「これより使い魔鑑賞会を行いまーす! 自身の使い魔が魅力的だと思う方は、ぜひご参加くださーい!」
何やら催しが始まるという知らせが、遠方から聞こえてくる。
イチョウさんからもらった資料を取り出して確認してみると、各々が呼び出す使い魔の美しさや、造形の正確さを比べる催しと書かれていた。
「美しさは名の通りだとして、造形の正確さってなんだろ?」
「崩れている部分がないかなどのチェックじゃないですか? うまく形を保てずに崩れてしまうこともあるってスイレンさんが言ってましたし」
使い魔を正確に作れれば作れるほど、自身が手掛ける芸術が精巧だということになる。
芸術を通して使い魔の容姿を洗練させていくエルフの人々にとっては、自身の技術を知らしめる場なのかもしれない。
「レンも出てみたら? ホウオウの姿、とってもきれいだし。他の人の使い魔を間近で見られるいい機会かもよ?」
「え? う~ん、確かに勉強になるかもだけど……」
レンはホウオウを呼び出せるようになってから日が浅い。
他者の使い魔を間近で観察することで、自身の力になることは多いはずだ。
「……うん、ちょっと不安だけど参加してみる。受付は――ステージ横かな」
レンは立ち上がり、祭り会場に作られたステージへと歩いていく。
僕たちは彼と少し異なる方向へと歩き、観覧席へと向かうことにした。
「おや、ソラ様方もご観覧でしょうか?」
「プラナムさん。ええ、レンに参加を促してみたら、乗り気になってくれたもので。あなたは楽しまれるために?」
観覧席には、プラナムさんとシルバルさんが座っている姿があった。
彼女たちのそばに腰を下ろしつつ、観覧に来た目的を尋ねる。
「もちろんそれが主目的ですが、もう一つ目的があるのです。可能であればスカウトしたいと思いまして」
「スカウト……。あなた方の発明品に、エルフたちの技術を取り入れたいということですか?」
プラナムさんはコクリとうなずくと、カバンから一枚の設計図を取り出した。
「研究中の飛空艇。可能であれば、各種族の象徴を組み込みたいと考えているのです。かつてはいがみ合った間柄でも、これからは手を取り合って空をも飛べるようになれたらと」
「素敵な夢じゃないですか。応援させていただきますよ」
こればかりはプラナムさんたちが頑張らなければならないこと。
他の大陸出身である僕らには、手伝えることはあっても積極的に関わることはできないのだ。
「使い魔鑑賞会、開始いたしまーす! 参加者の皆さまは、どうぞステージへとお進みください!」
プラナムさんたちと会話を楽しんでいると、司会の声が聞こえてくる。
いつの間にか開幕の時間となったようだ。
「結構参加者がいるねぇ。子どもの人数が少ないのは、まだ使い魔を呼び出すほどの技術が伴ってないからなのかな」
参加者は、どちらかというと高齢の方が多いように思える。
芸術とは長い年月をかけて育て上げられた技術の結晶。
若い人が新たな形を作ることはあっても、積み重ねられてきた歴史を超えていくのは、なかなか難しいことのようだ。
「お、レンがでてきたよ。隣にはモミジさんもいるね」
「モミジちゃんのサラマンダーも綺麗だよね! あれ? あそこにいるの、スイレンさんじゃない?」
レイカが指さした先には、確かにスイレンさんの姿がある。
どうやら彼女も参加者のようだ。
複数の使い魔を呼び出せるはずだが、どの個体を呼び出すつもりなのだろう。
「今回、過去に五連続優勝という圧倒的な成績を打ち立てた、ケラスの里のスイレン様が数年ぶりにご参加されております! 少々お話を聞いてみましょう!」
スイレンさんの実力の一端を聞き、驚く。
イチョウさんが、彼女のことを使い魔の第一人者とは言っていた。
見せていただいた使い魔たちはどれも美しかったが、ここまで優秀な能力を有している方だったとは。
「久しぶりに、創造欲を大きく沸き立てる出来事にめぐり合いまして。若い子たちが懸命に動き回って新たな力を得たというのに、地位に胡坐をかき続けるのはどうかと思ったのです」
恐らくは、レンのことを言ってくれているのだろう。
子どもたちが力を得ようとする行動力は、大人と比べて遥かに強い。
僕もその力が弱まってきたように感じるので、英雄の道を示されたことも併せて心を入れ替えていく必要がありそうだ。
「とても好奇心をくすぐるお話ですね! ぜひ続きを聞きたいものですが、時間も押しているのでさっそく始めましょう! 今回はエルフだけでなく、異種族の少年も参加しております! 彼はどんな使い魔を見せてくれるでしょうか!」
司会の言葉と共に、使い魔鑑賞会が開始される。
シルフ、サラマンダー、ウンディーネ。
黒色の竜ノームに、紫色の狐ヴォルト、そして白い牡鹿フラウ。
様々な使い魔たちが出現し、その美しく可愛らしい容姿を僕たち衆目にさらしていた。
