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祭りの終わりに

「勝てなかった……」

「確かに勝てなかったけど、落ち込まなくていいと思うな。レン君は初めての挑戦で準優勝しちゃったんだよ? 私、驚いちゃった!」

 使い魔鑑賞会が終わり、家族皆でレンを迎えに行くと、そこには肩を落として落ち込む彼と、そんな彼を励ますモミジさんの姿があった。


 あと一歩、スイレンさんに届かなかったがために落ち込んでいるようだ。


「……僕も、スイレンさんみたいになれるかな? いくつもの使い魔を生み出して、操れるように――」

「それは違うよ、レン」

 発言を遮るように声をかけ、レンの肩に手を乗せる。


 僕たちの接近に気付いていなかったらしく、彼はびくりと体を震わせて驚きの表情をこちらに向けた。


「ソラ兄……。違うってどういうこと?」

「後追いをする必要は、もう無くなったってことさ。君は、君だけの力を手に入れた。エルフの人たちでも知らなかった領域に、足を踏み入れたんだ。それなのに、他の人たちの真似をするんじゃもったいないじゃないか」

 以前僕は、レンに一歩を踏み出せた時こそ大きく成長できると伝えた。


 エルフの方々が呼び出す使い魔たちと、姿形が異なる使い魔を呼び出せるようになったこの時こそが、彼の成長の始まりなのだ。


「ホウオウと一緒に……。僕だけの力を……?」

「そうだよ! いくつもの使い魔を操るレン君もかっこいいと思うけど、ホウオウの力を限界以上に引き出せる方がかっこいいはず! 私、そんなレン君を見てみたいな!」

 モミジさんの真っすぐな言葉に、レンは気恥ずかしそうにしながらもうなずいていた。


 もしかすると、この二人は――


「ご歓談のところ申し訳ありません、少々よろしいでしょうか?」

「スイレンさん? 構いませんが、何かありましたか?」

 声に振り返ると、そこにはスイレンさんの姿があった。


 傍らにはシルフがおり、どことなく忙しない様子だ。


「少し前にこの子が教えに来てくれたのですが、実はあの方がソラさんを呼んでいるようなのです」

「あの方……。分かりました、会いに行ってきます」

 家族に祭りを楽しんでいるよう伝えつつ、その場を離れて『世界樹』に向かって歩き出す。


 スイレンさんがあの方と呼ぶのはニーズヘッグ様だけだ。

 英雄の剣がらみであれば、レイカも共に連れて来るよう連絡があるはずなので、僕だけが向かわねばならない用事とは何なのだろうか。


 道中のモンスターたちをやり過ごしながら、木の根だらけの暗い森を進む。

 やがて前方から光があふれ出し、巨大な大樹『世界樹』が姿を現した。


「来てくれたか、待っていたぞ」

「ニーズヘッグ様……。ご用事があると聞いて伺いました」

 ニーズヘッグ様は、『世界樹』のそばでたたずんでいた。


 根をかじっていないようだが、魔力の吸収は大丈夫なのだろうか。


「剣の吸引能力に抵抗するために大陸中から魔力を吸っていたからな。剣が抜かれたいま、『世界樹』が魔力を吸う意味はない。つまり我も、噛みつく必要が無くなったというわけだ。長年の癖のせいか、噛みつきたくなることもあるがな」

