「サラマンダーとはまた異なる形態……。まさか、このような形が存在するなんて……」
里長のスイレンさんが、レンが生み出した使い魔を調べてくれている。
ケラスの里に戻り、少し体を休めた僕たちは、イチョウさんの提案通り彼女の家にお邪魔させてもらっていた。
「何かしらの行動を取っても、形が崩れる様子がないのは驚嘆に値します。使い魔を生み出せるようになってしばらくは、消滅させてしまうことの方が多々あるというのに……」
スイレンさん曰く、使い魔を創造することは非常に難しいらしい。
使い魔が動き回る様子を想像し、完成形を作り出さなければならないそうだが、少しでも歪みが発生すると形を保てなくなるとのことだ。
「想像力、魔力を扱う能力共に高水準を求められます。魔力は当然として、そちらも容易に育つものではないのですが……」
「レンは絵を描くことが得意なんです。もしかしたら、それが想像力を補っている要因なのではないでしょうか?」
レンはカバンからスケッチブックを取り出し、スイレンさんに手渡す。
彼女はそれに描かれた絵たちを見て、感嘆の声をあげていた。
「これは……! 大変素晴らしい絵たちですね……。描かれている全てが、目の前にある、いると錯覚してしまいそうです」
レンが描いた絵は、エルフの人々から見ても評価に値するもののようだ。
彼の才能に驚くとともに、家族を認められたことに心が跳ねる。
「魔法の解説はここまでにして、この子の能力に目を向けるとしましょうか。容姿もさることながら、何よりの違いは癒しの力を持つこと。我々が呼び出すサラマンダーでは、そのようなことはできません」
サラマンダーは物に火をつけることは得意だが、毒を除去する力は持っていないらしい。
それどころか、他の種類の使い魔でもここまでの回復力を持つ存在はいないそうだ。
「モミジの予想通り、治したい、助けたいという想いを強く受けたことで、このような能力を持つに至ったのでしょうね」
「サラマンダーと姿とかが違うのは、レン君が抱いたイメージに引っ張られているからなんですよね? ねね、どんな姿をイメージしたの?」
「え、えっと……」
モミジさんの質問に、レンは腕を組んで考えるそぶりを見せだす。
しばらくして顔をあげた彼は、自信なさげにしつつも口を開いていく。
「不滅鳥。あと、蘇る鳥……かな」
レンの発言を聞いて、プルイナ村の蔵書室での出来事を思い出す。
三魔紋の資料を探している際に、彼がそれらについて話をしていた記憶がある。
かなり気合を入れて調べていたので、イメージとして強く焼き付けられたのだろう。
「レン君の使い魔は、二つの伝承、そして私たちのサラマンダーが混ざり合って生まれたようですね。もしかしたら、そういう鳥が本当に存在したのかもしれませんが」
「そういえば、使い魔にはモチーフがあるとモミジさんが言っていましたね。炎を身に纏う鳥なんて、僕たちは知りませんが……」
スイレンさんは僕たちに背を向け、近くにある本棚に移動していく。
そこから一冊の本を取り出し、僕たちが集まるテーブルの中心に広げる。
「モミジが教えた通り、私たちの使い魔はとある存在をモチーフにして生み出しているんです。サラマンダーの場合は見た目通り炎の鳥。ウンディーネであれば水を泳ぐ大蛇です」
「となると、シルフは風と共に走るオオカミと言ったところですか?」
スイレンさんはコクリとうなずき、ページを繰りながらさらに発言を続ける。
「各大陸を守る存在、『聖獣』。それが、私たちが生み出す使い魔のモチーフです」
開かれたページには、六体の生物が描かれていた。
赤い鳥、緑のオオカミ、青い蛇、黒い竜、白の牡鹿、紫の狐。
後半は見たことがないのでわからないが、前半の三体はエルフの人々が生み出す使い魔と姿が一致しているようだ。
「『聖獣』という言葉は初めて聞きましたね……。『アヴァル大陸』や『アイラル大陸』にもこれらがいて、守っていると……? おとぎ話とかではないんですか?」
「いいえ。これらは確実に存在しています。当然、この大陸にも」
見聞きどころか想像したことすらない事実に驚き、家族同士で顔を見合わせてしまう。
『アヴァル大陸』と『アイラル大陸』どちらにも、このような存在がいるという伝承は聞いたことがない。
しかもこの伝承が正しいとなれば、僕たちが巡った大陸以外にあと三つの大陸が存在することになる。
それらはどこにあって、どのような環境を有しているのだろうか。
「里長。これ以上の発言は――」
「大丈夫、あの方から許可が出ているの。むしろ、連れてきて欲しいとまで言われているわ」
