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クモの女王

「アラーネアの女王、クイーンアラーネアってところか……! モミジさんが巨大な個体が現れることもあるって言ってたけど、このタイミングで現れるなんて……!」

 アラーネアの縄張りを侵された上に、モミジさんという獲物を横取りされそうになり、重い腰を上げて出てきたのだろう。


 群れのボスが出てきたということは、配下のアラーネアたちが落ち着きを取り戻して集まってくる可能性が高い。

 急いでモミジさんを救い、この場を去らなければならないのだが。


「あ、ダメ! モミジさんを離して!」

 クイーンアラーネアは自ら糸を吐き出し、さらにモミジさんに糸を巻いていく。


 レンも炎を振り回すのだが、巨体のクイーンを恐れさせることはできないようだ。


「たいまつ程度の炎じゃダメか……! モミジさんに火傷をさせちゃう可能性はあるけど、四の五の言っていられない!」

 魔法を詠唱し、火の玉を生み出す。


 それをクイーンアラーネアの糸にぶつけようとしたのだが。


「く……! もう戻ってきた……! わぷ!?」

 戻ってきたアラーネアたちが、僕の顔に糸を吐きかけてくる。


 視界を潰され、クイーンアラーネアの詳細な位置が分からなくなってしまう。

 仕方ないので炎を地面に叩きつけ、集まって来たアラーネアたちを散らすことにする。


「く……! 防御魔法を使っている暇がないか……! でも、やらせるものか!」

 顔に着いた糸を剥ぎ取り、クイーンアラーネアの背に飛び掛かる。


 剣を両手で握り、その背に思いっきり突き刺す。


「うわ……! ぐ……!」

 痛みにもだえ、クイーンアラーネアが大きく暴れる。


 糸を吐き出す行為が止まり、その間を利用してモミジさんに括りつけられた糸をレンが焼いていく。


「早く、早く燃えて……! わわ!?」

「レン! くそ、コイツ……! 暴れる……なァッ!」

 剣をクイーンアラーネアの背から抜き取り、思いっきり叩きつける。


 甲殻は容易に斬り裂かれ、体液が飛び散っていく。

 大きなダメージを与えられたが、突き刺さった剣という支えを失ってしまったことで、奴が生み出す揺れに僕の体は大きく弾き飛ばされてしまう。


 地面を転がり、起き上がった先は――


「な……! アラーネアがこんなに……!」

 僕はアラーネアたちの中心に放り込まれていた。


 魔法で散らしてみるも、ボスがいるせいでうまく怯えさせることができない。

 むしろ炎に慣れてきたのか、積極的に攻撃を仕掛けてくる個体もいるほどだ。


「うわ……! やめ……!」

 防御魔法を使おうと考えるも、それよりも早くアラーネアたちが糸を吹きかけてくる。


 剣で斬り飛ばしながら防ぐも、全方向から飛んでくるのでは防ぎきれるわけがない。

 少しずつ、僕の体は白い糸で覆われていく。


「ぐあ……!?」

 突如右足に痛みが走り、足が無くなったような感覚に襲われる。


 それは次第に全身へと広がっていき、体を支えることすらままならなくなり、地面に倒れてしまう。


「まひ……。モミ……くらった……!」

 呂律が回らなくなっていき、吹きかけられている糸の感覚も無くなっていく。


「だ――ソラ――! ぼく――」

 レンと思われる声が耳に届くも、聞き取ることができない。


 視界が黒く染まり、意識が闇に消えていく。

 瞼が瞳を覆いつくそうとしたその時。


「え……? 体が……!」

 暖かくも、熱くも感じるエネルギーが僕の周囲を覆い、消え落ちそうな意識が覚醒していく。


 体の麻痺が収まるにつれ、糸がまとわりつく感覚も消えていった。

 瞼を開き、何が起きたのかを確認すると、オレンジ色の炎が僕の体を包んでいることに気付き、大きく驚いてしまう。


 だが、不思議と火傷をするような熱さは感じない。

 むしろ心地よい、ずっと触れていたいと感じる炎だった。


「手の感覚が……! 足の感覚も……!」

 全身の感覚が戻ると同時に、地面から跳ね起きる。


 周囲を観察すると、先ほどまで僕のことを取り囲んでいたアラーネアたちが、一体残らず逃げ去っていた。

 そうなった理由を探っていると、先ほどよりも周囲が明るくなっていることに気付く。


 警戒しつつ見上げてみると、空中にオレンジ色に輝く巨大な炎の球が浮かんでいた。

 それの正体を探るために思考を割きそうになったが、まずはモミジさんを助けなければ。


 急いで剣を拾い直して駆け寄ろうとするのだが、彼女は既に起き上がっており、体を包むオレンジ色の炎を不思議そうに見つめていた。


「ソラ兄! モミジさん!」

「レン! 良かった、君も無事――」

 レンの背後に、大きく口を開けたクイーンアラーネアの姿がある。


 なかなか獲物を味わえないことにしびれを切らし、直接喰らおうとしているのだろう。


「うわ……! わあ!?」

 レンに凶悪な牙が振り下ろされそうになる。


 だがその行為は、空中に浮かぶ炎の球から飛び出した火炎により、防がれてしまった。


「この炎……。僕たちを、守ってくれてる……?」

 レンの言う通り、炎はクイーンアラーネアの攻撃を防ぐように動き回っているようだ。


 決して消える様子を見せず、ただひたすらに僕たちを温め続けている。


「もしかしたら……! レン君! 私の言う通りに魔法を使って!」

「え……! ま、魔法を……?」

 モミジさんが何かに気付いたらしく、レンに指示を出し始めた。


 逆転の一手になると考えた僕は、オレンジ色の炎を纏ったまま、クイーンアラーネアの目の前に躍り出る。


「どんな力が欲しいのか考えて。その力を、何に使いたい?」

「ど、どんな……? え、えっと……」

 糸を吹き付けてくる攻撃に対し、剣で斬り払う形で対処する。


 焼き切れなかった分は、炎の球から飛び出す火炎が焼き払ってくれた。


「それをどんな形で生み出したい? 願いを、想いを、全てを込めて魔力を送り込んで」

「僕の、願いは……!」

 噛みつき攻撃をかわし、反撃として牙を斬り落とす。


 振り下ろされた爪に体を傷つけられてしまったが、即座にオレンジ色の炎がその部分に触れ、傷を癒してくれる。


「みんなと一緒に戦いたい……! みんなを癒せる、優しい力で!」

 周囲一帯が強く輝いた瞬間、炎の球は大きく鼓動を打ち、形が変わりだす。


 胴体が生まれ、足が生まれ、頭部が生まれる。

 それらはさらに変化し、翼となり、かぎ爪となり、くちばしへと変わっていく。


 飛び散る火の粉と共に炎の球は変形を終え、美しい炎の鳥が空中で羽ばたきだした。

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