「エルフの皆さんのお祭り……! 絶対参加する!」
「歴史がある催しとか見られそう」
借りている家へと帰宅し、家族にイチョウさんからの誘いを伝えると、レイカとレンはすぐさま乗り気になってくれた。
二人が興味を持たないはずがないので、この反応はほぼ想像通りだ。
「他の種族のお祭り……。『アイラル大陸』では見られなかったので、今回が初の参加ですね。どんなお祭りになるんでしょうか?」
「僕が真っ先に想像したのは、森への感謝をする祭りや、『世界樹』の抑制をしているニーズヘッグ様を労う祭りかなぁ……。そういえば、プラナムさんたちの国ではどのようなお祭りが開催されるんですか?」
「騒ぐのはもちろんのこと、今年一番の発明をした人物を讃える祭りなんてものもありますわ。ただ家の立場上、参加するにしても来賓席からの見学になり、民と共に楽しめないのが……。今回は、そういったしがらみはなさそうですが」
プラナムさんの一家は国に関わる家系なので、窮屈な目に合っていたのかもしれない。
とはいえ、彼女がこの地で何かしらの危害に合えば大きな問題となってしまうので、ある程度の制限はされそうだが。
「ソラ、いるか?」
玄関を叩く音と共に、イチョウさんの声が聞こえてくる。
どうやら、詳細が書かれた資料を持ってきてくれたようだ。
玄関に移動して扉を開くと、そこには数枚の紙を持つ彼の姿があった。
「とりあえず三枚持ってきた。お前たち家族が二枚、プラナム嬢が一枚だ。彼女には増やすなりしてくれと伝えておいてくれるか?」
コクリとうなずき、三枚の資料を受け取る。
表面には、祭りの詳細と可愛らしい絵が複数描かれていた。
植物や星の絵、エルフやヒューマン、ホワイトドラゴンらしき似顔絵もある。
僕たちを表しているようだが、誰が描いてくれたのだろうか。
モミジさんやスイレンさん辺りが描きそうな絵ではあるが。
「どうだ、俺の絵は」
「へ?」
「資料の絵は俺が描いた。なかなか良い出来だと思っているんだが、どうだ?」
「……と、とても素敵な絵だと思います」
そう返すと、イチョウさんは満足そうな笑みを浮かべながら去っていった。
なんというか、あまりにも意外だ。
「資料を持ってきてくれたようですわね。わたくしにも見せていただけますか?」
資料に描かれた絵を見つめながらリビングに戻ると、プラナムさんが催促をしてくる。
内一枚を渡すと、彼女は眉間にしわを寄せながらこう言った。
「なぜ、我々の絵は描かれていないのでしょうか?」
「僕に言われても……。ほい、レイカ、ナナ」
「ありがと! わぁ……! 可愛い絵!」
「味がある絵ですね。催し物の資料にとてもよく合ってます」
この絵を描いた人物の名を教えると、家族たちは一様に驚く様子を見せていた。
やはり、イチョウさんのイメージとはかなり異なる絵のようだ。
「お祭りは芸術関連の催しが多いみたい。絵画部門もあるみたいだし、レンも出してみたら?」
「スイレンさんは褒めてくれたけど……。ちょっと怖いからパス」
不安に感じる必要が無いほどに素晴らしい絵だと思うが、本人が拒んでいるのであれば無理をさせる必要はないだろう。
絵画を見ている間に気分が乗り、見せたいと思うようになったら、追加で参加させてもらえないか打診してみれば良いのだから。
「エルフの方々が、芸術に取り組んでいる姿はご覧になられました?」
「ほぼ毎日のように見かけますね。レンもエルフの皆さんと交流をして、様々な芸術を学んでいるんですよ」
「今度、木彫りを教えてもらおうと思ってる」
エルフの人々は、芸術を通して使い魔の強化をしているのかもしれない。
創造力を鍛え、発想を豊かにする。
そうして、使い魔に自由自在の動きを与えていくのだろう。
レンの使い魔であるベンヌにも、良い働きかけがありそうだ。
「お嬢様。祭りの資料を頂けたことですし、そろそろ帝都に戻った方がよろしいのでは?」
「そうですわね。研究が一段落した研究員たちが、やきもきしているかもしれませんわ」
