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第三十一章 廃村

墓参りへ

「相変わらず、とてつもない光景だよ……」

 草木も生えぬ赤土の大地。眼下に視線を向けると、激しい濁流を起こす川が見える。


 ここはラピス渓谷。『アヴァル大陸』で最も荒れた土地と言われており、人どころかモンスターも住むには適さない生命無き大地だ。

 そんな土地を、僕とナナは二人だけで歩いていた。


「ハァ……。ハァ……」

 背後から、乱れた呼吸音が聞こえてくる。


 三大陸を旅して回り、ある程度歩きに慣れたとはいえ、体力に不安があるナナではこの道はかなり辛い。

 だが、呼吸の乱れは疲れから来るものだけではないだろう。


 僕たちが向かおうとしているのは彼女の故郷。

 つまり、モンスターに滅ぼされた魔導士たちの村へ向かっているのだ。


「大丈夫かい? ナナ」

「大丈夫ではないです……。ちょっと……辛いです……」

「無理しないで。ちょうど広い場所に出れたし、休憩しよう。僕も疲れた……」

 赤土の上にカバンを下ろし、水筒と軽食を取り出して食事の用意をする。


 ナナは青い顔をしながら、僕の行動を見守っていた。


「はい。食欲はないかもしれないけど、少しずつでいいから」

「すみません、ありがとうございます……」

 箱の中に詰め込まれたサンドウィッチを一つ手に取り、ナナに手渡す。


 もそもそとそれを食べ始めた彼女の真横に移動し、同じように口へと運んでいく。

 挟んであるのは卵焼き。補給のために普段より甘くなるように作ったはずなのだが、ほとんど甘みを感じない。


 過酷な大地を歩き続けたことで、必要とされる栄養が枯渇しかけているのだろうか。

 いや、僕も彼女と同じで、心に強いストレスを感じ始めているのだろう。


「もう少しでアルティ村か……。もう少し楽な道があればよかったんだけどね……」

「誰でもたどり着けるような場所にあれば、隠れ里なんて呼ばれませんよ」

 ナナの故郷アルティ村は、五年――いや、六年前のモンスター大発生事件により滅んだ魔導士の村。


 優秀な魔導士が数多く住む村ではあったが、外界とはあまり交流をしていなかったこと、たどり着くまでの道が過酷なこともあり、魔導士の隠れ里とも呼ばれていた。


「否が応でも年月の経過を意識させられるのに、僕たちはいまだに受け入れられていない。やるべきことがたくさん増えたのにね……」

「たくさん楽しいことも、嬉しいこともあったのに、この日が近づけば心が沈む。いつになったら、変われるんでしょうね……」

 ナナの手が、僕の指の上にそっと乗せられる。


 お互いの指を絡ませるように繋ぎ合うが、虚しさは一向に収まらない。

 目前の景色のように、何を足しても満たされない、枯れ果てた心となってしまったのだろうか。


「そろそろ行きましょうか。いつまでも休んではいられません」

「だね。村まではもう少し、一息に越えよう」

 荷物を片付け、再び道なき荒野を進んで行く。


 やがて視界には大きな洞窟が現れる。

 僕たちは大きく深呼吸をし、その穴の中へと足を踏み入れた。


「常識を外れた能力を持つ人たちが住むには適した場所だけど……。ごく普通の人たちが訪れるのには厳しすぎるよね……」

「他者を魔法の研究に巻き込まないようにするためには、人がいない場所で実験をするのが一番です。研究書等も持ち出されにくくなりますからね」

 岩壁に開けられた、窓のような穴から入り込んでくる光を頼りに洞窟を進み続けた果てに、出口が見えてきた。


 再び大空の下に体を晒すと同時に、目的地に到達する。

 朽ちたたいまつ、破損した防壁、焼け落ちた家屋。


 無残に滅ぼされた、アルティ村の現在の姿が僕たちの瞳に映りこんだ。

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