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二カ月の変化

「らっしゃい! お! ソラとレイカじゃないか! 調査はうまくいったか?」

「ええ、様々な情報を集めてこれました。厳しい環境でしたが、とても良いところでしたよ」

 『アヴァル大陸』に無事戻ってこれた僕たちは、王都ラーリムダの武器屋にやって来ていた。


 この店で働いているシャプナーさんに、向こうでの出来事を報告するのが今回の目的だ。


「ご無沙汰してます、シャプナーさん! いきなりなんですけど、私の剣を確認してもらっていいですか?」

「おう、もちろんだ! しばらく時間がかかるだろうから、並べられてる武器でも見てな」

 腰から剣を取り外したレイカは、シャプナーさんにそれを渡した後、剣売り場の方へと歩いていく。


 帝都ドワーブンのこと、エルル大森林のこと。

 妹の楽しげな姿を見つつ、報告を始める。


「ゴブリンにドワーフ、エルフにビーストねぇ……。四種の種族が入り乱れての生活なんて想像もできねぇや」

「それほど交流は盛んではないようですけどね。で、これが向こうの方々に強化してもらった剣です」

 いつもの剣を腰から外し、カウンターの上に置く。


 シャプナーさんはそれを慎重に鞘から外し、状態の確認を始めてくれた。


「こりゃまたかなりの強化がされてるな……。軽量化されてるのに、いままで以上の鋭さか……。こりゃ整備のしがいがありそうだ。これまで通り担当させてもらうがいいか?」

「もちろんですよ。僕じゃたいした整備なんてできませんので、さじを投げられでもしたらどうしようかと思っていたくらいです」

 僕の言葉に大笑いしながら、シャプナーさんは剣を返してくれた。


 剣を腰に戻していると、反対側にあるものに視線が向けられたことに気付く。


「そっちの剣はなんだ? まさか、二剣使いに手を出す気か?」

「いや、そういうわけでは……。この剣については色々と深い事情があるので、気にしないでいただけると」

 魔力を奪う能力を持つ英雄の剣を、シャプナーさんに触らせるのはどう考えても危険だろう。


 剣を握った瞬間に魔力を根こそぎ奪われ、体調を崩されでもしたら一大事だ。


「事情があるってんなら詮索はしないが……。ただ、インベルの奴にだけはきちんと伝えておけよ? アイツはお前のことをよく心配していたからな」

「ええ、分かっています。ところで、こちらからも情報収集をしたいのですが……。あの兵士の方々は何なのでしょうか?」

 店内のあちこちに甲冑姿の人物が数名おり、置かれている武器を眺めている。


 この王都を守る兵士たちがいるのは、巡回の途中と考えれば何もおかしい点はないのだが。


「ここに来るまでの間に、随分と彼らの姿を見かけたんですよ。直近に何かあるんですか?」

 まもなく王都で式典等が行われるのであれば、この兵士の数は分からないでもない。


 だが、人々が集まるような祭事は、いまの時期は行われないはずだ。


「悪いが、俺もまともな情報がねぇ。が、あの様子を見ていれば分かることはあるんじゃねぇか?」

 シャプナーさんが指さした先にいる、兵士を見つめる。


 あの兵士は腰に剣を下げているというのに、見ている商品は槍だった。

 他にも似たような行動を取る兵士がおり、槍を背負いながら斧を見ている者もいるようだ。


「自分の得物以外の武器を選んでいる……。もしや、戦いの準備を?」

「ここは店だからな。金が動くのは悪いことじゃねぇんだが、さすがに急すぎる。商品を準備することすらままならねぇよ」

 大きな戦いを想定しているのだろうが、一体どこと戦おうというのだろうか。


 この大陸にはいくつか大きな都市があるが、王都を中心に強くまとまっている。

 集落同士でいさかいがあるという話は聞いたことがない。


「そちらについては俺たちも調査中だ。何か分かり次第、インベルに伝えさせてもらうさ」

 王都で長く暮らし、人々と多大な交友関係を築いているシャプナーさんであれば、様々な情報を集めてくれるだろう。


 僕はそれを信じ、待っているだけだ。


「話は変わるが……。ソラ、この一年で強くなれたか?」

 その質問に、僕の心はドキリと鼓動を打つ。


 ここ一年は立て続けに物事が起きたため、実力は確実に上がっているはず。

 だが、納得できる領域にたどり着いているかと言うと。


「強くなれた自覚があるのなら、そこを誇れば良いってのに……。ま、お前らしい答えだな」

 僕の返答に、シャプナーさんは目を細めながら笑っていた。


 失望させてしまったわけではないようだが、どういった感情を抱いた笑みなのだろうか。


「懐かしいな、お前がこの大陸に来て八年か。俺の下で訓練を始めてからというもの、上位の魔法剣士たちばかりに戦いを挑んでは玉砕していたお前が、いまや単独任務を任され、慕う者もいるんだからな」

「シャプナーさんのしごき、大変でしたよ……。魔法剣士に成れて喜んでいた僕の前に現れて、お前は俺が育ててやる、ですもの。何とか乗り越えて、一人前にはさせてもらいましたが……」

