スイレンさんとイチョウさんの案内の元、僕たちはエルル大森林深部へと続く道を歩いていた。
草木はケラスの里周辺よりも深く大きく生い茂り、明かりが無ければまともに歩けないほどの暗闇に包まれている。
地面を隆起させるように生える根も併せ、注意をしていても転んでしまいそうだ。
「よいしょっと……。うわわわ!」
「おっと、大丈夫かい?」
「あ、ありがとうお兄ちゃん。根っこにつまずきかけちゃった……」
レイカが地面に倒れそうになったところを抱き止め、比較的平らな場所に立たせる。
ケガをしている様子は全くないのだが、一人だけ過剰に反応する者がおり――
「姉さん、平気? 治療する?」
「転んでないのに、ホウオウを出さないでよ……。何も起きてないのに、呼ばれても困っちゃうでしょ」
レンが炎の鳥――ホウオウを呼び出し、レイカの治療をしようとしたのだ。
当然、彼女は困惑して注意をするのだが。
「むぅ……。あ、でも、この子の明かりがあれば周囲を見渡しやすいかも」
あまり反省した様子もなく、レンはホウオウを呼び出しっぱなしにする。
得た力を知りたい、試してみたいという気持ちが溢れてしょうがないようだ。
「レンって、こんな面倒くさかったっけ……?」
「あ、あははは……。まあ、彼の言う通り、明かり代わりにもなるからいいんじゃない? とても暖かいしね」
僕たちの上空を羽ばたきながら、ホウオウは首を傾げていた。
明るさを増し、歩きやすくなった森の道を進んでいると。
「さて、そろそろ事情の説明をせねばなりませんね。どこに行こうとしているのか、誰があなた方をお呼びしたのか、その正体について」
先頭を歩くスイレンさんが、閉ざし続けていた口を開く。
僕たちが知り得なかったこと、隠され続けていた事実が明かされる。
「まず目的地。進行方向からお分かりかもしれませんが、我々が行く場所は『世界樹』です」
「やはり……。となると、僕たちを呼んだ存在というのは、皆さんがお守りしているという……」
「その通り。名を大地の竜ニーズヘッグ。各大陸を守る『聖獣』の一翼です」
身がこわばり、空気までもが張り詰めていく。
『世界樹』のそばに住む存在というのが人ではなく、『聖獣』だったとは。
なぜ僕たちは、そのような存在に呼ばれたのだろうか。
「あなた方をお呼びした理由は図りかねますが、共に居るパナケアちゃん。その子の葉を使った薬を見て興味を抱かれたようですよ」
「パナケアちゃんの……。君が新しい世界に連れて行ってくれるとは思わなかったよ」
「まう~? ま! まう!」
ナナの手に抱かれているパナケアは、笑みを浮かべながらも首を傾げる。
会話内容は理解できていないようだが、褒められたことに喜んでいるようだ。
「この子から作られたお薬は、そのニーズヘッグと呼ばれる方に使われたんですね?」
「ええ。おかげで病は快方に向かっております。その節はありがとうございました」
病に伏せたという存在が、この大陸を守護する『聖獣』だったとは。
だがこれで、パナケアの葉を欲した理由が分かってくる。
強大な存在であるがために、並の治療法では効果が無かったのだろう。
「病の治療を優先すれば、この大陸に大きな影響を与えかねないほどの役目を、ニーズヘッグ様は担っておいでだ。かと言って、放置するわけにもいかず……な」
「全身全霊を込めて役目を果たす必要があると……。一体、どんな役目をされているんでしょうか……」
何か危険な存在がいて、その封印を行うために力を注ぎ込んでいるのだろうか。
『聖獣』として大陸を守っているのであれば、僕たちの想像を遥かに超える作業をしているのかもしれない。
「簡単にいえば、『世界樹』の根にかじりついておられます」
「え? かじり……ついて……?」
とても大きな役目とは思えない作業内容を聞き、体から力が抜けていく。
「その『世界樹』が問題でな。放っておくと大陸中に根を張り、養分を吸い上げてしまうそうだ」
「大陸中の養分を!? そんなの、問題なんてレベルじゃ……!」
「枯渇を防ぐために『世界樹』の根にかじりつき、成長を抑制させることが、ニーズヘッグ様の役目なのですよ」
そんなに危険な木であれば切り倒した方が良いように思えるが、『世界樹』自身にも大きな役目があるのだろう。
衝撃の事実の連続に、少し頭が痛くなってきた気がする。
「まさかニーズヘッグ様がお前たちに会いたいと言い出すとはな……。お前たちが来てくれなければ危なかったとはいえ、無関係の立場を取ると思っていたのだが……」
イチョウさんの発言に対し、スイレンさんも大きくうなずく。
どうやら今回は、特例中の特例と見た方が良さそうだ。
逆に言えば、ニーズヘッグという存在が会いたいと言い出すほどの何かが、僕たちにはあるということだろうか。
「皆様。ここを抜けた先が『世界樹』です。そこにニーズヘッグ様がおられますので、失礼のないようにお願いいたします」
前方から、ホウオウが生み出す明かりとはまた別の光が漏れでていた。
光を抜けた先に、この森の秘密が、この世界に関わる秘密が待っている。
高鳴る鼓動を抑えつつ、光の中へと足を進めていく。
暗がりから光の中へと出たことで、若干ながら目がくらむ。
まばたきを繰り返しながら眩しさを慣らし、それらを両の目で見つめる。
「これが『世界樹』。そして、そこにおられる方がニーズヘッグ様です」
広大な空間に雄大な大樹がそびえたち、これまた極太の樹の根にかじりつく、巨大なドラゴンの姿が瞳に映るのだった。