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第三十章 知識を携えて

森から砂漠へ

「また会おうね、レン君! 絶対、約束だよ!」

「う、うん。モミジさんも、その……元気でね」

 今日この時、僕たちはエルル大森林に別れを告げ、帝都ドワーブンに戻ることになった。


 イチョウさんやスイレンさんを始め、お世話になったエルフの人たちが見送りに来てくれており、短い日々とはいえ心が温まっていく。

 そんな中、モミジさんに抱き着かれ、大慌てしているレンの様子が瞳に映る。


 二人は使い魔の練習を共に行っていたようなので、別れの寂しさもひとしお染みるようだ。


「……ちょっと、むかむかするかも」

「君にもきっと、素敵な人ができるって」

 僕のすぐ隣では、レイカがむっとした表情を浮かべていた。


 弟が急に他の女の子と仲良くしだしたことに、姉としては複雑な気持ちなのだろう。


「まう~……」

「大丈夫、きっとまた来れるよ。いい子にしてたらきっと、ね」

「む!」

 寂しげな様子を見せていたパナケアが、ナナの言葉を聞いて引き締まった表情をする。


 今回は一体だけしか会えなかったが、他にもマンドラゴラはこの森にいるらしい。

 集団で生活をしている様子を、いつかは見せてあげられると良いのだが。


「私たちもニーズヘッグ様と共に情報を集めておきます。他の大陸のことはあなた方に任せますね」

「分かりました。またいずれお会いした時に、情報交換をしましょう」

 スイレンさんの言葉にうなずきつつ、『アヴァル大陸』に戻った後のことを志向する。


 天災を払うという使命を全うするために、各種情報を集めて準備をしておかなければならない。

 ウェルテ先輩からの依頼もあるので、しばらくは『アヴァル大陸』内の探索に注力した方が良いだろう。


「ソラ、少しいいか?」

「もちろんですよ、イチョウさん。どうされましたか?」

 イチョウさんに視線を向けると、彼はどことなくいたたまれないような表情を浮かべていた。


 僕たちとの別れを惜しむ心もあるのだろうが、それを表に出すような人ではない。

 何かしら、心にとげが刺さっているようだが。


「……この森にお前たちがやって来た時、俺は槍を向けてしまった。だというのに、お前たちからは貰ってばかりだ。パナケアの葉に始まり、モミジの命を救ってくれたこと。俺は、何かしてやれたか?」

 イチョウさんの言葉に、僕はぽかりと口を開けてしまう。


 何かしてやれたも何も、借家の準備や大森林の案内、戦いの手伝いをしてくれた。

 それでもまだ足りないと思っているのであれば――


「僕たちの大陸で何か問題が起きたら、助力していただけないでしょうか? あなたほどの戦士が共に戦ってくれるのであれば、心強いですから」

「助力……か。全く、この森から出たことがない男に、そのような頼みごとをしてくるとはな。良いだろう。俺の力で良ければ、いくらでも貸してやる。その時が来てしまうことは望まないがな」