「ノームの姿は、やっぱりニーズヘッグ様に似てるね」
「使い魔にはモチーフがあると言ってましたからね。各大陸のどこかに存在するというお話ですが……」
「他の『聖獣』にも、いつか会いに行けるのかな?」
様々な行動を見せてくれる使い魔たちを鑑賞しながら、家族内でこっそりささやき合う。
ニーズヘッグ然り、他の『聖獣』も偉大な姿が基本なのだろうか。
それとも、可愛らしい姿をしているお方もいるのか。
「では、お次の方どうぞ!」
「はーい! おいで、サラマンダー!」
司会の言葉で前に進み出たモミジさんが、サラマンダーを呼び出そうとする。
真っ赤な炎の球が生み出され、それが少しずつ形を変えていく。
くちばしが生まれ、翼が生まれ、鳥の姿へと変化した。
サラマンダーは大空に飛び上がり、くるりと宙返りをしてから地上へと向かってくる。
モミジさんの肩に降り立つと、毛繕いを始めたようだ。
「これはまた可愛らしいサラマンダーですね! 威厳あるパフォーマンスを見せる参加者が多い中、観衆の目はどれほど惹きつけられたでしょうか! では次の方、お願いします!」
モミジさんとサラマンダーがステージ脇に移動するとともに、再び知人がステージ中央に立つ。
今度はレンの出番のようだ。
「お、レンが来たね! レーン! 見てるよー!」
「気を落ち着けてねー!」
「がんばれー!」
レンは僕たちの応援にうなずくと、胸元に右手を置いて深呼吸をしていた。
緊張はしているようだが、顔色は悪くない。
あれならば失敗するようなことはないだろう。
「彼は別の大陸から家族と共に訪れたそうです。我々とは異なる形、見せていただきましょう!」
司会の言葉が終わると同時に、レンはホウオウを呼び出した。
大きな炎の玉が彼の頭上に出現し、大空高く飛翔する。
まるでもう一つ太陽ができたかのような錯覚を起こしたその時、それは一気に膨張し、爆発を起こした。
温かな火の粉が観覧席に落着し、観客たちの体を癒し温めていく。
皆が大きく驚く中、空中から大きな炎の鳥が舞い降りてきた。
「綺麗……。あんなサラマンダー初めて見た……」
「いや、サラマンダー……なのか? 姿は当然ながら、雰囲気も違うように思えるぞ」
エルフの人たちも、初めて見るホウオウの姿に驚いているようだ。
そんなホウオウはレンの真横に移動し、撫でるように要求をしていた。
「異種族がこれほどの使い魔を生み出すとは……! 我々も、さらに技術を磨いていく必要がありそうです! では、次の方どうぞ!」
ホウオウに負けじと、参加者たちが次々と前に出て使い魔を呼び出していくが、先ほどまでの感動は生み出せなかったらしく、大きな歓声が上がることはなかった。
レンが優勝するのは誇らしいことではあるが、手に入れたばかりの力が長年培ってきた歴史を凌駕し得るものだと確信してしまえば、彼の成長を阻害することになりかねない。
参加を勧めたのは僕だが、失敗だっただろうか。
「では最後に、歴代覇者であるスイレンさんに使い魔を見せていただきましょう!」
最後の参加者である、スイレンさんがステージ中央に姿を現す。
彼女は暖かい笑みを浮かべ、深くお辞儀をしてから使い魔を呼び出し始める。
周囲に水滴が出現し、それが彼女めがけて集まっていく。
空中に浮かべられた大きな泡が弾けると同時に、ウンディーネが出現した。
はじけ飛んだ水滴たちを泳ぐようにしながら移動し、彼女の頭上で停止する。
「まだまだ、これからですよ」
今度は僕たちの間を優しい風が通って行き、同じようにスイレンさんの周りに集まっていく。
強風と共に現れたシルフが彼女のそばで待機する。
続けて火の玉が出現し、サラマンダーが温風を散らしながら同じように待機した。
「同時に三体も……。他の人たちは一体ずつしか出現させなかったところを見るに、スイレンさんは別格だってことだね」
「他の人と比較して、見た目も綺麗なように思えます。五年連続で優勝したという話もうなずけます」
確かに美しくはあるが、ホウオウほどの感動は無いように思える。
このままレンが優勝するだろうと思いかけたその時。
「さあ、ここからが本番です! みんな、お願い!」
スイレンさんの言葉に呼応し、各々が行動を開始する。
ウンディーネが水滴を大量に出現させ、シルフが風を巻き起こしてそれを細かく散らしていく。
最後にサラマンダーが強く輝き、それらに光を当てると――
「わあ……。綺麗……!」
ステージ内に、美しい虹が出現した。
決して大きいものではないが、それらの周囲を使い魔たちが飛び回り、幻想的な雰囲気を作り出していく。
「魔法で芸術を……。こういう形もあるんですね」
「だね。どうしても戦うことばかりに頭が行っちゃうけど、それだけじゃもったいないってことだね」
虹が消え去るまで、観客たちはそれを見つめ続けていた。
鑑賞会の結果は、スイレンさんが優勝、レンは準優勝で終わるのだった。