スイレンさんの発言に、イチョウさんが大きく動揺している。
当然僕たちには理解ができず、頭に疑問符を浮かべるのだが。
「一息に説明しても飲み込む方が難しくなりますからね。今日の所はこれで解散として、また明日、きちんと説明をさせていただきます。あなた方をお連れする場所の説明と、そこにいる存在についても」
想像だにしていない事実が矢継ぎ早に繰り出され、僕もナナも、レイカたちも困惑している。
ここに更なる情報を詰め込まれても、頭が破裂しかねない。
「明日の朝、イチョウを迎えによこします。道中危険が無いとは言い切れませんので、戦う準備をお願いしますね」
会議は終了となり、僕たちは借家へと戻ることにした。
ウンディーネが作ってくれた橋を渡り、青々と茂る草原を歩きながら、レンの使い魔について話をする。
「とりあえず、レンの使い魔の正体がある程度分かって良かったよ。これからは、いつでも呼び出せるようにするのと、操るための練習をしないとね」
「うん、頑張る」
炎の鳥は、レンの頭上を羽ばたいていた。
時折彼のそばに舞い降り、撫でて欲しそうな仕草を取る。
彼が翼を撫で、首筋を掻くと満足したのか、再び僕たちの頭上へと舞い上がった。
「この子の名前はどうするの? サラマンダーとは違うみたいだし、ちゃんと名前を付けてあげるべきじゃない?」
「名前? う~ん……」
レイカの提案を聞き、レンは顎に手を当てて考え始める。
すぐさま思いつく様子はなかったので、借家へと向かいながら考えてもらうことにした。
「私たちとは異なる力を、レン君は手に入れることができたんですね。私も、その瞬間に立ち会いたかったものです」
「君は魔導士だからなおさらね。新たな魔法の完成は是が非でも見たかったよね」
そうこうしているうちに、借家にたどり着く。
鍵を取り出し、扉を開こうとしたその時、レンが僕の行動を制止し、炎の鳥に体を向けた。
どうやら名前が決まったようだ。
「君の名前はホウオウ。僕たちの大陸にある不滅鳥伝説から取らせてもらうね」
レンに付けられた名を喜んでいるのか、炎の鳥――ホウオウから散る火の粉たちが煌々と輝きだす。
その美しさに見とれながら借家の扉を開くと、僕たちの帰宅に気付いたモンスターたちがやってくる。
スラランにルトにコバが家の外へと飛び出てくると同時に、彼らの瞳に宙に浮かぶホウオウが映り込み――
「グルゥ……!」
ルトがホウオウに対して威嚇を行いだす。
彼女にしては珍しい行動だが、知識にない存在が急に現れればこうもなるか。
「大丈夫だよ、ルト。あの子はホウオウ。レンの使い魔――って言っても、さすがにそこまでは分からないか。僕たちの新しい家族だよ」
ルトのそばに歩み寄り、その背を優しく撫でながら事情を説明する。
完全に警戒が解けたわけではないようだが、威嚇をするのは止めてくれた。
「キャウ、キャン!」
一方のコバとスラランは、ホウオウの影の下をぐるぐると走り回っている。
こちらは警戒心を微塵も抱いていないようだ。
「ホウオウ、挨拶をして」
レンの指示で大地に降り立ったホウオウは、コバとスラランに羽根を優しく擦り付ける。
その触れ合いを見ていたルトもだいぶ警戒を解いてくれたようだが、歩み寄って良いのか悩んでいるようだ。
「大丈夫、僕はあの子に助けてもらったんだ。優しい子だからきっと友達になれるよ」
ルトは僕の顔をじっと見つめた後、ゆっくりとホウオウに近寄って行く。
そんな彼女の姿に気付いたホウオウは、優しく、本当に優しく翼を羽ばたかせた。
羽ばたきによって温風が発生し、ここにいる皆の体を包んでいく。
「ワウ! ワオーン!」
ルトが大きく遠吠えを発する。
見知らぬ相手にも、狩りの対象とした相手にも発しないはずの声を出している。
それは家族として認めた証拠だ。
「……ありがとう、認めてくれたんだね」
「ワウ!」
警戒が完全に解けたルトも、ホウオウの元へ歩み寄っていく。
自ら頭をこすりつけ、親愛を表現しているようだ。
「ふふ、仲良くなれたようですね。ソラさん、私は夕食の準備をしますので、その間みんなで遊んでいてくださいな」
「うん、分かった。自己紹介も終わったわけだし、遊ぼうか!」
ホウオウは大きく翼を広げ、スラランは大きく飛び上がって喜びを表現する。
ルト、コバ、パナケアは大きな声を出し、一斉に遊び始めた。
新たな家族として加わったホウオウと、それを受け入れてくれたスラランたち。
夕暮れとなり、食事の時間になるまで、モンスターたちは遊び続けるのだった。