プラナムさんとシルバルさんは席を立ち、僕たちに挨拶をしてから玄関へと向かおうとする。
そんな彼女たちの後ろ姿を見送ろうとした時、とあることを忘れていたことに気付く。
「あ、ごめんなさい! プラナムさん、シルバルさんを少しだけお借りしても?」
「もちろん構いませんが……。大切なお話でしたら、わたくしは家の外に出ていましょうか?」
家の中で待っていても問題ないと伝えつつ、シルバルさんを伴って僕が使っている部屋の扉を開く。
壁に立てかけられた緑色の鞘、それに納められている英雄の剣を彼に見せる。
「この剣の状態をチェックして頂けませんか?」
「私が作った剣とはまた異なるもののようですね。これは一体?」
剣を鞘ごと手に取り、詳細は隠しながら手に入れた経緯を説明する。
話をしている間、シルバルさんは好奇心を抱いた瞳で剣を見つめていた。
「遥か昔から存在している剣と。障りなければ、持たせていただいても?」
「もちろんです、どうぞ――あ、しまった!」
小さな手が握りに触れた瞬間、ミスをしたことに気付くのだが。
「どうされましたか? ソラ殿」
「え? あ、あれ? 何ともないんですか……?」
魔力を吸収する剣だというのに、シルバルさんはけろりとしていた。
そういえば、ゴブリンとドワーフの人々は魔力を持たないと聞いている。
吸うものが無いのであれば、身体に異常を起こさないのは当然か。
「魔力がない体で良かったと言ったところですか……。少々複雑ですが、今回ばかりは有効活用させていただきましょう」
シルバルさんは剣を鞘から抜き放ち、しげしげとそれを見つめていた。
くるくるとそれを回転させ、傷や状態を確認しているようだ。
「とてつもない技術で作られている剣ですね……。長い間整備をされずとも、ここまでの輝きを放っているとは……」
「剣身は問題ないと思うんです。けれど、握りや鍔の方が……」
僕の言葉を聞き、シルバルさんは剣を軽く振る。
するとカチカチという、何かがぶつかり合うような音が聞こえてきた。
「確かに、ガタがきているようですね。修繕を行った方が良いでしょう」
「修繕もお願いしたいんですけど……。打ち直すことはできませんか? 僕の体と少々合っていないので……」
鞘に納められた剣を受け取りつつ、依頼をする。
シルバルさんは首を横に振り、じっと剣を見つめながらこういった。
「剣に使われている素材が分かりません。打ち直すとなれば同様の素材が必要ですからね。傷の修繕程度であれば問題ありませんが、その必要はないようですし……」
僕の体に合っていないとはいえ、練習をすれば問題なく扱えるようにはなるはずだ。
だが、そうするといままで使っていた剣の振りに支障が出てしまう。
長さや重さが異なる二つの剣を、使い分ける鍛錬はしてきていない。
「同時に二つの剣を振るうようになれば、今度は魔導書が使えなくなってしまう……。現状のソラ殿と相性が悪いと……」
「そうなんですよ……。基本的にこの剣は使わず、ここぞという時に使うべきか……?」
相手を倒すためにではなく、あくまで魔力を吸い取ることを目的に使う方が良いかもしれない。
もしくは攻撃の仕方を突きのみに絞るのもありか。
「朽ちず、摩耗せず、損傷しない。とてつもない素材を用いて武器を作ったという伝承が存在します。それを見つけ、強化に使えればもしかしたら……」
「これまたとてつもないお話が……。僕には集めるという作業が、一生付きまとってくるみたいですね」
モンスター図鑑用の情報に、圧縮魔を完成させるための知識、今度は英雄の剣を打ち直すための素材を求め始めている。
もしもそれを見つけられたら、今度は何を探すことになるのだろう。
「お忙しい中、お時間を割いて頂きありがとうございます」
「いえ。これほどの業物を見られて、柄にもなく興奮してしまいました。もし打ち直す時が来たら、ぜひ私にも関わらせてくださいね」
シルバルさんとの約束にうなずき、家の外へと向かう。
帝都に帰っていく彼とプラナムさんの背を見送りつつ、新たな課題に思慮を巡らせるのだった。