 各種訓練に加え、模擬戦を繰り返し続けて強くなろうとしていたのだが、その形では全く成長ができなかった。


 ケイルムさんに新たな技術を教えてもらってからは、模擬戦をすることもなくなり、任務の過程で実力を身に着けていったのだ。


「お前は俺のしごきをすべてやり遂げた。だというのに、俺はお前に自信をつけてやれなかった。本来であれば、その剣技はもっと鋭さを放っているはずなんだが……」

「俺に抵抗し続けられる奴が、弱いはずはねぇ。でしたっけ……。いまの僕がシャプナーさんと戦っても、勝てる姿が想像できませんよ」

 僕が受けた魔法剣士試験、模擬戦の相手はシャプナーさんだった。


 何度剣で叩かれようと、何度魔法で弾き飛ばされようと、決して諦めることなく戦い続ける僕の姿に根負けしたらしく、勝利を譲ってくれたのだ。


「その自信の無さにこそ、成長しきれない理由があるんだろうな。本来のお前は、誰よりも強くなれるはずなんだ」

「……ありがとうございます。なら、今度こそシャプナーさんの期待に応えなければなりませんね」

 シャプナーさんの言う強さにたどり着けば、英雄になれるかもしれない。


 何を起点に大きく成長できるかが分からないので、できることは全てやり通す気持ちでいかなければ。


「では、僕はアマロ村に帰還します。また少ししたら訪れ――」

「ああ、そうだ。持って行ってもらいたいものがあるのを忘れてたぜ」

 シャプナーさんは僕を引き留めると、お店の裏側へと向かって行った。


 何を貰えるのか思考を巡らせつつ、しばらく待っていると。


「もう少しであの日だろ? いまから集めるんじゃ難儀すると思ってな」

 シャプナーさんの手には、青い色の花束が握られていた。


 ケイルムさんが好きだった青い花。

 彼の命日の際には、必ず供えると決めている花だ。


「咲いている場所、かなり行きにくい場所なのに……。残りの日数はあまりなかったので、助かりました」

 花を受け取り、大切にカバンの中に入れる。


 僕の想いだけでなく、多くの人の想いが込められているのだろう。

 あの場所へ、傷つけることなく持ち運ばなければ。


「では、今度こそ僕は行きます。レイカ、行くよー!」

「うん! 分かった!」

 剣を返してもらったレイカと共に、武器屋の外へと出る。


 相変わらず人が多い王都の通りだが、それに混じって数多くの兵士の姿が。

 道行く人々も、どことなく緊張した面持ちをしているようだ。


「この状態のことをシャプナーさんに聞いてみたけど……。これといった情報はなかったよ」

「『アディア大陸』に出発する前は、特別変わった様子はなかったのにね。この二カ月で何が起きたんだろ……」

 もしも僕やシャプナーさんの予想が的中し、大きな戦いとなってしまえば、多くの人の命が失われるだろう。


 まだ五年前の事件の傷跡が残っている上に、人同士で争うなどあってはならない。

 どうか思い違いであってほしいのだが。


「……そう言えば、ナナたちは無事に家に着いたかな。何か問題が起きてなければいいけど」

「潜水艦が接岸した海岸からは、アマロ村に行くにも王都に行くにも距離はほとんど変わらないんだよね? 何も問題なければ、いまごろ村でゆっくりしてるのかな」

 ナナとレンは、モンスターたちを連れてアマロ村に帰ってもらっている。


 報告のために王都に向かいたいが、ルトたちを連れ込むわけにはいかない。

 アマロ村の人々にも帰って来たことを報告したいので、役割分担をしたのだ。


「まあ、あの二人なら問題が起きても対処できるだろうけどね。ナナの魔法に、レンのホウオウ。あれほどに万能な力は羨ましいくらいだよ」

「私は力を得られなかったなぁ……。英雄の剣はあるけど、基本的にはお兄ちゃんが使うだろうし……」

 新たに自分自身の力を得られなかったことに、レイカは不満があるようだ。


 その前には魔法剣士の力を得て、圧縮魔をも使えるようになっているのだから、さすがに欲張りになってしまうだろう。


「あれ? あそこにいるの、エイミーさんじゃない?」

「え? どこだい?」

 キョロキョロと周囲を見渡してみるも、エイミーさんらしき姿は見つけられなかった。


 人の数が多いので、あっという間に僕の視界内から消えてしまったのだろうか。


「折角近くにいるんだったら挨拶をしておきたいなぁ。どっちの方にいた?」

「あっちだよ、お城とか大きなお家がたくさんある方。王政区だっけ?」

 レイカが指さした先には、確かに王政区がある。


 貴族や富豪が住み、政が行われる重要な施設がある方向に、エイミーさんを見かけたとはどういうことだろうか。


「偉い人たちと会議をする予定があるのかな。図鑑のことですら、僕のあずかり知らないことも色々あるみたいだし」

「あまり邪魔するのも良くないよね……。お家で会議をするときに話せれば、それはそれで問題ないんだよね?」

 レイカの質問にコクリとうなずき、元々の予定通り王都の出入り口に向かうことにした。


 歩きながら王政区へと続く道に視線を向けると、書類らしきものを持って移動をしている女性の後ろ姿が。

 もしエイミーさんの目的地が王政区なのであれば、これからどのような会議が行われるのだろうか。


 頭の中で様々な想像をしながら、やって来た客車に乗り込む。

 特に変化がないように見える、青々と茂る大草原。


 僕たちが二カ月で成長したように、この大陸も変わっているのだろうか。

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