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帰還当日

「お待ちしておりました。剣の調査、完了しましたよ」

 『アディア大陸』渡航最終日。プラナムさんが働く研究所にやってきた僕は、英雄の剣の調査をお願いしていたシルバルさんの元を訪れていた。


 彼から剣を鞘ごと受け取り、腰に下げる。


「ありがとうございました。それで、使われている素材とか分かりました……?」

「大半の素材は、現代でも採れる物を用いて作られているようですが……。採取量が減っている素材もいくつかあり、修復ですら難儀するかもしれません」

 ゴブリンとドワーフたちは、鉱石を加工し様々な道具を作って暮らしてきた種族。


 現代と昔とでは、大地に眠っている素材の量が変わってきているのは当然だろう。

 技術が発展したことで、こうして交流ができるようになったわけだが、代わりに欲するものを作る時に難儀するとは、なんともまあ皮肉な話だ。


「そして懸念していた通り、たった一つだけとはいえ、正体不明の素材が出てきました。恐らくこれが、朽ちず、摩耗せず、損傷しない伝説級の素材だと思われます」

「それを見つけないことには、この剣を修復することすらできないと……。失礼ですが、もしその素材を見つけたとして、加工はできるのですか?」

 摩耗も損傷もしない素材となれば、硬さもまた群を抜くのだろう。


 こうして剣となっている以上、過去にはそれを加工する技術が存在したことは確かだが。


「過去にできたことが、現代でできないはずがありません。あらゆる書籍をひっくり返してでも探させていただきますよ」

 自信を持ってそう答えるシルバルさんを見て、胸に浮かんだ不安が消え去っていく。


 ヒューマンでは加工できないミスリル鉱石を、彼がミスリル容器に作り替えた事実を知っている。

 伝説級の素材であろうとも、きっと加工してくれるだろう。


「ソラ様、長らくお待たせいたしました。車の準備ができましたわ」

 声に振り返ると、部屋の出入り口そばにプラナムさんの姿があった。


 砂漠を渡るための車の準備が完了し、いつでも発てるようになったようだ。


「すみません、出発前だというのに大切な器材を使わせていただいて……」

「ソラ様の助力になるのであれば、この程度どうってことはありませんわ。それより、何か分かりましたか?」

 研究所の出入り口に向かいながら、シルバルさんと共に判明した事実を伝える。


 道中ダイアさんと出会ったことで彼女も混ざり、にぎやかな会話となっていく。


「ならばソラ様がいない間、わたくしたちが素材集めをせねばなりませんね! 実は今度、鉱石探索機を製作しようと思っていまして」

「へえ、面白そうな機械じゃないか~。うまく転用すれば、飛空艇にも使えそうだね~。空から探索をすれば、より効率的に――」

 歩きながらだというのに、研究者二人は会議を始めてしまう。


 とてつもない探求心に感心するとともに、彼女たちであれば、どんな素材であろうとあっという間に見つけてくるような気にさせられる。

 これまで彼女たちが作って来た物たちを見てきたことで、期待感が高まっているのかもしれない。


 何にしても、知識が無い僕では探すことなど不可能だ。

 鉱石に詳しい彼女たちにそちらの探索は任せ、他のやるべきことを進めるべきだろう。


「おっと、話をしていたらいつの間にか出入り口に到着していましたね。ソラ様、此度は我々に多大なご尽力をいただき、誠にありがとうございました。あなた様方からいただいた数々、必ず有効活用させていただきますわ」

「短い間だったけど、本当に楽しかったよ~。いつかはボクも、君たちの大陸に赴いて調査したいな~。その時は、案内よろしくね~」

 砂漠を進むための車の前で別れの挨拶をする。


 家族たちと共に車に乗り込むと、シルバルさんが窓に寄ってきた。


「ソラ殿。決して、道を見失わぬようお気を付けください。少しでも前に進めたと感じた際には、心の奥底に存在するであろう自身の想いを見直すように」

「必ず起点は自分になる。それを忘れずに律していきます」

 シルバルさんはコクリとうなずくと、窓から離れて運転手に発進の合図をする。


 車はゆっくりと動き出し、研究所と彼らが背後へと流れていく。

 後部に取り付けられている窓から進んだ道を振り返ると、プラナムさんたちが僕たちのことを見送り続けていた。


 必ずまた会えると分かっているのに、小さくなっていくその姿を見て不覚にも寂しくなってしまう。


「……寂しそうですね」

「そういう君こそ、瞳が赤くなってるじゃないか。こんなにたくさん交流させてもらったんだ、寂しくならないわけがないさ」

 窓を見るのをやめ、ドアに頬杖を突きながらよりかかると、外に見える道に数多くの人々が行き交う姿が見えた。


 彼らを見ていると、あと少し、ほんの少しでもいいから、あのようにプラナムさんたちと話したいという気持ちが浮かび上がってくる。


「それだけ、僕たちに良くしてくれたってことだよね」

「プラナムさんたちも、きっと同じことを思ってくれていますよ。お互いがお互いのために力を尽くしていたんですもの」

 異なる種族が異なる種族のために行動し、交友関係を築いていく。


 いつか来る未来は、僕たちが通ってきた形と似通うものになってくれるだろうか。


「その形にするために、僕たちが頑張らなきゃいけないわけだ。うん、抱いた想い、ちゃんと思い出せたよ」

 モンスター図鑑の作成にかけた二つの想い。


 忘れるつもりはないが、見失ってしまう可能性は十分にある。

 シルバルさんにされた注意を心掛け続け、道を誤らぬようにしなければ。


 車は帝都ドワーブンを離れ、砂漠へと入っていく。

 やがて大地に穿たれた大穴にたどり着き、底で稼働を始めていた潜水艦に乗りこみ、僕たちは『アヴァル大陸』への帰途につくのだった。

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