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マンドラゴラ

「そら~。くあもの、ほしー」

「ほーい。ゆっくり食べなね」

 そばに置いてあるかごに手を入れ、オレンジ色の小さな果実を取り出す。


 パナケアにそれを渡すと、彼女は口を大きく開けて頬張り、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 現在はエルフ里祭りの真っ最中。飲食物を買い込んだ僕たちは、草地に腰を下ろして食事をしていた。


「まう~♪」

「美味しかった? この森は美味しい果物がいっぱいあっていいねぇ」

 再びかごに手を伸ばし、果物を口に放り込む。


 舌で潰すと、プチプチとした食感が弾けるとともに、甘酸っぱい液体が口内に広がった。

 アマロ村で採れる果実とはまた異なる感覚だが、さわやかさを感じる果物だ。


「これ、ジュースにしたら美味しいだろうなぁ……。是非持って帰って育ててみたいけど……」

「ダメですよ。種が植わったことで、他の植生を駆逐してしまう可能性があるんですから」

 ナナが口酸っぱく注意をしてくる。


 これからも食べ続けたいから、他の人にも食べさせたいからと言って、別の場所から持ち込んだ種を植えるのは危険が伴う。

 彼女が言った通り、他の植物の栄養を奪い取り、生態系を破壊しかねない大問題に繋がる可能性があるからだ。


「そういう意味では、パナケアは良く適応してくれたよね。下手をしたら、成長できなかった可能性もあったのに」

「土から栄養を取るだけでなく、食べることで栄養を補うようになったからでしょうね。そのおかげで森のモンスターたちとも交流が進み、仲良くなれたのでしょう」

 パナケアは果物を食べ終えるたび、僕たちに新しいものをねだる。


 その様子を見ていると、自然と嬉しさが沸き上がってくる。

 皆で食事を続けていると、どこからともなくどよめき声が聞こえてきた。


 首を大きく動かしながら様子を探ると、エルフの人々がこぞって移動を始める姿を発見する。


「どうしたんだろ? みんな行っちゃうけど」

「あそこは会場の入り口辺り。珍しい人でも来た?」

「僕たちも行ってみようか。問題が起きてたら、手伝えるかもだし」

 食事を一時中断し、人々が向かう先についていく。


 やがて人だかりができている地点へとたどり着き、その中心にいる存在に視線を送ると。


「あれ……パナケア?」

「まう~?」

 緑色の長い長髪を揺らし、エルフの人々と会話をする女性。


 まるでパナケアをそのまま成長させたような人物がそこにいた。


「本当にそっくり……。もしかして、マンドラゴラの成長体?」

 女性は自身の髪――葉に手を伸ばし、それをちぎる。


 何度かそれが繰り返されると、エルフの人たちは感謝の言葉を述べながら元の場所へと戻っていく。

 彼女もまたその後をついて行くのだが、こちらの存在に気が付いたらしく。


「あらら? 私たちのお友達がいる。でも違う香り、違う雰囲気ね。あなたは何者かしら?」

「まう!? ま、ままう~!」

 女性はパナケアに声をかけてきた。


 私たちのお友達ということは、やはりマンドラゴラなのか。


「そう、他の大陸の森から来たのね。この人たちはあなたのお友達で、大切な人たちと。とっても大好きな人たちなのね?」

「まう! まーう!」

 何と女性は、パナケアの未成熟の言葉を理解していた。


 僕たちではできないことに、あんぐりと口を開けていると。


「ソラさんと、ナナさん。それにレイカさんと、レンさんですね。この子に名前を授けてくれたこと、成長を見守ってくれたこと感謝します」

「え!? あ、はい! ど、どういたしまして……なのかな?」

 訳も分からぬ状態で感謝をされたため、家族たちに視線を向けてしまう。


 皆も動揺していることに違いないらしく、落ち着かない様子を見せている。


「失礼いたしました。私はパナケアちゃんと同じマンドラゴラ。エルル大森林に住む個体と言ったところです」

「この森に住むマンドラゴラ……。肥沃な土地だから、もしかしたらいるかもと思ってたけど……。まさか成熟した個体と会話ができるとはね」

「ええ、生涯に一回出会えるかどうかすら分からないのに……。パナケアちゃんも大きくなったら、彼女みたいになるのかな……」

 現在はあまりにも拙いが、いずれは目の前のマンドラゴラと同じように会話をするようになるのだろう。


 背も大きく伸び、大人の女性とほぼ変わらない姿となったパナケアを想像するとともに、いつかその姿を見られるかもしれないことに心を躍らせる。


「まう! まう!」

「そう、あなたの森には他にもお友達がいるのね? ご飯も美味しくて、素敵な所と。でも、私の住む場所も素敵よ? 色とりどりの花が咲き乱れ、空からは気持ちがいい日光が降り注いでくるの」

 お喋りを始めたパナケアとマンドラゴラの女性を見て、僕たちは少し距離を離すことにした。


 異郷の地の出身なれど、同じ種族の会話を邪魔するのは無粋と考えたためだ。

 彼女たちの触れ合いを見つめながら、食事を再開することにした。


「エルフの人たち、マンドラゴラさんから葉っぱを貰ってたよね? 一斉に集まったってことは、やっぱり希少なんだね」

「ニーズヘッグ様の病を治すために、パナケアの葉を使ったけど……。本来であれば、この森に住んでいるマンドラゴラに頼むんだろうね」

「そうそう出会えないからこそ、ケラスの里の人々はパナケアちゃんの来訪を喜び、数多くのエルフたちが大人の個体に近寄っていったと。この森になくてはならない存在なんですね」

 そんな会話を続けていると、大人のマンドラゴラがパナケアを抱いてこちらにやってくる。


 どうやら会話が終わったようだ。


「まうー!」

「楽しくお話ができたみたいだね。すみません、パナケアの話相手になってもらって」

「いえいえ。こちらも、興味深いお話を聞けて感謝しております。異なる大地にある、森の様子を聞けるとは思いもしませんでしたよ」

 『アディア大陸』には、エルル大森林しか森は存在しないと聞いた。


 アマロ村南の森程度の情報とはいえ、好奇心をそそる話が多かったのだろう。


「ひとりぼっちでいたところを、ソラさんとナナさん、それにこの子が森の主と呼ぶ方のおかげで、たくさんのお友達ができた。いっぱい、いっぱい、感謝してると言っていました。素敵な体験もたくさんさせていただいたようで」

「そうですか……。パナケア、こちらこそありがとう。僕もナナも、レイカもレンもスラランたちも、君と友達になれたことで楽しい日々を過ごせてる。これからもよろしくね」

「まう! ま! む! よろ……しくー!」

 大人のマンドラゴラと出会ったことで、パナケアとより深く心を重ねることができた。


 その後も続けられていく二人の交流を、穏やかに見守るのだった。

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