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第二十八章 『世界樹』

エルフが守るもの

 スイレンさんとイチョウさんの案内の元、僕たちはエルル大森林深部へと続く道を歩いていた。

 草木はケラスの里周辺よりも深く大きく生い茂り、明かりが無ければまともに歩けないほどの暗闇に包まれている。


 地面を隆起させるように生える根も併せ、注意をしていても転んでしまいそうだ。


「よいしょっと……。うわわわ!」

「おっと、大丈夫かい?」

「あ、ありがとうお兄ちゃん。根っこにつまずきかけちゃった……」

 レイカが地面に倒れそうになったところを抱き止め、比較的平らな場所に立たせる。


 ケガをしている様子は全くないのだが、一人だけ過剰に反応する者がおり――


「姉さん、平気? 治療する?」

「転んでないのに、ホウオウを出さないでよ……。何も起きてないのに、呼ばれても困っちゃうでしょ」

 レンが炎の鳥――ホウオウを呼び出し、レイカの治療をしようとしたのだ。


 当然、彼女は困惑して注意をするのだが。


「むぅ……。あ、でも、この子の明かりがあれば周囲を見渡しやすいかも」

 あまり反省した様子もなく、レンはホウオウを呼び出しっぱなしにする。


 得た力を知りたい、試してみたいという気持ちが溢れてしょうがないようだ。


「レンって、こんな面倒くさかったっけ……?」

「あ、あははは……。まあ、彼の言う通り、明かり代わりにもなるからいいんじゃない? とても暖かいしね」

 僕たちの上空を羽ばたきながら、ホウオウは首を傾げていた。


 明るさを増し、歩きやすくなった森の道を進んでいると。


「さて、そろそろ事情の説明をせねばなりませんね。どこに行こうとしているのか、誰があなた方をお呼びしたのか、その正体について」

 先頭を歩くスイレンさんが、閉ざし続けていた口を開く。


 僕たちが知り得なかったこと、隠され続けていた事実が明かされる。


「まず目的地。進行方向からお分かりかもしれませんが、我々が行く場所は『世界樹』です」

「やはり……。となると、僕たちを呼んだ存在というのは、皆さんがお守りしているという……」

「その通り。名を大地の竜ニーズヘッグ。各大陸を守る『聖獣』の一翼です」

 身がこわばり、空気までもが張り詰めていく。


 『世界樹』のそばに住む存在というのが人ではなく、『聖獣』だったとは。

 なぜ僕たちは、そのような存在に呼ばれたのだろうか。


「あなた方をお呼びした理由は図りかねますが、共に居るパナケアちゃん。その子の葉を使った薬を見て興味を抱かれたようですよ」

「パナケアちゃんの……。君が新しい世界に連れて行ってくれるとは思わなかったよ」

「まう~? ま! まう!」

 ナナの手に抱かれているパナケアは、笑みを浮かべながらも首を傾げる。


 会話内容は理解できていないようだが、褒められたことに喜んでいるようだ。


「この子から作られたお薬は、そのニーズヘッグと呼ばれる方に使われたんですね?」

「ええ。おかげで病は快方に向かっております。その節はありがとうございました」

 病に伏せたという存在が、この大陸を守護する『聖獣』だったとは。


 だがこれで、パナケアの葉を欲した理由が分かってくる。

 強大な存在であるがために、並の治療法では効果が無かったのだろう。


「病の治療を優先すれば、この大陸に大きな影響を与えかねないほどの役目を、ニーズヘッグ様は担っておいでだ。かと言って、放置するわけにもいかず……な」

「全身全霊を込めて役目を果たす必要があると……。一体、どんな役目をされているんでしょうか……」

 何か危険な存在がいて、その封印を行うために力を注ぎ込んでいるのだろうか。


 『聖獣』として大陸を守っているのであれば、僕たちの想像を遥かに超える作業をしているのかもしれない。


「簡単にいえば、『世界樹』の根にかじりついておられます」

「え? かじり……ついて……?」

 とても大きな役目とは思えない作業内容を聞き、体から力が抜けていく。


「その『世界樹』が問題でな。放っておくと大陸中に根を張り、養分を吸い上げてしまうそうだ」

「大陸中の養分を!? そんなの、問題なんてレベルじゃ……!」

「枯渇を防ぐために『世界樹』の根にかじりつき、成長を抑制させることが、ニーズヘッグ様の役目なのですよ」

 そんなに危険な木であれば切り倒した方が良いように思えるが、『世界樹』自身にも大きな役目があるのだろう。


 衝撃の事実の連続に、少し頭が痛くなってきた気がする。


「まさかニーズヘッグ様がお前たちに会いたいと言い出すとはな……。お前たちが来てくれなければ危なかったとはいえ、無関係の立場を取ると思っていたのだが……」

 イチョウさんの発言に対し、スイレンさんも大きくうなずく。


 どうやら今回は、特例中の特例と見た方が良さそうだ。

 逆に言えば、ニーズヘッグという存在が会いたいと言い出すほどの何かが、僕たちにはあるということだろうか。


「皆様。ここを抜けた先が『世界樹』です。そこにニーズヘッグ様がおられますので、失礼のないようにお願いいたします」

 前方から、ホウオウが生み出す明かりとはまた別の光が漏れでていた。


 光を抜けた先に、この森の秘密が、この世界に関わる秘密が待っている。

 高鳴る鼓動を抑えつつ、光の中へと足を進めていく。


 暗がりから光の中へと出たことで、若干ながら目がくらむ。

 まばたきを繰り返しながら眩しさを慣らし、それらを両の目で見つめる。


「これが『世界樹』。そして、そこにおられる方がニーズヘッグ様です」

 広大な空間に雄大な大樹がそびえたち、これまた極太の樹の根にかじりつく、巨大なドラゴンの姿が瞳に映るのだった。

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