 遥か悠久の過去から続けられていた使命。


 焼き付いた日常は、ほんの数日程度で変えることは不可能なのだろう。


「さて、今回お前を呼んだのは他でもない。我の元に現れた人物について話をしようと思ってな」

「あなたの元に現れた人物? エルフの方々ではないということですか?」

 ニーズヘッグ様の話しぶりから察するに、この地に現れたのは異種族だろう。


 ゴブリンかドワーフか、もしくはまだ見たことがない種族だろうと予想したのだが。


「現れたのは、ソラ、お前と同じヒューマンだ。紅い鎧を纏った、黒髪の女剣士だった」

「は……!?」

 ヒューマンがこの地に現れたとはどういうことだろうか。


 『戻りの大渦』もそうだが、『アディア大陸』の断崖絶壁もある。

 それらの大きすぎる障壁に加え、エルフの守り人の監視を潜り抜けたなど、とても信じきれなかった。


「我も目を疑ったが、それは事実だ。彼女がこの地に現れたこと、彼女の発言を共有しておこうと思ってお前をこの場に呼んだ。祭りの余韻もあるだろうに、すまないな」

「いえ、お構いなく……。それより、女性のことについて教えてください。紅い鎧を纏っていたこと以外に、何か特徴はありませんでしたか?」

 『アヴァル大陸』の人口は多いが、戦える人物、かつ女性となってくると限られてくる。


 情報を集めておけば、その人物を探せるかもしれない。


「紅い鎧以外に、か……。彼女が持っていた荷物の中から、複数の魔力の気配を感じた。お前が持つ荷物からも、似たような気配があるな」

 驚きながら荷物を探ると、魔導書が瞳に映った。


 ヒューマン、黒髪の女性、魔導書に似た魔力を有す何かと剣を持つ剣士。

 まさか、ニーズヘッグ様と会話をしたという人物は――


「ソラよ、何か心当たりがあるようだな?」

 こくりとうなずきつつ、思い浮かんだ人物の名、その人物の思想、直近の行動を伝える。


 同じ魔法剣士、ウェルテ先輩のことを。


「なるほど。お前と共に修行をしていた者と、同一人物かもしれないと」

「ただ、鎧という点が分かりません。魔法剣士は戦法がら、鎧を装備することがほぼありませんので……」

 鎖帷子を着込むことはあっても、鎧装備を推奨されることはない。


 前衛と後衛を切り替えながら戦うことが多いため、動きにくさは忌避されるのだ。


「まあ、実際に出会わないことには分からないので、その点はこれまでにするとして……。その人物は、何を話されたのですか?」

「彼の者は、各地に根差す、強大かつ危険なモンスターを退治して周っていると言っていた。起点、源とならぬよう、大災害を防ぐために――と」

「大災害……? モンスターを倒すことで、それを防ぐことができる……?」

 モンスターが関わる大災害と言えば、五年前の事件が思い浮かぶ。


 強力なモンスターを倒しておけば、あの事件と同等のことが起こらなくなるということだろうが、どういった理屈だろうか。


「同時にこうも言っていた。すでにこの大陸の起点は滅び去ったようだ――と。最近、アラーネアの親玉が退治されたと報告があったはずだな」

「それ、僕たちが退治したモンスターです。時期は確かに合っていますが……」

 レンがホウオウを呼び出すきっかけとなったモンスター――クイーンアラーネア。


 一歩間違えれば、大森林の生態系だけでなく、この大陸そのものに影響を与えかねないほどに危険なモンスターだった。

 僕たちが奴を倒したことで、この大陸は安全になったということだろうか。


「彼の者から、件のモンスターを倒した者へ。つまり、そなたあての言伝を預かっている。起点となりうるモンスターを探し、退治する手伝いをしてもらいたい。もう二度と、人がモンスターの手によって傷つかずに済むように――とのことだ」

 この瞬間、件の人物の正体と目的が確信に至った。


 モンスター大発生事件の再来を防ぐために、ウェルテ先輩が行動を起こしている。

 どのようにして彼女がこの地に現れたのかは分からないが、事件を未然に防げるのであれば、再会ができる可能性が高まるのであれば、その依頼を受けるべきだろう。


「その人がどこに拠点を持っているか、などは言っていましたか?」

 ニーズヘッグ様は、ゆっくりと首を横に振った。


 なぜ先輩は、共に居ることを頑なに拒むのだろう。

 過程は違えども、望む結末は同じだというのに。


「いまこの時、お前たちに英雄の剣を抜いてもらったのは正解だったようだな。強大なモンスターと戦う時でも、あれは十全に力を発揮するだろう」

「ええ、頼らせていただきます。それに付随してお尋ねしたいことがあるのですが……。あの剣を作り変えてもよろしいでしょうか? 現状、僕でもレイカでも扱いにくくて……」

「もちろん構わぬ。ただし、素材等はお前たちで用意してくれ。いくら我でも、強化するために必要な物は知識含めて持ち合わせていないからな」

 大きくうなずきつつ、新しい姿となった英雄の剣を想像する。


 現在の特徴を強化した剣となっているだろうか。

 それとも、異なる特徴を与えられた剣か。


 どちらにしても、僕たちが扱える形にしなければ。


「彼の者が纏っていた鎧は、本来、『神族』が自ら選んだ人物にしか作り与えない物。この時代には存在するはずのない、神の御業で作られた代物だ。誰かが与えたにしろ、自ら見つけたにしろ、警戒すべきだ」

「何者かが名を利用し、操っている可能性もあると……」

 先輩は後悔からの行動をしていると思われるが、背後に何者かの存在があるのだとしたら見過ごすわけにはいかない。


 仮に彼女をだまし、悪事へと加担させようとしているのであれば――


「世界を知り、考え続けた者だけに栄光は与えられる。止まらず進め、次代の英雄候補よ」

 無言でうなずき、ニーズヘッグ様に背を向ける。


 歩き続けてさえいれば、必ず道は重なり合う。

 その時までに、自分のやるべきことを進み続けよう。


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 『エルフ族』 

 体長   1.5メール  ~  1.8メール

 体重    50キロム  ~   70キロム

 生息地 『アディア大陸』エルル大森林


 森と共に暮らし、森と共に生きる森の守護者たち。

 髪の毛の色には数多くのバリエーションがある他、耳が鋭利に尖っているのが特徴。


 木々を自在に移動する技術を持ち、森林地帯や高所での戦闘は目を見張るものがある。

 また、使い魔を生み出し、それを使役する不思議な技術を持つ。


 絵画、彫刻と言った芸術の力に優れており、彼らが生み出す使い魔たちも、本当に生きている生物かと見紛う程。

 使い魔の技術を学びたいという声も増加しているが、芸術の才能及び長期間の鍛錬が必要ということもあり、入門しても諦めてしまう者が多く、苦労していると聞く。

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