネアたちを全滅させることはできるかもしれない。
問題はモミジさんの方だ。
命に関わらない毒の可能性はあるが、後遺症が残る可能性は十分にある。
薬が効き始めるにも時間がかかるので、その間に発生する苦しみを魔法の力で和らげる必要があるのだ。
「僕には何もできないよ……。さっきも失敗しちゃったんだよ……?」
「気にするべきはそこじゃない。自分の力で助けられる命があるかもしれないのに、君はそれを諦めるのかい?」
集中していない状態で何かをしようとしても、失敗するのは当たり前。
その失敗も、まだ取り返しがつくものだ。
「でも、僕がそばにいてもソラ兄の邪魔になるだけだよ……。戦えないし、足手まといになっちゃう……」
「君のことはちゃんと守るし、モミジさんのことも必ず助け出すさ。それより、前に僕が言ったこと、覚えてる? 君が後ろにいるから安心して戦えるって話」
たとえ勝てる可能性があろうとも、いまの僕は一人で戦えるほどに心が強くない。
守るべき人であろうとも、後ろにいてくれなければダメなのだ。
「僕一人じゃたいしたことはできない。だから、レンの力を頼りたいんだ。大きなケガをも一瞬で治す、君の優しくて暖かい力を」
「僕の……力……」
服を握る力が強まってきている。
レンはきっと、立ち直ることができるはず。
この間を利用して、イチョウさんたちに連絡を取るとしよう。
通話石を取り出し、魔力を込めようとしていると。
「ソラ兄……。勝手に行動してごめんなさい……。僕、もっと強くなりたくて……」
「分かってるさ。でも、それは僕の責任でもある。君が力を望んでいたことは分かっていたのに、何もあげられなかった。君の考えに、耳を傾けてあげられなかった」
考えさせるだけ考えさせて、どう考えたのか聞かなかった。
そのせいでレンは自分の考えだけに囚われ、危険な行動を取ってしまったのだ。
「一緒に助けよう。そして、どうやったら強くなれるか、一緒に考えよう」
「うん……。うん……!」
通話石に魔力が浸透し、通話ができる状態になった。
ナナが出てくれることを祈りつつ、それを強く握りしめる。
「もしもーし。ソラさん、どうされ――」
「イチョウさんはいるかい? いるならすぐに替わって欲しい」
ナナの声を遮り、イチョウさんに替わってもらうようお願いする。
困惑している様子が通話石を通して伝ってくるのと同時に、それを他人の手に渡された気配が。
どうやらまだ、彼女のそばにイチョウさんがいてくれたようだ。
「……再度かけてくるとは穏やかじゃないな。何か起きたか?」
「話が早くて助かります。実は――」
モミジさんが連れ去られたこと、二人で後を追いかけていることをイチョウさんに伝え、逆にアラーネアの弱点、生態を聞き出していく。
彼もすぐに向かうことを約束してくれた。
通話石をしまい、聞いたことを反芻しながら森の奥へ奥へと進んで行く。
「ソラ兄、あれ……」
「うん、アラーネアのクモの糸だ。ここからは慎重に進むよ」
レンを背から降ろし、息を潜めながら移動を続ける。
やがて、白いクモの巣が大量に張り付けられた空間が出現した。
「……あそこがそうみたいだね。周囲に警戒を」
「うん……。あ、ソラ兄、あそこに……」
早速レンが何かを見つけたらしく、前方を指さす。
そこでは大量のアラーネアがうごめいており、何かに向けて白い糸を吹きかけていた。
行為がなされている先には巨大なクモの巣があり、その中心にモミジさんが括りつけられている。
現在は、ご馳走の調理段階と言ったところだろうか。
「えっと……。炎に弱い、だっけ……?」
「倒しきれなくとも食事を始めるまでの時間を稼げるはず、だって。モミジさんがアラーネアの子どもを焼いたのも、それが理由だったんだね」
圧縮魔を使用し、より大きな爆炎を発生させれば、文字通りクモの子を散らすように逃げていくはずだ。
モミジさんを開放するための手段も用意しておかねば。
そばに落ちていた枯れ枝を拾い、それに火をつける。
「よし。レンはこれを使って、モミジさんに巻かれている糸を焼き切ってあげて。いつも通り、僕が注意を引いておくから」
いつの間にやら、敵の注意を引くことが当たり前になってきた。
少しでも防御力を上げるために、今後は籠手なども用意するべきかもしれない。
そうなると魔導書を繰るのに難が出そうだが、どうしたものやら。
「向かってきても、火を向ければ大丈夫だよね?」
「そのはずさ。ただ、自分から追い回すことはしないようにね。あくまで、モミジさんを助けることを中心に考えて」
コクリとうなずいたレンは、深呼吸をしながらモミジさんが良く見える位置に移動した。
僕も炎の魔法を詠唱し、それに圧縮魔をかけて小さく縮めていく。
「吹き飛べ!」
魔法をアラーネアたちの中心に放り込み、圧縮を解放する。
圧し縮められた炎は一気に外へと広がり、大きな爆炎を巻き起こす。
その熱量と音に驚き、ほとんどのアラーネアたちが一目散に逃げだしていった。
「レン、モミジさんを!」
「うん! ソラ兄も気を付けてね!」
隠れていた場所を飛び出し、アラーネアたちの住処に突撃すると、少数ながらこの場に残っていた奴らが僕に向けて威嚇をしてくる。
時間をかければ、逃げていった奴らも帰ってきてしまう。
まずはこいつらを確実に退治しなければ。
「せい! やあ!」
剣を振り下ろし、突きを行い、炎の魔法を発射する。
一体、また一体とアラーネアは地面に倒れ、見過ごせなくなったのかモミジさんに糸を吹きかけていた個体もやってくる。
その隙を利用し、レンがクモの糸を焼き払っていく。
これで万事解決だ、そう安心しかけた瞬間。
「うわ……。わあ!?」
「レン!? どうし――」
レンの悲鳴に驚き、そちらに視線を向ける。
そこには、先ほど倒したアラーネアたちよりもはるかに大きな体躯を持つ、巨大なアラーネアが出現していた。