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英雄

 身を焦がすような灼熱の風、獲物を逃さまいと追い立ててくる紅蓮の業火。

 業火は民家を燃え伝い、蛇のように執拗に生命を追い立てる。


 風は新鮮な空気を奪い去り、汚れた煙となって体力を奪う。

 地獄のような光景の中、僕は一人たたずんでいた。


 この熱さ、感じたことがある。

 五年前のナナの故郷、アルティ村の最期だ。


「うああ……! うわああああああ!!?」

 聞き覚えのある絶叫が聞こえてくる。


 激しい悲しみと、怨嗟が混ざり合う悲痛な叫び声。

 いつも聞いているはずの自分自身の声が、まるでモンスターの断末魔のように聞こえてきた。


「ルペス! ソラだ! ソラがいた!」

「白雲君が……!? 白雲君! それに、マスター……!」

 ウェルテ先輩とルペス先輩が、炎の中を進んで行く。


 彼女たちが向かう先には、地面に額を付けて泣き叫ぶ僕と、既に物言わぬ骸となったケイルムさんの姿があった。


「父……さん……。そうか、ソラを守って……。クソ……! クソ、クソォ!! ソラ、どいつだ! 父さんの命を奪ったモンスターはどこに行ったッ!?」

「ウェルテ、落ち着け! いま冷静さを失うのは危険だ!」

「落ち着けだと!? できるわけがないだろう! この手で……! この手で父さんの無念を晴らさねば……! モンスターの断末魔を聞かねば腹の虫がおさまらん!」

 言い争う二人に対し、僕は泣き続けている。


 やがてその顔の前に手が差し伸べられた。


「ソラ、追撃するぞ! 仇討ちを……! 父さんの仇を討つ!」

「待て! 向かっても意味はない! 行けば二人まで……!」

「あ……ああ……。僕は……。僕は……」

 僕の手が差し出された手に向かって伸びていく。


 だが、それに触れようとした瞬間。


「ソラ!? どこに行く!?」

「白雲君!」

 突如として、僕は炎の中へと走っていく。


 残された二人は、呆然とその背を見つめていた。


「ソラ、お前は……」

「白雲君が立ち上がった時に浮かべた表情は、絶望に染まり切っていなかった。彼ならきっと大丈夫だ。俺たちも避難し――ぐ……!? 悪い、引きずってくれるか……?」

 右足を赤く染めたルペス先輩を見て、ウェルテ先輩が小さくうなずいた。


 彼女は彼の肩と腰に手を回し、引きずるようにして燃える村から脱出していく。

 僕の足は、二人の後に続いて行くようだ。


「ルペス。お前を安全な所に移動させた後、私はモンスターを追う。例え一人であろうとも、モンスターどもを討ち滅ぼしてやる」

「やめろ――と言いたいところだが、足をケガした俺ではお前を止めることはできないか……」

 煙も熱も感じなくなったところで、ウェルテ先輩はルペス先輩を地面に座らせる。


 彼女は踵を返し、モンスターたちが去っていく方向を睨みつけ――


「お前には俺が、白雲君が、魔法剣士の皆がいる。決して忘れるんじゃないぞ」

「……ああ、どうしてもの時は頼らせてもらうさ」

 振り返ることなく、ウェルテ先輩は走り去っていった。


 その背を追いかけ、手を伸ばすも届かない。

 距離は次第に離れ、彼女は光の中へと消えていく。


 光はまばゆさを増し、僕の視界を包んでいき――


「ウェルテ……先輩……」

 目を開くと、少しだけ知っている天井が映った。


 ケラスの里の、僕たちが借りている小さな家。

 その内にある、僕が寝泊まりしている部屋の天井だ。


「英雄が持っていた剣……か」

 ベッドから起き上がり、壁に立てかけておいた英雄の剣を手に取る。


 重量的にも、精神的な意味でも、これまでに握ってきたどの剣よりも重いかもしれない。

 過去の記憶に苦しむ僕が、この剣を振って良いのだろうか。


「……あれ? そういえばいまの夢、知らない部分が見えたな……。ウェルテ先輩に手を差し伸べられた後、僕はその手を取らずにナナを助けに行ったのは確かだけど……」

 こうであってほしいという願望が夢に現れたのだろうか。


 それならば無事に事件を乗り越え、宴会をしている夢を見たいというのに。


「ソラさん。ご飯ですよ」

 ノックと共に、ナナの声が聞こえてくる。


 いつの間にやら、夕食の時間となっていたようだ。

 英雄の剣を元あった場所に戻してから扉を開く。


「お悩みですか? 英雄さん」

「う……。まあ、どうしてもね……」

 扉を開くと同時に、ナナが僕の顔を覗き込んでくる。


 笑みは浮かべられているが、どことなく心配そうな顔つきだ。


「すごい功績をたててみたいとか思ったことはあったけど……。想像以上のものが肩にのしかかってくるとはなぁ……」

「世界への災いを払う英雄ですもんね。とてつもなく、重い使命だということは理解できます。その使命に悩む気持ちも……」

「……そうだね。君も、大魔導士になるという使命があるもんね」

 コクリとうなずいたナナの横を通り抜け、リビングへと足を向ける。


 彼女も僕の真横にぴったりとつき、共にゆっくりと歩いていく。


「ねえ、君は僕が英雄になったらどう思う?」

「それ、聞いちゃいます? 私が大魔導士になったらと同じような質問ですよ?」

 確かに、ナナが大魔導士になったところで、何か変わることがあるとは思えない。


 もちろん忙しくなったりすることはあると思うが、いままで通り支えるだけだ。


「私からしてみれば、肩書が変わる程度です。私を守る英雄さんってところでしょうか?」

「あはは、確かに。大魔導士を守る英雄……。かっこよさそうだね」

 ナナが大魔導士となり、僕が英雄となる。


 彼女に釣り合うためには、それくらいにはならなければいけないのかもしれない。


「ナナ。僕は何度も君の代わりに歩いてあげると言ってきた。でも、英雄の道を歩み出せばいままで以上の困難に襲われるはず。だから、もし辛くなったら君を頼って良いかい?」

「それこそいままで通りじゃないですか。でも、こうして言葉にしてくれたのは嬉しいです。みんなで支え合いながら、進んで行きましょうね」

 確かに、いまさら言い直すことではなかったかもしれない。


 それでも、言葉にしなければ不安になりそうなのだ。


「これが、君の抱いている辛さ……か。届くか分からない、なれるか分からない。何も見えないのがこんなに辛いなんて」

「ええ、とっても辛いです。でも、だからこそソラさんがいてくれることが嬉しいんですよ? 今度は私が、あなたのそういう人にならないと」

 胸の前で両手を握り、やる気を出し始めるナナ。


 とうの昔から、彼女は僕にとっての安らぎ。

 そばにいてくれるだけでいいのだが、頑張ろうとしているところを止めるのも、また違うだろう。


「さあ、レイカちゃんたちもリビングで待ってますし、早くご飯を食べましょう! 冷めちゃったら、美味しくなくなっちゃいますからね!」

「だね。今日の夕食は何かな~」

 二人でリビングに入り、家族とモンスターたちと共に食事を開始する。


 僕が英雄になれるのか、そもそも世界にどのような危機が訪れるかすら分からない。

 使命に悩まされることもあるだろうし、歩みを止めてしまうこともあるだろう。


 それでも僕には家族がいる。

 共に歩み、共に苦しみに立ち向かえる大切な人たちが。

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