 イチョウさんは微笑みを浮かべると、僕に固めた拳を向けてきた。


 同様に拳を固め、彼とぶつけ合う。

 この森でも様々なものを得てきたが、最も大きいものは彼と知り合えたことかもしれない。


「では僕たちは行きます。皆さん、お元気で! ありがとうございました!」

 見送りに来てくれた人々に手を振りつつ、草原に置かれた車の元へ移動する。


 そばにはプラナムさんが手配してくれた運転手が待機していた。


「皆さま。ご準備、心残り等は問題ないでしょうか?」

「ええ、帰りましょう、帝都へ。プラナムさんたちがいる研究所までお願いします」

 ドアを開いて席に座り、背後へ視線を向ける。


 イチョウさんは両腕を組み、モミジさんは大きく腕を振って別れを表現している。

 僕たちは大森林の容貌が見えなくなるまで、背後の窓を見つめ続けるのだった。



「お待ちしておりました。解析準備、整っていますよ」

 プラナムさんが働く研究所を訪れた僕は、シルバルさんと会話をしていた。


 英雄の剣を修理するにも強化するにも、用いられている素材を知る必要があるため、機械を使って解析してもらおうと考えたのだ。


「解析にはしばらくお時間が必要です。この間を利用し、体をしっかりお休め下さい。そして、残りわずかではありますが、有意義にお過ごしくださいね」

「分かりました、そうさせていただきます」

 エルル大森林からこの研究所まで直接やって来たので、疲労は確かに溜まっている。


 ナナたちも車での移動中に船を漕いでいた。

 なるべく早くプラナムさんの邸宅に戻り、体を休めるべきだろう。


「では、剣のこと、よろしくお願いします」

 シルバルさんに英雄の剣を渡した後、研究所の出入り口へと向かう。


 研究員たちが作業をしている様子を見ながら廊下を歩いていると、とある窓の奥に知人たちの姿があることに気付く。

 貸し出されているカードキーを用い、その窓がある部屋へと足を踏み入れる。


「おや、ソラ君じゃないか~。もしかして、ボクに会いに来てくれたのか~い?」

「いえいえ、わたくしの方だと思いますわ。ソラ様、シルバルとの会話はもうよろしくて?」

「ええ、つつがなく。廊下を歩いていたらお二人の姿が見えたもので、挨拶をしようかなと。お邪魔であれば退散しますが……」

 プラナムさんとダイアさんは穏やかに首を横に振り、空いている席に手を向けてくれる。


 そこに移動して席に腰を下ろすと、二人はテーブルに置かれた資料を見つめながら話し合いを再開した。


「論文に乗せる情報としてはこの程度で良いでしょう。これでも、期待の目は集めてしまうと思いますが……」

「本当なら秘匿にしておきたいけどね~。ベリリムのせいで、情報開示はより詳細に行うようにって、お達しが出ちゃったわけだし、どうしようもないよね~」

 ナナを誘拐し、様々な物を奪い取ろうとしたラウンド研究所のベリリム所長。


 いまは所長の座を追われ、取り調べを受けているそうだ。

 余罪がかなりの数存在するらしく、刑が執行されるまで相当の時間がかかるらしい。


「おっと、様々なご協力をしてくれたソラ様には説明せねばなりませんね。とりあえず、この資料に軽く目を通していただけます?」

 差し出された資料を受け取り、斜め読みをする。


 魔力、機械、転用方法などという文字が記載されているところを見るに、代替エネルギーを見つけたことを伝えるための論文のようだ。


「結論から言ってしまうと、魔力をエネルギーとして扱うことはできるみたいなんだ~。そのための機材の研究、開発は既に始まってるよ~」

「ソラ様方が普段魔法として使っているように、魔力を変換させればと考えております。ただ、金属との親和性が相変わらず悪くて……。その辺りは要研究と言ったところですわね」

 僕たちが魔法を使う際に行っていることを、機械で行うということだろう。


 研究次第では、エネルギーとして扱うだけでなく、プラナムさんたちが疑似的に魔法を扱えるようになっていくかもしれない。


「もしかしたら、ベリリムの研究が利用できるかもね~。形はどうあれ、ナナ君の魔力を機械のエネルギーとして扱ってたし~。もちろん、そのまま流用する気は微塵もないよ~」

「一般向けに広まるのは相当先の未来になるでしょうね。ですが、たった一つのことに注力すれば、それほど時間をかけずに実用化ができるでしょう」

「たった一つのこと……。もしかして、飛空艇ですか?」

 二人はコクリとうなずき、一枚の設計図を取り出した。


 それには飛空艇の完成予想図が描かれており、ミスリル容器などの僕たちが関わった器材が組み込まれる予定になっているようだ。

 彼女たちが話していた変換機らしき物も組み込まれているところを見るに、研究が成就することで飛空艇も完成に至るのだろう。


「本当に……。本当に、楽しみですわ。これでやっと、空中に浮かぶ何かを探しに行けるのですから」

「空中に浮かぶ何か……? 雲や鳥というわけではないんですよね?」

「あれ? ソラ君たちにボクたちの目的を伝えてなかったんだ? プラナム、肝心なことは教えない癖があるからね~。ひどいよね~」

 悪態をつくダイアさんの肩を、プラナムさんが小突きだす。


 完成に至るのがいつになるか分からない以上、むやみに話せなかったのだろう。

 僕も圧縮魔関連で秘匿にしている部分は多々あるので、気持ちは分かる。


「実は帝都の見張り台で仕事をする者たちの間で、とある逸話があるのです」

「望遠鏡で海の方を見る時、海上に影が出現することがあるんだって。ある者は巨大怪鳥の影、ただの雲だろうって言う者もいる。でもね、噂の中にはこんなものがあるんだ」

 生唾を飲み込み、ダイアさんの発言を待つ。


 彼女は楽しそうな笑みを浮かべながら、こう言った。


「空中に浮かぶ大陸。その影が、海に映ってるんじゃないかってね」

 想像を超えたプラナムさんたちの目的。


 もし大陸が空にあるのであれば、そこにも『聖獣』がいるのだろう。


「本当は、ソラ様方がお帰りになるまでに完成にこぎつけたかったのですが……。飛空艇が完成した暁には、皆さまのところまで飛んでいこうと思っていますわ!」

「あはは。では毎日、空を眺めていないといけませんね。プラナムさんたちが飛んでくる様子を想像しながら、楽しみに待っています」

 アマロ村での生活中に、ふと空を見上げたら飛空艇が飛んでいることに気がつく。


 そんな非現実的な光景が浮かび上がり、胸が期待で弾みだす。


「ずいぶんと引き留めてしまいましたわね。さあ、皆さまと共に我が家へお戻りくださいな。そして、ゆっくりとお体を休ませてくださいね」

「ええ。お二人も無理をなさらぬよう、ご自愛くださいね」

 プラナムさんとダイアさんに挨拶をしてから廊下へと向かう。


 研究所の出入り口を抜け、停められている車のドアを開こうとすると、家族たちが寄り添い合うように眠っている様子が窓から見えた。


「……ふふ、みんな寝てる。起こさないように注意しないとね」

 静かにドアを開き、小声で運転手に発進をお願いする。


 車はゆっくりと走り出し、微塵も揺れることなくプラナムさんの邸宅に到着するのだった。

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