「バウンドコーン、いっただき!」
「あ! あたしが買ったんだから、先に食べさせてよ~!」
出店で食べ物を購入する子どもたちのやり取りが、遠方から聞こえてきた。
僕たち家族は、エルフのお祭りに参加している。
いまは芸術品が並べられているエリアを歩いているのだが、どれもこれも美しく魅力的なものばかりだ。
「これ、シルフの彫刻かな。向こうにはウンディーネっぽいのがあるけど」
「サラマンダーもあるよ。残りのドラゴンと狐と鹿は――なんだっけ?」
「確か、ノームにヴォルトにフラウ。ノームとニーズヘッグ様、何となく似てる」
レイカとレンの視線の先には、使い魔たちの彫刻が置かれていた。
どれもこれも勇ましく、美しく作られている。
後半三種はまだ見たことがないので、いずれ使い魔として動いている姿を見たいものだ。
「お、リーフスライムの彫刻もあるんだ。スララン、見てごらんよ」
地面を跳ね回っていたスラランを呼ぶと、彼は木彫りのリーフスライムを見るために展示台の上へ飛び上がる。
彼はそれの周囲をくるりと回ってから真横に並び、じっと僕を見つめてきた。
その後も種々多様の彫刻たちを、感嘆の声を漏らしながら見学していると。
「ぼくの彫刻、気に入ってくれた?」
木片と彫刻刀を持った紫髪の少年が、声をかけてきた。
これらの彫刻全てを彼が一人で作ったらしく、その技術の高さに驚くのと同時に、エルフの人々がどれだけ芸術を大切にしているのか、わずかながら理解する。
「欲しい彫刻があったら、作っちゃうよ! お金はもらうけど……」
「もちろん、払わせてもらうよ。そうだなぁ……。この子と同じ、スライムの彫刻を作ってくれるかい?」
「りょーかい! 作るのに少し時間がかかるから、他の場所を見に行ってきてもいいよ!」
早速、少年は木片を削る作業を開始した。
いま作ってもらっている物は、お土産として『アヴァル大陸』に持ち帰るとしよう。
どんな彫刻が出来上がるかを楽しみにしつつ、次に向かう場所を思案していると。
「ワウ! ワオーウ!」
「キャウ! キャウ!」
「ん? ルト、コバ。どうしたんだい? よだれを垂らして……」
ルトたちの声に振り返ると、よだれを垂らしながらそわそわしている二匹の姿があった。
見つめている方角には、飲食系の出店が集まっていたはずだ。
「なるほど、いい匂いがしてきたからお腹が空いたんだね。時間もちょうどいいし、僕たちもお腹に何か入れようか。レイカ、レン。行くよ」
「はーい!」
「ん、分かった」
妹たちとモンスターたちを連れ、飲食料の出店があるエリアへと足を進める。
そこかしこに人がいるだけでなく、出店から漂う様々な匂いが混ざり合うことで、混沌としつつも活気に満ち溢れた空間と化していた。
「あら? ソラさんたちも来てたんですね」
声に振り返ると、そこにはパナケアを抱くナナの姿があった。
パナケアの小さな手には水風船らしきものが握られており、彼女は楽しそうにそれを揉んでいる。
「あちこち見て回ってお腹が空いてきたからね。パナケア、お祭りは楽しいかい?」
「まう! まうまーうう!」
ナナとパナケアは僕たちと別行動をし、幼い子どもたち向けの出店の方へと行っていた。
彼女たちもなかなか楽しめていたらしく、水風船だけでなく他のおもちゃも買ってきたとのことだ。
「モンスターたちを連れ、食料を売っている場所を歩くのは良くないかもしれませんね……。私がこの子たちを見ているので、みんなでご飯を買ってきてくれませんか?」
「それもそうか。ごめんね、ルト、コバ、スララン。自分で選んでみたかっただろうけど……」
「クゥーン……」
悲し気な様子を見せたモンスターたちを優しく撫でた後、レイカたちと共に飲食系の出店通りへと入る。
無数の出店が軒を連ね、それらから多種多様の香りがあふれ出していた。
「いい香り~! お兄ちゃん、自由に歩き回ってみたいんだけど、いい?」
「もちろんさ。レンも食べたい物があったら自分で買ってきな?」
「分かった。いろいろ買ってくる」
姉弟は、笑顔を浮かべながら人ごみの中へと駆けこんでいく。
一人残された僕は、モンスターたちが喜びそうな物を探して出店を巡ることにした。
串焼き肉に、新鮮な野菜たちを粉砕して混ぜ合わせた飲み物。
目と鼻で雰囲気を楽しみつつ、買い集めをしていると。
「あ、ソラさんじゃないですか! 食べていきませんか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには赤髪の少女がサラマンダーと共に調理をする姿があった。
どうやらモミジさんも、店を出していたようだ。
「サラマンダーの炎でソーセージを焼いているんです! ソラさんには命を助けて頂きましたし、一つだけですが無料にさせていただきますよ! どうでしょう?」
「それは嬉しい。四つ買うから、三つ分払わせてもらうね」
小さく笑いながら貨幣をモミジさんに手渡し、焼き上がるのをしばし待つ。
肉が焼ける良い香りが、僕の嗅覚を刺激する。
ルトたちのように、よだれが溢れ出しそうだ。
「はい、お待たせしました! ご注文のソーセージです!」
「ありがとう。このソーセージに使われているお肉ってなんだろ?」
「ハーブボアですよ。ソラさんがこれまでに集めていた情報にもあるはずです」
ハーブボアはイノシシ型のモンスター。
体はそれほど大きくはないが、危険を察知するとかなりの速度で逃げ去ってしまう。
稀に反撃として襲い掛かってくることもあるらしく、そのスピードから繰り出される体当たりは大の大人でも吹き飛びかねないものだそうだ。
食用としては大変美味で、柔らかく、臭みもほぼ無いらしい。
「うん、いい香り。ルトたちも気に入ってくれると思うよ」
「ありがとうございます! よろしければ、また買いに来てくださいね!」
モミジさんに手を振りつつ、ナナたちの元へ戻る。
早速モンスターたちは僕の買ってきた料理たちを口に運び、美味しそうに食べだすのだった。
「ほい、モミジさんが焼いたソーセージ」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼して……。うん、美味しいです! とっても柔らかくて、焼き加減も最高です!」
ソーセージを口に含み、顔をほころばすナナを見て、僕もそれを口に運ぶ。
皮目が丁寧に焼かれているため、噛み付くとパリッという音ともに肉汁があふれ出してくる。
内側の肉は柔らかく、臭みは全くない。
むしろハーブのような香りが鼻の奥に広がり、肉料理ながら爽やかさを感じるほどだった。
「ただいまー!」
「いろいろ買ってきた」
「お帰り。さあ、みんなで味わおうか! いただきまーす!」
行き交う人々の触れ合いを眺めながら、数々の料理を口に運ぶ。
祭りという非日常を、全身で味わうのだった。